第4話「刀鍛冶」
シンラに戻ってきたキラウェルは、ずっと書いている暗号文の日記を執筆していた。
彼女にしかわからないこの文面は、かなりの高技術だと言っても良いくらいだ。
キラウェルは日記を書き終えたのか、ペン立てにペンを戻し、身体を伸ばし始めた。
『あの扉の窪み……何で一つだけ埋まっていたんだろう?』
キラウェルはそう言いながら、顎に手を当てる。
御園で見たあの扉はかなり大きく、全てを見れたわけではないが、キラウェルは窪みの数が気になるようだ。
八つある窪みは、まるで何かを囲うかのようだった。
長年雨風に晒せれてきたせいか、中央部分にあった古代文字が、解読できなかったことも事実だ。
『調べてみる価値はありそうだけど…どうしたらもっと詳細に知ることが出来るんだろう?』
キラウェルはそう言いながら、腕を組んで考え込んでしまった。
しかしずっと考えていても、頭が疲れるだけだと思った彼女は、外に出て新鮮な空気を吸うことにした。
森に囲まれたシンラの空気はとてもおいしく、キラウェルの心と身体を癒していく。
太陽を浴びたキラウェルは、何やら叩く音が響いているのに気づいた。
『?何だろう…?あの家から聴こえてくる』
キラウェルは不思議に思いながら、音がする家に近づいていった。
キラウェルが気になった家には、“鍛冶屋”の看板があった。
見たこともない看板に、キラウェルはぽかんと口を開けたまま立ち尽くす。
すると、その家から一人の職人が出てきた。
職人は男性で、彼はキラウェルに気づくと口を開いた。
『あれ?キラウェルさん、どうしたんですか?』
男性は、明るく声をかけてきた。
『ガンテツさん!』
キラウェルは、笑顔でそう言った。
ガンテツという男性は、シンラの刀鍛冶職人である。
主に剣や刀を専門にしている人物で、知らない者はいないといわれている。
『どうしたんです?俺の職場を眺めて』
微笑みながら、ガンテツは言った。
『聞いたこともない音が聞こえてきたので、気になったんです』
キラウェルはそう言うと、再びガンテツの職場を見つめる。
『気になるんでしたら…見学していきますか?』
『え!?良いんですか!?』
ガンテツの提案に、驚きを隠せないキラウェル。
『俺の弟子たちはみんな、貴女を歓迎してますからね。貴女が見学に来たと知ったら…きっと張り切りますぜ』
ガンテツはそう言いながら、悪戯っぽく笑った。
『では、見学していきます』
キラウェルは、素直に応じた。
ガンテツと一緒に中に入ったキラウェルは、まず仕事場の広さに驚いた。
彼の弟子たちが、懸命に包丁や鋏を鍛えていた。
中には、一から製作に取り掛かっている者までいた。
暫く弟子たちの作業を見ていたキラウェルだったが、ガンテツが奥へと進んでいるのに気付き、慌ててあとを追いかける。
『ここでは、主に切れ味が悪くなった包丁や鋏を扱っているんだが…たまに極秘依頼がくる時があってな…』
ガンテツはそう言うと、棚から木箱を取り出し、それをキラウェルに渡した。
木箱の中には、丁寧に手入れされた剣が入っていた。
その剣は、兵士が扱うようなものだった。
『あ、あの…極秘なのに、私に教えて大丈夫なんですか?』
不安に思ったキラウェルは、ガンテツに尋ねる。
『キラウェルさんだからこそ、話したのです。たがしかし…この剣を見たということは、内密にお願いします』
『はい、わかりました』
ガンテツの言葉に、キラウェルは少しだけ苦笑いしたが、彼の言うことに素直に従った。
そのあとキラウェルは、ガンテツと一緒に中を見て回った。
たくさんのものを見てきたため、目が回りそうな感じにもなっていた。
彼らの職人技にすっかり魅せられたキラウェルは、ガンテツの職場にあった書物を読み始めた。
ふとキラウェルは、書物の中に“クスの街”という街が紹介されているのを見つける。
かなりのページ数であり、なかなか読み終わらない。
『あれ?キラウェルさん、どうしたんですか?』
休憩に入っていた一人の若い男性の職人が、キラウェルに声をかけた。
『あの…“クスの街”という所は、どのような場所なのでしょうか?』
キラウェルはそう言いながら、書物をその男性に見せる。
『ああ…この“クスの街”は別名、刀鍛冶職人の聖地と呼ばれているんですよ。なんでも、大きな戦いが勃発した時に、急速に発展していったんだとか。俺ら何かよりも、格段に腕が良い職人が集まると、師匠から話を聞いたことがあります』
書物を見た男性は、タオルで汗を拭きながらそう言った。
『刀鍛冶職人の聖地…』
キラウェルはそう言うと、再びクスの街の紹介文に視線を戻す。
『なんなら師匠に言いましょうか?クスの街にいる女性の刀鍛冶職人は、師匠の知り合いなので、紹介できますよ?』
『えっ!?女性でもなれるんですか!?』
驚きを隠せないキラウェル。
『なれますよ。ただやはり男性と同じ修行をこなすためか、女性の職人はかなり少ないんです』
苦笑いする男性。
『そうなんですか…』
キラウェルはそう言いながら、再び書物に視線を戻す。
『気になったらでいいですからね。俺はいつでも待ってますから』
男性はそう言うと、休憩室へと向かっていった。
男性が去ったあとも、キラウェルは書物を読み漁っていった。
ガンテツの職場をあとにしたキラウェルは、宿に戻ってきていた。
日記を書き終えた彼女は、今度は魔法に慣れるための修行を開始した。
『1…2…3…4…』
