第5話「隠された村」
巫女から貰った地図を頼りに、キラウェルは山道を歩いていく。
しかし、見渡す限り空と森林が続くばかりである。
こんな所に、村と呼べる場所はあるのだろうか?
キラウェルは次第に、疑問を抱く様になっていた。
『結構歩いてきたけど…村のむの字もないわ、本当にあるのかしら?』
キラウェルはそう言いながら立ち止まると、辺りを見渡し始める。
やはり見渡してみても同じ風景である。
キラウェルは、落胆したかの様に溜息をついた。
『どうしよう……リューイって人に会うまでは帰れないし……』
キラウェルがそう言って、ある場所に近づいた……その時だった。
突然、キラウェルの背中が光りだし、森林を包み込んでいく。
『!?』
あまりにも唐突な出来事に、驚きを隠せない。
光は勢いを増し、キラウェルをも包んでいく。
キラウェルは、悲鳴をあげることさえ出来ずに…光と共にその場から消え去った。
ー道端に倒れていた?この女性がかい?ー
ーえぇ…気を失っておりまして、先ほどプルート様が村まで運んできたんですー
ー……全く、プルートの世話好きは変わらない様だね。僕が彼女を看てるから、君はもう下がっていいよー
ーわかりました、何かありましたらお呼び下さいー
男性たちの会話が聞こえてくる。
不思議に思ったキラウェルは、ゆっくりと瞼を開けた。
真っ先に視界にはいったのは……
『おや、どうやらお目覚めの様だね!』
キラウェルを見て、にっこりと微笑む少年だった。
『!?』
あまりの光景に驚いたキラウェルは、思わず後ずさりする。
『あれ?もしかして驚かせてしまったかい?僕は人間だよ、安心して』
いや、そこに驚いたのではない!と、心の中で突っ込むキラウェル。
『あの結界をすり抜けたということは……そうか、君が僕が会いたがってた人だね。納得した』
キラウェルを差し置いて、勝手に話を進める少年。
『あ、あの…貴方は一体……?』
キラウェルは、不思議に尋ねた。
『あれ?気付かないのかい?呆れた人だなー。まぁ自己紹介するけどね』
少年はそこで区切ると、再び口を開いた。
『僕の名はリューイ、この村の責任者だ…よろしくね!』
少年……リューイはそう言うと、右手を差し出した。
どうやら、握手をしようとしているようだ。
『貴方がリューイさんでしたか、失礼いたしました』
キラウェルはそう言いながら、リューイと握手を交わした。
リューイと握手を交わしたキラウェルは、改めて彼を見つめた。
見た目は10歳くらいの少年だが、仕草言葉は大人な雰囲気を醸し出している。
とても500歳を超えた人物とは思えない。
『君いま、500歳に見えないと思ったでしょ?』
図星をリューイに言われ、キラウェルは黙り込む。
『はははは!まぁ仕方がないよ、継承したのが10歳の時だから、僕はその当時のままなんだ』
リューイは、そう言って笑った。
この時キラウェルは、リューイという人物の人柄に初めて触れ、偉大な人なんだと肌で実感した。
普通であれば、500年という長い年月を過ごしていると、自身の実年齢を笑い飛ばすなど出来ないはずだ。
『では、やはり…リューイさんも』
『僕は“扉の魔法”の継承者だよ。親父から受け継いだんだ』
リューイはそう言うと、額当てを外した。
彼の額には、魔法陣と思われる模様があった。
『この魔法のおかげで、この村は守られているんです』
額当てをつけながら、リューイは言った。
『この“扉の魔法”はね、代々僕の家系が受け継いできたもの。僕も詳しいことはわからないんだけど、遥か昔には…ちゃんとセルネアの住人として生活していたみたいなんだ』
リューイは一度そこで区切ると、再び口を開いた。
『だけどね、皇帝が代変わりした途端にさ…僕のご先祖様が狙われるようになったのは』
リューイはそう言いながら歩いていく。
キラウェルも後を追う。
『まさかとは思いますが…魔法を奪おうと?』
『そのまさかさ』
キラウェルの質問に、リューイは振り向きながら言った。
『次代の皇帝は魔法の力を欲するあまり、僕のご先祖様たちの虐殺を始めたのさ。生き延びた人達で何とか国を脱出し、この村をつくったんだ』
