第6話「不老と悩み」
ーエイジ578年ー
キラウェルがシンラに来て何年か経った。この頃になると、シンラにも様々な文化が入ってくるようになった。
まず劇的に変わったのは…家の造りである。
キラウェルがシンラに来た当初はほぼ木造だったのが、今では煉瓦も取り入れた家が建つようになった。
それから、シンラの人々が着ている服も変わった。
今まではシンラの民族衣装を着ていたのだが、鮮やかで様々な種類の服が見受けられるようになった。
だがしかし…時代の流れに反した人物が、たった一人だけいた。
『はあ……』
登場早々深いため息をつく女性…この女性こそ、シンラに移住してきたキラウェルである。
キラウェルは何故か、宿屋にある鏡とにらめっこしている。
『キラウェルさん、どうしたんだい?深いため息なんかついちゃって』
彼女を心配した宿屋の女将が、キラウェルに声をかける。
『女将さん……実は、自分の顔を見てため息をついていました』
一度女将を見たキラウェルだったが、そう言うと鏡を見つめる。
『自分の顔……?変わらないことに悩んでいるのかい?』
キラウェルは女将に図星を言われ、苦笑いをする。
『確か…不老の力の影響でしょ?継承した当時のままっていうのも…皮肉なものね』
宿屋の女将は、眉をひそめる。
キラウェルの実年齢は51歳である。
しかし、魔法がもつ不老の力の影響で、亡き母・レイウェアから継承した時の年齢である、23歳の時の顔のままなのである。
皮肉といえば皮肉なものだが、キラウェルの悩みはこれだけではない。
『実は、このシンラ周辺に住んでいる人たちの一部分が、私のことを化け物呼ばわりするみたいなんです。さっき、シンラの子どもたちが教えてくれました』
キラウェルはそう言うと、よほどショックだったのか肩を落とす。
『まあ!そんな失礼なことを言う人がいるのかい?!最低じゃないかい!』
宿屋の女将は怒りを露わにする。
『子供たちも、キラウェルお姉ちゃんはキラウェルお姉ちゃんなのにって…言ってくれました。その言葉があるだけで、どれだけ救われたことか…』
キラウェルはそう言うと、何故か顔を洗った。
どうやら…ずっと涙を我慢していたようだ。
『言いたい人には言わせておきなさい?わたしは、どんなキラウェルさんでも大好きよ』
女将はそう言うと、優しく微笑んだ。
『女将さん…ありがとうございます』
キラウェルはそう言って、ようやく笑った。
外に出たキラウェルは、太陽の光を浴びながら大きく背伸びをした。
風が穏やかに吹いており、空も雲一つない快晴である。
時は流れているのに、年齢は重ねるのに顔だけが昔のまま…。
わかりきっていた事とはいえ、受け入れるまでには時間がかかる。
『不老って……こういう事なんだな』
キラウェルは、そう呟いた。
『あ!キラウェルお姉ちゃんだ!』
『お姉ちゃんー!!』
キラウェルを見つけた子どもたちが、一斉に駆け寄ってきた。
『おはよう、朝から元気だね』
キラウェルは、子どもたちの視線に合わせながら言った。
『追いかけっこして遊んでたのー!』
『キラウェルお姉ちゃんも遊ぼうよ!』
『ふふふ、いいわよ』
子どもたちの笑顔につられて、キラウェルの表情に笑顔が戻る。
キラウェルは子どもたちに引っ張られながら、広場へと駆けて行った。
場所は変わり、ファラゼロとアシュリー夫妻が住む屋敷である。
ファラゼロが当主なのは変わりないが、一つだけ変わったことがある。
それは……
「ロベルゼ、いい加減にしないか!お前は目先の事しか見えていないから…俺に行動が読まれるんだろうが!」
木刀を持ち、ファラゼロは汗をかく息子・ロベルゼを叱咤する。
「うるせぇ!親父に言われたくねぇよ!」
同じく木刀を持っているロベルゼ。
よく見ると二人は、稽古中のようだ。
「威勢はいいな…だったらもう一度来い!」
「うらあああああああ!!!」
ファラゼロの掛け声で、ロベルゼは再び立ち向かっていく。
しかし力任せの攻撃のため、大振りになってしまう。
ファラゼロはロベルゼの攻撃をすべて避けると、彼の動きを利用して再び投げとばす。
木刀が地面に落ちる音がし、投げられたロベルゼは、地面から舞った土埃で噎せている。
「まただ…俺の動きをよく見ろ!」
ファラゼロは、そう言いながら木刀を持ち直す。
「うるせぇ!」
ロベルゼは頭に血が上っているせいか、周りが見えていない状況だった。
