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 雨音が耳につく。

 ここ最近、(ねぐら)にしている荒れ地の大きな(ひのき)の下で、ごろりと寝返りをうった。何日もここへ腰を落ち着けているため、地面の形も体に馴染んでいる。

 雨が降り始めてから、楽しそうにその辺りを跳ね回っていた相棒は、気が付けば姿を消していた。

 檜は葉が針状だからこそ、夏場多い通り雨を凌ぐにはちょうどいいだろうと選んだのだ。幅広の葉を持つ木の下に比べ、雨音が響くこともないはずだった……が、天水は容赦なく降り注ぎ、容赦なく細い葉を打ちつける。木下の濡れていない範囲は徐々に狭まっていく。

 ふい、と上を見上げると、夏の空が視界に映った。

 空が明るいならば、すぐに止むだろう。

 そう思って瞼を落とそうとした時、何処からか鳴き声が聞こえた――いや、()き声か。今にも雨音にかき消されそうなか細い声が響いていた。

 どうやらその声は、もたれ掛かった木の真後ろから響いているようだ。

 放っておくと少しずつその声は大きくなっていった。

「何だってんだよ」

 気にするつもりはなかったが、あまりに声が近いのと大きいのとで、無視した時の被害を考えてしまう。

 相棒がいれば押しつけるものを、間が悪い。

 仕方ねえな。

 俺は重い腰を上げた。もし子供なら、とっとと追い払ってしまおう。

 そう思って雨を避けながら声の元である木の裏に回った。

 いったい何時の間にこの場所へやってきたのか、雨宿りながら鳴いている声の主は3歳ほどの幼子(おさなご)だった。まるでこの世の終わりのように、両手に顔を埋めて静かに泣いている。泥のついた髪に花の髪飾りをつけているところを見ると、女の子なのだろう。

 その声はまるで親を呼ぶ猫のようだった。


「あっ、いたいた、青ちゃん!」

 そこへ飛び込む聞き慣れた少女の声。

 ふっと顔を上げると、淡い藤色の衣に身を包んだ少女がこちらに向かって手を振っていた。後ろには濃い紺青の忍び装束を着た少女続く。

「きさら、玖音(くのん)

 見慣れた姿に思わずその名が口をついた。

「よかった、探してたの。ジジ様が青ちゃんとハチに頼みごとがあるんだって」

「はぁ?」

 きさらと共に町はずれの草庵で暮らす彼女の祖父は、昔名うての剣客だったらしく、その腕はすさまじい。俺と相棒のでこぱちは、ジジィに根性をたたき直すという名目でずいぶん打ちのめされてきた。

 その甲斐あってか、俺もでこぱちもずいぶん腕を上げた。

 もしあの一方的ないじめを修行と呼ぶのなら、そろそろあのくそジジィは師匠と呼べなくもない。

 だからといって、その師匠の呼び出しに素直に応じるかと言われれば、答えは否だった。

 と、その時きさらは幼子の存在に気付いた。

「あら? どうしたの、その子」

「分からん」

 俺の横をすり抜け、きさらは幼子の前にひざまずいた。

 さめざめと泣き続ける子の頭にやさしく手を置き、穏やかな声音で話しかける。

「どうしたの? お父さんとお母さんは?」

 しかし、その子は顔を上げなかった。それでもきさらは辛抱強く話しかけ続ける。その表情は慈愛に満ちていた。

 少し離れたところに佇む、きさらの親友である玖音も唇を尖らせるようにしてきさらの背を見つめている。それが不機嫌からくるものではなく、幼い子に対する心配からくる表情だというのは、そこそこ長い付き合いで分かっていた。少々、面倒な性格なのだ。

「子供が心配なら、お前も行って来いよ」

「はあ? な、何言ってんのよ! 心配なんかしてないんだからっ」

 素直ではないというのか、なんというのか……めんどくせえ。

 それでも、ぷりぷりと怒りながらもきさらの方へ歩いて行くのだから、如何ともしがたい。

 最初からそうしろよ。

 俺のため息は、ようやく終息の気配を見せ始めた雨音にかき消され、霧散していった。


 幼い子は、「ハナ」と名乗った。両親の事を聞いたが、泣くばかりで答えない。こんな町外れで一人泣いているのだ。おそらく事情があるのだろう。これ以上関わり合いになりたくないし、なる意味もない。

 この最果ての地、賽ノ地(さいのち)と呼ばれる場所では、救いなどありはしない。それは老若男女に等しく降り注ぐ災厄だ。それも、人々が起こす人災だ。争いにまみれた心は争いを呼び、当たり前のように命が消えていく。

