第1話「灼熱の涙」
−エイジ556年−
灼熱の大地から立ち去ったキラウェルは、シンラに戻ってきていた。
腕や顔には、“レッド・フラウ”から受けたと思われる傷がいくつもあった。
しかし、そのほとんどが特性によって回復していたが、小さな傷などは残ったままだった。
腕を巫女に差し出している彼女は、どうやら手当てを受けているようだ。
『しかし、よく戻られました。あの魔物に挑み、戻ってきた者はいないと…聞いていました』
巫女はそう言いながら、キラウェルの手当てを進めていく。
『倒すのが本当に大変でした…。打撃に強い耐性をもっているので、魔力が無くなったらどうしようかと、ひやひやしました』
キラウェルは、苦笑いしながら言った。
『ところで、“灼熱の涙”は入手できましたか?』
巫女は、キラウェルに尋ねた。
『二個手に入れました!』
キラウェルはそう言いながら、袋から綺麗な宝石を取り出した。
どうやらこれが、“灼熱の涙”と呼ばれている物の様だ。
涙の形をしたその宝石は、ルビーのような色をしており、太陽に照らされて輝いている。
『あら残念…あと一個足りません』
巫女は、苦笑いしながら言った。
『え!?』
巫女の一言に、キラウェルは驚きを隠せない。
『“再生力”を解放するには、“灼熱の涙”が三個必要なのです。ですから…また戦うしかありませんね』
『またあれと戦えって事ですか?はぁー…』
巫女の言葉に、ため息をつくキラウェル。
キラウェルがシンラにやって来て、月日が流れた今日。
最初に比べて、セルネア語を流暢に話せるようにもなり、キラウェルはシンラの住人となっていた。
フェニックスの魔法も、特訓の成果があったのか、新たな技を覚えていた。
さて、キラウェルが何故…“灼熱の涙”が必要だったのかについてたが、特殊能力を得られると、巫女から聞いたからであった。
そのうちの一つである、“再生力”を解放するために、どうやら“レッド・フラウ”と戦ってきたみたいである。
しかし数が足りないと言われてしまえば、再戦は免れない。
『もう太陽が傾いていますし、それに“レッド・フラウ”は明け方にしか出現しません。再戦は、また明日にしたらどうでしょうか?』
巫女はそう言うと、手当てが終わったのか、包帯を救急箱にしまう。
『そうします』
キラウェルはそう言うと、手のひらから焔を出した。
『だいぶ…扱いにも慣れてきたみたいですね』
巫女はそう言うと、キラウェルに水が入ったコップを差し出す。
キラウェルはそれを受け取ると、飲み始めた。
『新しい技も覚えたんです。あの凶悪な魔物に勝てたのも、その技のお陰なんです』
キラウェルはそう言うと、焔を出すのをやめる。
『それは、どんな技なのですか?』
巫女は、キラウェルに尋ねた。
『使っているうちに気づいたんですけど、どうやら敵を弱体化させる技みたいなんです。結構効くみたいなんです』
キラウェルはそう言うと“レッド・フラウ”と戦った時のことを思い出した。
–今から数時間前–
シンラから少し離れた“灼熱の大地”。
その地に立つキラウェルは、“レッド・フラウ”と対峙していた。
『大きすぎでしょ…』
キラウェルは、“レッド・フラウ”を見上げながら言った。
巫女から、植物系の魔物と聞いていたのだが、ここまで大きいとなると苦戦を強いられてしまう。
『でも眠ってるみたいだな…今のうちに“灼熱の涙”をとって帰ろうっと…』
キラウェルがそう言って“レッド・フラウ”に近づいた…その時だった。
「グアアアアアアアア!!!」
キラウェルの気配に気づいたのか、“レッド・フラウ”が目を覚まし、地響きのような雄叫びをあげる。
『お…起きちゃった…』
慌てて後退したキラウェルは、臨戦態勢をとる。
ゆっくりと起き上がった“レッド・フラウ”は、地面から無数の蔓を出してきた。
そして器用に操り、キラウェルに向けて蔓を振り下ろした。
辛うじて蔓を避けたキラウェルは、焔を出した。
『やっぱりそう簡単にはいかないか…こっちも本気でいくよ!!』
キラウェルはそう言いながら、“レッド・フラウ”に飛びかかった。
『喰らいやがれ!!』
キラウェルはそう言いながら、焔を放った。
放たれた焔は、“レッド・フラウ”に直撃する。
しかし、蔓で防がれてしまったのか、“レッド・フラウ”は傷ひとつない。
『え…嘘でしょ!?』
驚きのあまり、攻撃を止めてしまうキラウェル。