手のひらから炎を出し、カウントしていく。
『15…16……ダメだ!限界!』
キラウェルはそう言うと、魔法の発動を止めた。
最初の頃に比べ、キラウェルは魔法を長く発動できるようになっていた。
だが、目標である30秒がなかなか達成出来ない。
『あともうちょっとなんだけどな…体力上げるために魔物と戦おうかな?』
キラウェルはそう言いながら、体を伸ばし始める。
『最近魔物の討伐依頼とかないからな…あとで集会所行ってみようかな』
実はキラウェルは、集会所に掲示してある討伐依頼を受けていた。
大半が魔物の討伐依頼なのだが、中には子守や仕事の手伝いなども依頼として掲示されている。
キラウェルはこの掲示を見て依頼を受けて、数々の仕事をこなしてきた。
『久々に運動がてら、魔物退治を引き受けようかな!』
キラウェルはそう言いながら、肩を回した。
『あらキラウェル様、何をされているのですか?』
すると偶然、キラウェルの部屋に巫女が訪ねてきた。
『あ…巫女様、いらしてたんですね』
キラウェルはそう言うと、肩回しをやめた。
『ガンテツさんから話は聞きましたよ、なんでも…工房に行かれたそうですね』
巫女は、微笑みながら言った。
『ええ…とても勉強になりました』
キラウェルはそう言うと、本棚から一冊の本を取り出して黙読し始めた。
『それは、刀鍛冶の本ですか?』
巫女は、キラウェルに尋ねた。
『はい…ガンテツさんから借りてきた本なんです。気がすむまで読め、と言っていました』
キラウェルは、そう言いながら本を捲る。
『本当に勉強熱心なんですね』
そんなキラウェルの姿を見て、巫女は優しく笑う。
『そう言えば巫女様、何か用事があったのでは?』
本を読んでいたキラウェルは、そう言いながら顔を上げる。
『わたくしとした事が、いけない!』
巫女はそう言うと、キラウェルに一枚の紙切れを渡した。
それはよく見ると…掲示板に掲載されるものだった。
『あの、これは…?』
キラウェルは、不思議そうに言った。
『先ほど送られてきた依頼書です。依頼内容は面会で、しかも…キラウェル様を指名しているのです』
『え?私を?』
キラウェルは不思議そうに言うと、改めて依頼書を見る。
差出人はリューイという人らしいが、面会とはどういう事なのだろうか。
依頼書を見ているだけではわからない…そう思ったキラウェルは、口を開いた。
『巫女様、このリューイという方をご存知ですか?』
『このシンラの近くに存在する、“隠された村”という村の長の方です。変わり者ですが、村人からの信頼はとても厚いと聞いております』
キラウェルは、初めて“隠された村”の存在を知ることになった。
『“隠された村”…?それは、そのままの意味なんですか?』
キラウェルは、巫女に尋ねる。
『そのままの意味です。何でも遥か昔、現在のセルネア法皇国から逃げるために、隠居生活を続けているそうで、何百年もセルネアから逃げているそうですよ』
自分と同じ境遇の者たちが、この村に住んでいる…。
そう思うだけで、心が痛むキラウェル。
彼女の心は、彼らの計り知れない傷跡に悲鳴をあげている。
『巫女様、この村の行き方はありますか?』
『地図をお渡ししましょう。ですが鍵は…貴女自身ですよ?』
巫女はそう言って、ふふっと笑った。
『……?』
巫女の言葉が理解出来ず、首を傾げるキラウェルだった。
次の日、巫女から“隠された村”への地図を渡されたキラウェルは、出発の準備をしていた。
『いくら近くにあるとは言え、あの村の者の警戒心は半端ないぞ、気をつけてな』
ルイはそう言うと、キラウェルの肩を優しく叩いた。
『はい!』
キラウェルはそう言うと、準備を終えたのか立ち上がる。
『あの、キラウェル様…』
行こうとしていたキラウェルを、巫女が呼び止めた。
『巫女様?どうかしましたか?』
不思議そうに、キラウェルが言った。
『ひとつ…言い忘れていたことがありまして…』
巫女は一度そこで区切ると、再び口を開いた。
『その、リューイ様はタメ口を嫌います。見た目は子供でも…年齢は確か、500歳を超えた方ですから』
『ご……500歳!?そんな長寿なんですか!?』
巫女の言葉に、キラウェルは驚きを隠せない。
『今ここで詳しい話はできませんが、リューイ様に直接会えば…全て理解出来ますよ。ですから…彼に会ったら必ず敬語で会話をしてくださいね』
念には念を入れるかのように、巫女は言った。
『わ、わかりました』
キラウェルは、驚きと戸惑いで訳がわからなくなっている。
『では行っておいで、リューイ様が待っている』
『はい、行ってきます!』
ルイの言葉に、キラウェルは力強くこたえて、シンラを出発した。
タメ口を嫌う…500歳を超えた人物。
リューイという人物は、一体どの様な人なんだろうか。
巫女とルイの話を聞くだけでは、想像など出来るはずがない。
キラウェルが知っているのは…亡き母レイウェアの享年が、300歳を超えていたという事ぐらいだ。
500歳という未知の数字は、彼女に衝撃をあたえた。
『本当に、どんな人なんだろう…?』
キラウェルはそう言いながら、空を見上げる。
澄み切った青い空がひろがっており、雲ひとつない晴天である。
『考えていては何も始まらない…前に進むだけだ!』
キラウェルはそう言うと、地面を蹴って走り出した。
しかし彼女はこの時、まだ気づいていなかった。
リューイとの出会いが後々、大きな出逢いに繋がることに……。