 ただ生きていく事、それだけの事が難しい土地だった。

 この幼子も、その災厄に巻き込まれた一人なのだろう。

 だから放っておくつもりだった――の、だが。

 どこをどう間違えたのか、泣き止んだ子供の手を引くきさらと玖音の警護をするように、賽ノ地の町まで子供を送ることになってしまった。

 雨上がりのむせ返るような湿気の中、まるで仲の良い家族のように、並んで歩く3人の後ろを少し離れて付いていった。

 こっそりと消えてもよかったのだが、後から何を言われるかわかったものではない。

 面倒だがついていくのが得策だ。


 何より――


 ふっと視線を上げた先、下卑た笑みを張り付けた男たちが数人、手に手に錆びた刀を持ってきさらと玖音を取り囲んだ。

 人気のない荒野を女子供がふらふらと行けば、こんな風にはぐれ者どもに狙われるのは当たり前だ。

「おやおやおやおや、お嬢ちゃんたち。そんなに急いでどこへ行くのかな?」

 面倒くせぇな。

 ため息一つ、抜き身で手にしていた刀を左手の中で転がし、刃を返す。きさらたちと男を分断するように立ち塞がり、切っ先を突き付けた。

「失せろ、目障りだ」

 後ろを歩く俺に気づいていたなかったのか、追剥(おいはぎ)のような盗賊たちは、あぁ? と睨みを聞かせながら、こちらに殺気を向けてくる。

 ひい、ふう、みい……6人か。相棒と分けて一人あたま3人、と考えたところで、今は隣にいない相棒の事に思い至る。

 まあ、大した問題ではない。

「何だ、片端(かたわ)子供(ガキ)じゃねえか」

「女以外はとっとと殺しちまえ」

 賽ノ地に来た最初の頃こそ、多勢に無勢で相棒と二人、酷い怪我をすることもあったが、今ではこんな木っ端盗賊など、もはや俺たちの敵ではない。

 師匠であるジジィにしょっちゅう殴られているのも伊達ではないのだ。

「下がってろ」

 きさらと玖音をかばうように一歩、進み出る。

 男たちがじりりとその輪を詰めてきた。

 通り雨の名残の雲が、少しずつ風で流されていく。草の匂いのする風がふぅっと頬を撫でていった。大きな(ゆずりは)の中央に水滴がたまり、先へ伝ってみるみる膨らんでいく。

 一条の光が差し込む。

 通り雨で葉に乗った雨粒に反射して、ぱっと閃き。

 葉の先から、滴が落ちた。


 それを合図に、俺は地を蹴る。

 木っ端盗賊を雑魚と称したものの、右目のない俺は多人数戦闘に向いていない。どうしても、目のない側、右に刀を振り遅れるからだ。振り遅れれば、そちらからの攻撃に対処できない。

 先手必勝で全員を沈める予定だった。

 まずは手前にいる男に対し、まっすぐに飛び込む。

 反応が遅い。

 手が出る前に喉元を切り裂いてやった。声もなく、その男はのけ反って地面に倒れ行く。

 その体が地面に着く前に次の男に仕掛る。

 次の男はさすがに反応して刃を止めてきたが、うまく力点をずらして右へ滑り込んだ。左目の端に映る驚いた顔を通り越し、後ろから袈裟切り。

 倒れた男の向こうから襲ってきたヤツの攻撃は真正面から受けとめた。

 ぎぃん、と慣れた振動が左腕を駆け抜ける。両手で刀を握れない分、片手でも渾身の力をこめないと大人の太刀は受け止められない。

 見えぬ右側から風切音。

 合わせていた刀を弾き、直感で体を捻る。

 猩々緋色(しょうじょうひいろ)の衣の端が裂け、右腹に痛みが走った。

「くっ……」

 思い切り足を振り上げて目の前の男の顎を蹴り上げ、昏倒させると、次の敵と相対する。

 と、そこで気づいた。

 一人、足りない。

「青ちゃん、危ない!」

 きさらの悲鳴。

 背後に気配――回り込まれたか。

 間に合うか?

 目の前の敵を一刀に伏し、振り返るとそこには眼前に迫った二本の刀。

 二本同時には受けられない。

 逡巡する間もないはずが、一瞬、躊躇した――俺の悪い癖だ。戦いの途中で考えすぎ、動きを止めてしまうのだ。

 と、その瞬間。

 俺の左右から、鋭く苦無(クナイ)が飛んだ。

 その苦無は、正確な軌道を描いて敵の腕に突き刺さった。

「痛ぇっ」

「何だ?!」

 ちらりと後ろを見ると、苦無を投げたのはどうやらきさらと玖音だ。二人とも真剣な表情でこちらに手を伸ばしている。

 そういえば、玖音と、こう見えてきさらも忍なのだった。

 苦無の痛みでひるんだ隙に、俺は残りの男たちをあっという間に地面に沈めた。



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