“レッド・フラウ”はそれを見逃さず、二本の蔓を操ってキラウェルの頬と体に、まるで鞭のごとく攻撃した。
その衝撃でキラウェルはうしろに飛ばされ、地面に叩きつけられる。
攻撃の影響からか、砂埃が舞っている。
『やっぱり強いな……スピード上げるか』
キラウェルは、咳をしながら言った。
一方“レッド・フラウ”は、再び蔓を地面から出してきた。
キラウェルはそれを待っていたかのように、再び焔を出した。
『フレイムウェーブ!!』
今度は、全体攻撃を仕掛けるキラウェル。
「グアアアアアアアア!!』
“レッド・フラウ”は、雄叫びのような悲鳴をあげる。
少しだけ効いたのか、“レッド・フラウ”は蹲るようにしている。
しかしそれも、数分間の間だけだった。
再び復活した“レッド・フラウ”は、今までの仕返しと言わんばかりに、蔓を鞭のように操ってキラウェルに攻撃した。
あまりにも効いたのか、威力がかなり凄い。
『ぐっ……あまりにも……力が』
そう言いつつ、防御しているキラウェル。
…と、その時だった。
キラウェルの体が赤く光りだしたのだ。
この光景に、当人が一番驚いている。
『こ…これは…まさか……』
自分の両手を見つめるキラウェル。
しかし、今は灼熱の花と呼ばれている魔物と対峙中である。
油断は禁物なのである。
余所見をしていたキラウェルは、そんな魔物からしてみれば、餌食そのものである。
“レッド・フラウ”は、今度は地ならししながらキラウェルに襲いかかってきた。
キラウェルが気づいた時には、“レッド・フラウ”はもう目の前まで迫ってきていた。
焦ったキラウェルは、徐に両手を“レッド・フラウ”に向けて翳した。
すると、“レッド・フラウ”の周りに赤い光が包み込み、まるでオーラのような状態に。
『な…何?この技は……』
あまりの出来事に、キラウェルは驚きを隠せない。
しかし、一番驚いているのは“レッド・フラウ”なのである。
オーラのような赤い光は、消える気配が全くない。
蔓で薙ぎ払ってみるが、それでも消えない。
もしやと思ったキラウェルは、手のひらから焔を出した。
『一か八か…賭けてみる!火焔弾!!』
キラウェルはそう言いながら、焔の塊を“レッド・フラウ”目掛けて放った。
焔の塊が“レッド・フラウ”に直撃した途端、今までが嘘のように苦しみだした。
「ギャオオオオオオオオオ!!!」
焔に包みこまれ、激しくもがく“レッド・フラウ”。
しばらくの間もがいていたが、動かなくなった。
どうやら…気を失ったらしい。
『や…やった。やっつけた……』
軽く息を乱しながら、キラウェルは言った。
巫女から、“レッド・フラウ”を倒さないよう言われていたキラウェルは、火焔弾の威力を半分に抑えていた。
理由は…この宝石にあった。
『あ…“灼熱の涙”!!』
気を失った“レッド・フラウ”の傍に、涙の形をした宝石が二個落ちていた。
巫女の話だと、この宝石を得るために乱獲が始まっており、年々数が減少しているとか。
そこでシンラの人々は、この魔物たちを守るべく、乱獲者へのかなり厳しい監視と取り締まりを行っているのだ。
涙系の宝石は裏取引されれば…億単位はいくだろうとの話も聞いていた。
もしかしたら、乱獲者は裏業界の人たちなのかもしれない。
『大丈夫?起き上がれる?』
キラウェルは、“レッド・フラウ”に声をかけた。
気を失っていた“レッド・フラウ”は目を覚ますと、ゆっくりと起き上がった。
やはり植物系の魔物だけあり、光合成をして傷を回復した。
『今日はありがとう。でももうクタクタだよ。私はシンラに戻るから、あんたも地中に帰りな』
キラウェルがそう言うと、“レッド・フラウ”は素直に地中へと帰っていった。
ふとキラウェルは、立て看板があることに今気付いた。
近づいて行って、看板を読んでみると…。
『“この先灼熱の大地。乱獲目的の者の立ち入りを禁じる。なお、乱獲者は発見次第、重い懲役がかせられる”』
キラウェルは立て看板を読み終えると、辺りを見渡した。
灼熱の大地にはいくつか穴が開いてあり、その穴の中であの魔物たちは暮らしている。
しかし、穴の数に比べ、魔物の数はやはり少ない。
これも…乱獲された影響なのだろうか。
『太陽が高い…早く戻らなくちゃ』
キラウェルはそう言うと、灼熱の大地をあとにした。
–現在–
『なるほど…その技のお陰で、“灼熱の涙”を手に入れたわけですね』
巫女は、納得したように言った。
『はい。でも技の名前がわからないので、何て言ったらいいのか』
