男性部門 2位:耶八
男性部門 2位:耶八(得票数15票)
さっきまで降っていたはずの雨があがって、太陽が顔を出した。まぶしくて、オデコのあたりに手でひさしを作りながら少しずつ青くなっていく空を見上げる。
空の色は青ちゃんの色だ。誰より強くて、誰よりも頭がいい、大好きなおれの相棒。
「青ちゃん、晴れたよ!」
そう言いながら振り返って、気がついた。
さっきまでいたはずの青ちゃんがいない――そう言うと、いつもおれの方がいなくなってるんだ、って青ちゃんは呆れるのだけど。
遊んでるうちに、いつの間にかけっこう遠くまで来ちゃったみたいだ。
雨上がりの土の匂いをいっぱいに吸い込んだら、頭がすっきりした。お天気もいいし、ぽかぽか気持ちいい。こんな陽気だと、きっと青ちゃんならお昼寝をはじめちゃう気がする。
きっと今も、青ちゃんはお昼寝してるよ。
そう思ったら楽しくなってきて、くふふ、と笑った。
ここはどこだろう?
きょろきょろと見渡しながらぴょんと飛ぶと、たくさん並んだ木の向こうに、火の見やぐらがよく見えた。あの火の見やぐらは、賽ノ地の町にあるはずだから……ええっと、ここはたぶん、賽ノ河原を町から少し上流にきたあたりだ。
そうしたらついでに、知っている姿を見つけた。濃い青色は見慣れてるから間違いない。それにおれ、目だけはいいんだ。
「玖音ー!」
大きく手を振ったら、玖音はびっくりしたみたいに肩をびくっとさせた。
急に声かけたからびっくりしちゃったんだね。ごめんね。
「どうしたの、こんなところで。危ないよ?」
この辺りは歩いてるだけで喧嘩を仕掛けてくるようなヘンなヤツが多い場所だ。玖音みたいな女の子が歩いてたら、襲われちゃうかもしれない。
おれは男の子だから、女の子を守ってあげなくちゃいけないんだ。
それはこの河原だけじゃなくて、きさらの住んでる草庵から町に出る途中にある荒れ地も同じだ。だから、おれも青ちゃんも、きさらが町に行くときは一緒に町まで出るようにしている――青ちゃんはそう言わないけど、言わなくても分かってた。だから、おれも青ちゃんと同じようにきさらや玖音が荒れ地を行く時は一緒に歩くようにしている。
「あ、あんたこそ、こんなところで何やってるのよ」
玖音は顔を赤くしながらおれをちらっと見上げた。
「おれはー、えーと、なんだっけ?」
そう言えば、何してたんだっけ?
まあいいや。
でも、ちょっとだけおなかがすいてきたかなあ。
青ちゃんを探して、一緒にきさらのところでご飯食べさせてもらおうかな。ジジ様にもずいぶん会ってないし。きさらの作ったあったかいご飯が食べたい。
「玖音、青ちゃん知らない?」
「……青いのなら、賽ノ地の町で見たわよ?」
「ほんと? ありがとー!」
にこっと笑うと、玖音は顔を赤くして俯いてしまった。
玖音はいつも怒ってるように見えるけど、本当はとっても優しくて可愛い女の子なんだ。
「じゃあ、おれはこれから町に行くけど、一緒に帰る?」
そう言って手を差し出すと、玖音はますます真っ赤になっちゃった。
でも、最後にはそっぽを向きながらおずおずとおれの手を取ってくれて、一緒に歩き出した。
のんびりと歩き出したおれと玖音を、夏の風が追いかけて、追い越していく。
玖音はふわりと浮いた髪を押さえて風の駆け抜けていった方を見つめた。遠くを見る玖音はいま、いったい何を思っているのかな。
何故か、玖音の栗色の瞳に寂しそうな色が映っていたような気がしたんだ。
「玖音、何かあったの?」
悲しそうだよ。
そう言うと、玖音ははっとおれに視線を戻して、首をぶんぶんと横に振った。
