女性部門 1位:きさら
女性部門 1位:きさら(得票数22票)
「青ちゃん、危ない!」
私は思わずそう叫び、胸元から取り出した苦無を男に向かって投げつけていた。
隣の玖音も同時に投げ、二人の盗賊は悲鳴を上げて刀を取り落した。その隙を見逃さず、青ちゃんは二人を仕留めていた。
心臓がドキドキしている。
私は、気を落ち着けるように迷子のハナちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「もう大丈夫だよ」
表面上は平静を保って、にっこりと笑いながら。
本当はとても怖かった。大人の男の人に捕まれば、あたしや玖音なんて全く抵抗できないのだ。絶対的な力の差を前に、私は無力なのだ。そうなってしまわないよう、気を付けてはいるのだけれど。
青ちゃんには、私がそんな風に強がっている事なんてお見通しなんだろうか。
「ありがと、助かった」
そう言いながら、通りすがりに、自然にあたしの頭に手を乗せていく。
こんな風に当たり前のように青ちゃんが私に触れるようになったのは、いつの事だっけ。
私とジジ様の住む草庵から賽ノ地の町に向かうには人気のない荒れ地の真ん中を通るしかない。でも、この場所は盗賊や追剥の巣窟になっていて、私や玖音のような女の子が通るのは、本当なら危ない。
たぶん、青ちゃんとハチはそれを知っていて、私たちがこの場所を通る時はなるべく護衛してくれているみたい。
もちろん二人ともそんな風には言わず、自然と一緒にいてくれるだけなのだけど。
「行くぞ」
「あたしに命令しないでよ!」
先導しようとする青ちゃんに、いつものように玖音が肩を怒らせて反応する。
「それより、あいつはどうしたのよ?」
「あいつ? ……ああ、でこぱちか。知るわけねえだろ」
「何であんたが知らないのよ!」
あーうるさいうるさい、と玖音を無下にして手で追い払いながら歩いているようにも見えるけれど、少し遅れて歩く私とハナちゃんに合わせた速さで歩いてるし、おそらくだけど、周囲にまた盗賊が現れないか、周囲に気を配っているのも分かる。
私は何となく嬉しくなって、くすくすと笑った。
迷子のハナちゃんが、不思議そうに私を見上げている。
「大丈夫よ。ちゃんと、お父さんとお母さんのところに連れて行ってあげるからね」
そう言うと、ハナちゃんは初めてにっこりと笑った。痛々しい涙のあとは雨と一緒に着物の袖で拭ってしまった。
この子は強い子だ。
私はハナちゃんの手を引いて、ゆっくりと賽ノ地の町へと向かった。
賽ノ地の町に到着して最初に向かったのは、風月庵だ。
とても評判のお団子屋さんなのだけれど、従業員の撫奈さんはお客さんとから仕入れた情報で賽ノ地の事をよく知っているし、親父さんの息子の雷さんは岡っ引きだ。
きっと、力になってくれると思う。
差していた唐傘を閉じ、お店の前に立てかける。青ちゃんは、そのまま軒下でお店の戸板にもたれかかった。どうやら、お店の中までは来てくれないみたい。
「こんにちは」
いつの間にか忍び装束から町娘の服に着替えている玖音と共に暖簾を押して入ると、中はたくさんのお客さんで賑わっていた。店員の撫奈さんも忙しそうに歩き回っている。
お話、聞けるかな?