キラウェルは、苦笑いしながら言った。
『その技を覚えたばかりなのですから、今は名前を考えるよりも、能力の解放を優先すべきです。今日は宿に戻ってゆっくりと体を休めてくださいね』
『そうですね…そうします』
キラウェルはそう言うと、巫女の家をあとにした。
宿に着いたキラウェルは、当たり前のように二階の真ん中の部屋に入っていた。
キラウェルは自分の家を持たない代わりに、宿に長期宿泊しているようだ。
資金は、シンラの人々の仕事を手伝うことで入手しているため、滞納することなく宿代は払っている。
『おやキラウェルさん、今日は随分とお疲れのようね』
宿の女将が、キラウェルに声をかけてきた。
『“レッド・フラウ”と戦ってきたんです。もうクタクタですよ』
キラウェルは、苦笑いしながら言った。
『何ですって!?あの凶悪な魔物と!?』
驚きを隠せない、宿の女将。
『魔力をかなり消費したので、本当にクタクタなんですよ…。あんなに強いとは思いませんでした』
キラウェルはそう言いながら、入浴の準備を始める。
故郷を離れたキラウェルは、服装がワンパターンしかなかった。
見兼ねたシンラの人々が、彼女のためにと…服を何着か用意してくれた。
今キラウェルは、人々が用意してくれた服を着ている。アシュリーから貰ったバレッタで髪を上げているため、うなじが見える。
服はもちろん、シンラの服装だが。
『あの魔物と対峙して、帰ってきた者は居ないというのに……キラウェルさん、貴女は凄い人だ』
宿の女将は、感心したように言った。
『私は普通の人間ですよ。お風呂入ってきますね』
キラウェルはそう言うと、部屋を出ていった。
–巫女の家–
その頃、シンラの巫女はというと…精神統一をしていた。
瞼を閉じ、集中している彼女は…周りの音でさえも聞こえていないようだ。
だが…ある人物の気配を読み取ったのか、瞼を開ける巫女。
『ルイ…何かご用ですか?』
巫女は、ゆっくりと彼に向き直りながら言った。
『いえ…特にありませんが、巫女様が精神統一とは珍しい』
ルイはそう言うと、巫女の隣に腰掛ける。
『キラウェル様の…未来を見ていました…彼女は、やはり悲しい運命を背負っています』
巫女は、そう言いながら立ち上がった。
『巫女様…キラウェルさんの運命とは一体?』
不思議に思ったルイは、巫女に尋ねた。
『ルイ、超希少系魔法の中には…呪いをもつものがあることを、ご存知ですか?』
逆に、巫女はルイに尋ねた。
しかしルイは、わからないと頭を振る。
『呪いは絶対です。キラウェル様のもつフェニックスの魔法には…人を巻き込むという呪いがあります』
巫女の言葉に、ルイは言葉を失った。
『彼女は、ここまで辿り着くのに…沢山の人たちとの出会いと別れを繰り返したはずです。その中の一部の人たちは…命を落としている』
巫女は一度そこで区切るが、再び口を開いた。
『私はこの呪いを予知で知った時…神を初めて恨みました。このような呪いを、何故魔法に与えたのかと』
巫女はそう言うと、祈るように手を合わせながらこう言った。
『不死鳥のご加護をもつキラウェル様…貴女の未来が、輝かしいことを祈っております』
その頃キラウェルはお風呂から出ており、ずっと使っている部屋にいた。
不死鳥はというと、相変わらず背中にある魔法陣から出ようとはしなかった。
何故かはわからないのだが。
『ここに来てから、年月が経つのは早いな…』
キラウェルは、窓から夕陽を眺めながら言った。
29歳になったキラウェルは、外見は23歳のままなのだが、時折年齢層に見られることもあった。
シンラの人々は、事情を知っているから尚更なのかもしれないが。
『そうだ…ガクさんから手紙貰ってたんだった!』
キラウェルはそう言うと、机の引き出しから一通の手紙を取り出した。
ついひと月前に送られたガクの手紙には、ファラゼロが結婚したこと、久々に遊びに来てほしいことが綴られていた。
また、カンナが結婚したことも綴られていた。
『ファラゼロさんとカンナさん、結婚したんだ…。あれ?ガクさんは独身なのかな?』
キラウェルが、ふと思った疑問である。
『まぁいいや!明日の早朝に“レッド・フラウ”に挑んで…落ち着いてから行こうっと!』
キラウェルはそう言うと、ガクの手紙を再び引き出しの中にしまった。
だがしかし…キラウェルはとんでもない光景を、目の当たりにすることになる。
–早朝–