村の歴史を語る彼の表情は凄く悲しげだ。
リューイの話を聞いていたキラウェルは…胸が痛くなるのを感じていた。
大切な者たちが殺されていく光景、住み慣れた故郷を失う辛さ…
きっと彼の先祖の悲しみや怒りの感情は、計り知れないだろう。
『それ以来ご先祖様たちは、セルネアから逃げ続ける生活を送るようになったわけさ。でも、僕は今でもご先祖様たちへの仕打ちは酷いと思っているし、セルネアを恨んでいるよ』
リューイは、そう言いながら立ち止まった。
『それに…継承者は僕しかいないから、僕が死んでしまったら、村の者たちは途方に暮れてしまう。その為にも、結界に守られながら生きていくしかないんだ』
リューイはそう言いながら、額当てに手をのせる。
『初めは自分が生まれた意味を恨んだけど、今は違うよ。村の者たちの為にも、生き続けなきゃと思ってるのさ』
リューイはそう言いながら、ふり返ってキラウェルを見つめる。
『君と僕は似ているよね、境遇も…家系もさ』
そう言って、寂しそうに笑うリューイ。
キラウェルはそんな彼を見て、何も言えなくなるのだった。
キラウェルはその後、リューイと共に村の更に奥地にいた。
二人がいる場所には大きな石碑があり、もちろん古代文字で刻まれている。
『これは、僕が生まれる前からある石碑さ。僕の先祖が代々守り続けていたものなんだ』
リューイはそう言うと、キラウェルに石碑を見るよう促す。
彼女は、石碑に導かれるように近づいていった。
石碑に刻まれた古代文字は、かなり昔の文字のようだ。
キラウェルでも読めない…難解な文字だった。
難しそうな表情をしている彼女を見兼ねてか、リューイは口を開いた。
『一文を読んであげるね。“我、冥王星の化身なり。そなたらが我のご加護にある限り、そなたらは安泰である。だがしかし…様々な扉を扱う我にとって、輩は群がるであろう。その様な時こそ、そなたらの力が必要である。我はそなたらと共に生き、そなたらと共にある……”』
リューイはそう言うと、苦笑いしてまた口を開いた。
『この石碑、実は僕が幼少の頃から聞かされてたから覚えてしまって……嫌になっちゃうよ』
『でも凄いですよ…あんなに難しい古代文字を読めるなんて。私はこんな前の文字読めないです』
キラウェルは、リューイに感心している様だ。
『そっか…君はこの後の文字を勉強してたのか。それなら納得だな』
リューイはそう言うと、緑色の本をキラウェルに渡した。
『これを読むといいよ。“五大封印”以外のおとぎ話が書かれているから』
『おとぎ話!?そんなものが存在するんですか!?』
キラウェルは本を受け取り、驚きながら言った。
『まぁ…古代人が書いたものだから、信憑性に欠けるんだけどね。でも読んでいくと面白いよ』
リューイがそう言っている合間にも、キラウェルは本を読んでいく。
彼の言う通り…古代人が書いたものなのか古代文字がびっしりと書かれていた。
『でも…これ、勉強どころか……とんでもない内容ですよ。守護神の成り立ちが詳しく書いてあります』
本を読みながら、キラウェルは言った。
『君は本当に…勉強熱心だね』
リューイはそう言うと、石碑の文字を指でなぞる。
“僕なんか、勉強嫌いだったのに…。”
キラウェルに聞こえるか聞こえない声でそう言ったリューイの表情は、何故だか寂しそうであった。
長居してしまったキラウェルは、そのまま隠された村に泊まる事になった。
辺りはすっかり暗くなっており、魔物が凶暴になる時間帯でもあったため、リューイが戻ろうてしていた彼女を引き止めたのだ。
隠居しているとは思えない生活感に、キラウェルは最初驚いてしまうのだが、どこか懐かしさが込み上げてきたため、すぐに慣れてしまった。
キラウェルはリューイの家で夕飯をご馳走になった。
ゆっくり寛いでいるところに、リューイが現れた。
『今日は…僕の家の客室に泊まるといいよ。布団とかは僕が用意するよ』
リューイはそう言うと、奥の部屋に行こうとする。
『あの、リューイさん!』
そんな彼を、キラウェルは引き止めた。
『ん?どうしたんだい?』
リューイは、不思議そうな表情をして立ち止まる。
『あの…私たち一族がいなくなった後の闇の動きは、わかりますか?』