「何でもない。大丈夫。ちょっと……昔の事、思い出しただけだから」
「昔の事?」
「いいの、気にしないで」
ふるふると首を振った玖音だけど、気になるよ。
だって玖音はぷんぷん怒ってるくらいが元気でいいと思うんだ。
その時、河原の土手に誰かが座っているのが見えた。
夏の草の色みたいな緑色の髪が遠くから見ても目立っている。赤い袴のまま膝を立てて座って、その傍には大きな風呂敷包み。雨が降った後で地面が濡れているから袴も汚れちゃうと思うんだけど……もしかして、疲れて休んでいるんだろうか。
うん、きっとそうだ。
おれが代わりにあの大きな荷物を持ってあげよう。
――おれの悪いところは、ちょっと前まで考えてた事をすぐに忘れちゃうことだ。
今だって、玖音の事を考えてたのにもう忘れちゃってた。
ちょっとごめんね、と玖音を置いてその女の人に近づいた。
そうしたら、その女の人は遠い目をして川面を見つめていた。
「……烏ノ介さまが冷たい……いったいあの人は、何を考えているのだろうか……」
何かぶつぶつと呟きながら。
「こんにちは!」
声をかけると、その女の人ははっと顔を上げた。
そのとたんに表情と空気が変わった。
「何奴?!」
その人は、急に槍を手にしておれに突き付けた。草の中に隠されてたから槍に気付かなかった。
鋭い切っ先が目の前に迫って、おれはぱっと地面を蹴って距離を置いた。
もしかして、おれを敵とだと思ったのかな――困ってる女の人だと思ったのに、もしかしてこの人も盗賊なんだろうか?
でも、こうやって、突然ケンカになるのは慣れてるんだ。
本当ならいつもは青ちゃんが一緒なんだけど、今日は一人だ。でも、相手も一人だから大丈夫だと思う。ジジ様に鍛えられて、おれだって強くなってるんだ。
おれは背中の刀を抜いた。
昔、こうやって刀を抜くときにほっぺを切っちゃったから、それ以来、気をつけて抜くようにしている。そのせいで、ちょっとだけ構えるのが遅れてしまったんだろう。
構えた瞬間、鼻先に槍の先があった。
「うわっ!」
腕の力だけで思いっきり横からはじいたけれど、その女の人は全然ひるまなかった。
むしろ細い柄の槍をぎゅっと握りしめ、髪の毛と同じ色の目を細めて、おれを睨み付けている。
次の攻撃がくる。
その前に、やっつけてやる。
おれは大きく刀を振りかぶり、上段から切りつけた。
普通の盗賊ならあっさりと頭を割ることが出来るその攻撃は、くるりと回転した槍に阻まれた。
着地した瞬間に地面を蹴り、さらに下から刀を突きあげる。
それでも、うまく体を回転させて避けた。切っ先は、黒い上着の端を弾くように引っ掻けただけだった。
この人、強い。
「その年で……とても一介の盗賊とは思えんな」
同じことを思ったんだろう。その女の人は、おれから距離を置いた。長い槍の間合いの外。この人の踏み込み距離から考えても完全に戦いの間合いをきっている。
おれも一度、刀を握りなおした。
この人も、青ちゃんとそれほど違う年には思えないけど。
「よもやその強さ……羅刹族、か……?」
くるりくるりと槍を振り回し、びしっとおれに突き付けた。
その時、おれの心臓はその言葉に反応した。
どくん、と一つ、脈を打つ。
その人は、苦しそうな声で呟いた。黒いまじないをかけるように、吐き出すように言う。
「羅刹は、嫌いだ」
羅刹。ラセツ。
何だろう、その言葉。何だか、聞いたことがあるような、ないような……何かを思い出しそうな、思い出さないような……
その時、どこからかふっと暖かいお日様の匂いがした。
さっきまで雨上がりの地面の匂いがしていた草むらだったのに。
――耶八
誰かに呼ばれたような、気がした。