少し待っていると、撫奈さんがこちらに気付いて手を振ってくれた。彼女は明るくてとっても頼りになるお姉さんだ。ちょっと待ってね、と身振り手振りすると、注文を持って店の奥へ入っていった。
席はほぼ埋められていたけれど、玖音が指さした先、入口に一番近い机の半分くらいが空いているようだった。
「相席させていただいてもいいですか?」
玖音が尋ねると、その席についていた優しげな男性がにこりと微笑んでくれた。
目元にぽちりと黒子があるのが印象的な男性と、翡翠のように美しい色をした髪を結い上げた、凛々しい女性の二人だ。あまり見かけた覚えがないから、最近この町に越してきたんだろうか。
お礼を言って、玖音と二人で座る。ハナちゃんは膝の上に乗せて座らせた。
玖音もハナちゃんが気になっているみたいだけど、素直には心配している事を伝えられないみたい。ちらりちらりと様子を伺っている。私は、そんな玖音も可愛いと思うんだけど。
と、ハナちゃんが隣の席をじぃっと見ていた。
違う。隣の席じゃなく、隣に座った男性が食べているお団子を見ているみたい。
その視線に気づいた男性が、すっとお皿を差し出してくれる。
「もしよろしければ、お一つどうぞ」
するとハナちゃんはさっと手を伸ばしてお団子を奪い取った。
「あっ! もう、すみません」
「いいんですよ、気になさらないでください」
にこにこと笑う男性の向こうで、翡翠の髪の凛々しい女性が愕然とした表情をしているから、このお団子はこの男性のものではなく、翡翠色の彼女のものなんじゃないかな……?
ハナちゃんはそんな事、お構いなしにお団子をほおばってキャッキャと笑っている。
最後まで食べ終わってから、刺さったりしないように串を取り上げ、お皿に戻す。
「ご機嫌なのはいいけど、ハナちゃん、ちゃんとありがとうしようね」
んー? と首を傾げたハナちゃん。
「お団子、いただいたでしょう? だから、お礼をするの。ありがとうは?」
言い聞かせると、理解してくれたみたい。
ハナちゃんはぱっと満面の笑顔になった。
「ありがとー!」
「はい、よく出来ました」
褒めてあげると、また嬉しそうに笑う。この笑顔は愛されて育った証だ。そうでなければ、こんなにも表情豊かになるはずがない……じゃあ、どうしてこの子が、あんな町外れの場所で一人、泣いていたんだろう?
「ごめーん、お待たせ! きさらちゃんも玖音ちゃんもいらっしゃい!」
その時、撫奈さんがやってきた。
と、彼女はあたしの膝に座っているハナちゃんに気付いて、ぐりぐりと頭を撫でた。
「お、ハナ坊、どうしたー。今日はきさらちゃんと一緒か? お兄ちゃんはどうしたの?」
「お兄さんがいるの?」
私が問うと、撫奈さんはきょとんとした。
「ハナちゃん、町の外れで迷子になってたの。だから、もしかして撫奈さんならハナちゃんのおうちを知ってるんじゃないかと思ってここに来たんだけど……」
「そうだったのね」
撫奈さんは、持っていたお盆を頭に当てて、うーん、と唸った。
「家まで案内してもいいんだけど、今、仕事中なんだよね。町の反対側の長屋だから、ちょっと待っててもらったら送っていけるんだけど」
「代わりにお送りしましょうか?」
その時、隣に座っていた優しそうな男性がにこりと微笑んだ。
「すみません、たまたま、お話が耳に入りましたので……私の職場の近くですから、お送りしますよ。閑長屋のことですよね?」
「そうです! お客さん、ご存じなんですね」
撫奈さんがにこにこと笑い、その男性と簡単に場所を打ち合わせする。
どうやら場所が分かったようで、その人は、お代を撫奈さんに渡すと、にっこりと微笑んで立ち上がった。
「そういう事だから、私は先に戻るよ。葉、残りの買い物は頼んだよ?」
「えっ? 烏ノ介さま、それは……」
「いいね?」
にっこりと笑っているのに有無を言わせない。
女性はがっくりと項垂れつつも了承した。
送ってくださると言ってくれた男性と共に外へ出ると、雨はほとんど止んでいた。
軒先にいたはずの青ちゃんは、いつの間にか姿を消していた。
私と玖音はもう大丈夫だと思ったのだろう。
送ってくれてありがとう。
心の中でそっとお礼を言う。
今度、ハチと一緒に草庵に来たら、おいしいご飯をご馳走してあげよう。
私は心の中で誓った。