不安そうなキラウェル。
リューイは暫くの間考えていたが、まとまったのか口を開いた。
『君たちの一族が長年居てくれたおかげで、闇の広がりは抑えられているよ。でも…それが続いてもあと100年ってところかな。やはり魔法の所持者が離れてしまうと、抑えの効果は無くなってしまうみたいだね』
『そう…ですか』
あまり喜べないリューイの言葉に、キラウェルは肩を落とす。
『それに、一時期こちらにも闇の影響があったことは間違いない…。でも君がフォルフ地方に住むようになってからは、闇の暴走は何もない。“フェニックスの魔法”の効果は絶大なんだね』
リューイはそう言って優しく笑った。
改めてキラウェルは、自身が亡き母・レイウェアから受け継いだ魔法の威力に、かなり驚かされた。
闇の暴走を制御するとは聞いていたものの、間近で見てこなかったため、いまいちピンと来てなかったのだ。
『それに…ハンダルに戻るにしても、またブラウン家の奴らに狙われるってことを、忘れてはいけないよ?君に死なれると…僕らが困るから』
『そうですね…肝に銘じておきます』
キラウェルがそう言うと、リューイは微笑んで立ち去っていった。
翌朝、気持ち良い朝を迎えたキラウェルは、帰り支度を始めていた。
朝食を済ませて身嗜みを整える彼女の表情は、何故だか凛としていた。
『気をつけて帰るんだよ』
リューイは、村人たちと共にキラウェルを見送るため、入り口に来ていた。
『はい!昨日は色々とありがとうございました!』
キラウェルは、そう言うと深くお辞儀をした。
『礼には及ばないよ。さあ…シンラに戻るといい、巫女様がお待ちかねのはずだよ』
リューイは、微笑みながら言った。
『はいっ!』
キラウェルは元気よくそう言い、走って出発した。
リューイと村人たちは、キラウェルの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
『行ってしまいましたね…』
キラウェルの姿が完全に見えなくなったところで、村人の一人の男性がそう言った。
『そうだね…』
そう言うリューイは、どこか切なげだ。
『リューイ様…どうされたのですか?』
男性は、リューイに尋ねる。
『シン…僕は彼女に会ってわかったことがある。彼女はいずれ、大きな選択を迫られる』
リューイの言葉に、シンと呼ばれた男性は驚きを隠せない。
『しかもどちらを選んでも…待っているのは……』
リューイは、何かを言いかけて途中でやめる。
『リュ、リューイ様?』
シンは彼を心配しているのか、不安そうにリューイの顔を覗き込む。
『やめた、この話は。言ってたら辛くなる』
リューイはそう言うと、踵をかえして立ち去っていく。
よくわからなかったシンだが、リューイが言いかけた言葉が何なのかはわかっているため、何も言わなかった。
その頃キラウェルは、来た道を戻るために颯爽と走っていた。
リューイたちと別れたあと、魔物に襲われたが難なく突破した。
『このままのペースだと半日かな…?夜までには帰りたいなー』
キラウェルは、走りながらそう言った。
ふとキラウェルの脳裏に、リューイの言葉が蘇る。
“君たちの一族が長年居てくれたおかげで、闇の広がりは抑えられているよ。でも…それが続いてもあと100年ってところかな。やはり魔法の所持者が離れてしまうと、抑えの効果は無くなってしまうみたいだね”
『あと100年…その前に、何とかして自分を鍛えなきゃ』
キラウェルはそう言うと、握り拳に力を入れる。
ある程度走ってきたところで、キラウェルはとても見覚えのある姿を発見し、驚いて立ち止まる。
『み…巫女様?!』
驚きを隠せないキラウェル。
『もうそろそろ帰ってくる頃だろうと思いまして、ここで待っていたのです』
巫女は、そう言いながら微笑む。
『れ、連絡してくれてもいいじゃないですか!』
『貴女を驚かせたかったんです』
驚くキラウェルを他所に、相変わらず巫女は微笑む。
『さあ帰りましょう、シンラに』
『そうですね』
キラウェルは、迎えに来た巫女と共に今度は歩いて進んでいった。
そして…彼女がシンラに来てから、更に年月が流れた。