察したファラゼロは、魔法を発動させた。
「一旦気絶していろ…!エナジーウェーブ!」
ファラゼロが技を発動させると、淡い光が波となってロベルゼに向かってくる。
父親が突然魔法を発動したため身動きが取れず、直に当たったロベルゼはそのまま気絶してしまった。
「ファラゼロ…いくら何でもやり過ぎよ?」
見兼ねたアシュリーが、眉をひそめて言った。
「これくらい厳しくしなければ、ロベルゼはまた付け上がる。俺に攻撃が与えられないようでは…当主を継がせるわけにはいかん」
ファラゼロはそう言いながら、置いてあったタオルで汗を拭う。
「アシュリー、ロベルゼが目覚めなかったら…水でもかけて起こしてやれ」
「…はい」
ファラゼロは妻にそう言付けすると、屋敷の中へと入って行った。
アシュリーは暫くロベルゼの様子を見ていたが、なかなか目覚めない。
そこで彼女は、夫に言われた通りにバケツに水を汲んできて、そして…息子に思いっきりかけた。
「うわああああああああ!!!」
母親の突然の水攻撃に、ロベルゼは驚いて飛び起きた。
「母さん!何するんだよ!」
ファラゼロの時とは違い、優しい口調のロベルゼ。
「起きないから、水をかけただけよ?」
アシュリーは、そう言いながらバケツをその場に置いた。
「母さん、俺…何回地面に投げ飛ばされた?」
「10回じゃないかしら?でもお義父さんが言うには、ファラゼロよりはマシな方だって」
「………」
母親の発言に、無言になるロベルゼ。
「俺…そんなに…」
父親を超えられない自分がもどかしいのか、ロベルゼは唇を噛み締める。
「ロベルゼ、お父さんの何が気に食わないの?素直に言いなさい」
アシュリーの真顔に、一瞬たじろぐロベルゼだったが…重たい口を開いた。
「俺、親父がこのブラウン家の当主って…認めてないんだ」
「まぁ!どうして?」
「だって……母さん、親父が周りの人間に何て言われてるか、わかるか?!“ブラウン家の恥晒し”だぜ!?俺…息子として恥ずかしくて仕方がねぇよ!」
ロベルゼは唇を噛み締める。
ファラゼロが当主になってからというもの、無駄な争いや戦闘は絶え、平和な日常を過ごしていた。
ブラウン家の目標であった、“フェニックスの魔法”の強奪すら行わないファラゼロは、一部の者たちから嫌われていた。
「ではロベルゼ、貴方は“フェニックスの魔法”が欲しいの?」
アシュリーは、息子にそう尋ねる。
「えっ…?」
母親の質問に、なかなか次の言葉が見つからないロベルゼ。
「お父さんはね…若い頃からそうだった。魔法は“召喚の魔法”だけでいいって……だからしょっちゅう、お義父さんと言い争いが絶えなかったそうよ」
「あの親父が…祖父ちゃんと?」
ロベルゼは、信じられないという様な表情をする。
「お義父さんも、今では貴方にとって優しいお祖父さんかもしれないけれど…ファラゼロに対してはいつになく厳しかったみたいなの。でも…ある事件で、考え方が変わったって、ファラゼロ言ってたわ」
「ある事件って?」
母の話に興味を示したのか、ロベルゼは聞き返す。
「お義父さん、“フェニックスの魔法”の所持者と…激しい戦闘を繰り広げたみたいなの。私はその場にいなかったから全てを語れないけれど…それはもう凄かったそうよ」
アシュリーは一度そこで区切ると、再び口を開いた。
「お義父さんは復讐のため…その方は自分の信じるものの為に戦ったそうよ。結果は魔法の所持者が勝ったんだけど、その方がお義父さんにこう言ったんだって…」
ー死んだ者が望むのは、復讐なんかではありません…生きている者の幸せなんです。きっと、レイアさんが今の貴方を見たら…悲しむと思いますー
「その人は…女の人なのか?口調からして女性っぽいんだけど」
「そうよ。それにロベルゼは、その女性と会っているのよ?」
「え!?」
母の言葉に、驚きを隠せないロベルゼ。
「俺が…祖父ちゃんを倒した人に…会っている!?全然覚えていないんだけど!」
「まだ貴方は幼かったからね…記憶が曖昧なんだわ」
アシュリーはそう言うと、バケツを持って立ち上がった。
「もう太陽が高いわ…お昼の用意をしておくから、早く中に入りなさい」
アシュリーはそう言うと、踵を返して屋敷の中へと入っていった。
ロベルゼは暫くその場に立っていたが、木刀を持つと屋敷へと戻っていった。