宣言通り、キラウェルは再び灼熱の大地へと来ていた。
何故か巫女が隣にいるのだが、どうも不吉な予感がして一緒に来たみたいだ。
辺りを見渡した二人は、思わず絶句した。
『こ…これは…一体……』
辺りを見渡しながら、キラウェルが言った。
彼女が最初に訪れた時と比べ、大地がかなり荒らされていた。
“レッド・フラウ”が住んでいる穴は掘り返された跡があり、無残にも崩れてしまっている。
『まさか…乱獲者?』
キラウェルはそう言いながら、立て看板を探すために辺りを見渡す。
『“レッド・フラウ”の子どもたちは…無事でしょうか?』
やはり巫女も、辺りを見渡しながら言った。
と…その時、小さな穴から可愛らしい“レッド・フラウ”が現れた。
魔物の子は巫女を見た途端に、思いっきり飛びついてきた。
『まぁ!よくご無事で!!』
巫女は、優しく腕の中で抱きしめる。
『ねぇ…お母さんはどうしたの?』
キラウェルは、“レッド・フラウ”の子どもに尋ねた。
子どもは蔓で右を指した。
どうやら、あの森の中にいるようだ。
『案内できる?』
キラウェルがそう言うと、巫女の腕の中から離れて移動する子ども。
『行きましょう』
巫女は、走りながら言った。
キラウェルも、巫女に続いて走りだした。
森の中に入っていった二人は、時折待ってくれる“レッド・フラウ”の子どもと共に、奥へと進んでいた。
随分と奥地に逃げたようだ。
『普段“レッド・フラウ”は、あの穴の中で生活しているのです。太陽の光が苦手なので、滅多に外に出るということはないはずなのに…』
巫女は、そう言うと唇を噛み締める。
『きっと…あの子の母親は、それだけ追い詰められたということですね』
『だとしたら危険すぎます!早く見つけないといけません!!』
巫女がそう言うと同時に、子どもが物凄い速さで移動していった。
どうやら着いたようだ。
キラウェルと巫女も、子どもに続いて走りだした。
辿り着いた場所で、二人は再び絶句した。
奥地にいた“レッド・フラウ”は、ぐったりとしていて元気がない。
蔓や顔には痛々しい傷があり、弱っているようだ。
必死になって、母親に呼びかける子どもの姿が…とても切ない。
『大変!!』
巫女はそう言うと、“レッド・フラウ”に近づいて左手を翳した。
巫女の手から淡い光が溢れ出し、“レッド・フラウ”を包んでいく。
どうやら、巫女の力で回復をしているようである。
キラウェルはというと、別のことに驚いていた。
何故なら…今そこにいる“レッド・フラウ”は、昨日自分が戦ったばかりの相手だったからだ。
『ねえ!一体どうしたの?何があったの!?』
キラウェルが声をかけると、薄っすらと瞼を開ける“レッド・フラウ”。
すると、口をパクパクさせた。
魔物の言葉がわからないキラウェルは、首を傾げてしまう。
見兼ねた巫女が、口を開いた。
『貴女が去ったあの後……誰も居ないのを確認した乱獲者たちが侵入し、所構わず襲った、そう言っています』
巫女が通訳したのを見て、キラウェルは余計に驚く。
『あ…私は巫女なので、魔物の言葉もわかります』
巫女の一言に、キラウェルは納得したように頷いた。
まだ口をパクパクさせている“レッド・フラウ”。
巫女は通訳を続ける。
『仲間はやられてしまったけど…わたしはこの子を守るために必死に抵抗しました。お陰で……この有様ですが、そう言っています』
キラウェルは何度も頷くと、“レッド・フラウ”の頭に手を置いた。
『もういい…話さないで。今はゆっくり休んで』
キラウェルの言葉に、再び瞼を閉じる“レッド・フラウ”。
ふとキラウェルは、怪しい気配を感じ取り、鞘から白夜を引き抜いた。
『キラウェル様…?』
不思議そうに言う巫女。
『こっちに誰か来ます…この気配は、おそらく乱獲者のものかと』
キラウェルの言葉に、巫女は傷付いた“レッド・フラウ”を守るように抱きしめる。
子どもも、母を守るためか威嚇を始めた。
『大人数で来ようが…私一人で大丈夫ですから』
キラウェルはそう言うと、白夜を握り締めて構えた。
暫くして見えたのは、やはり乱獲者であった。
『何なんだお前らは!』
乱獲者の一人が、キラウェルたちを見つけるや否や睨みつける。
『あんた達ね…“レッド・フラウ”を襲ったのは!!』
怒りに満ちた声で、キラウェルが言った。
『だったらなんだ?早くそこを退け!そいつに用があるんだよ!!』
もう一人の乱獲者が、傷付いた“レッド・フラウ”に銃口を向ける。
しかし、乱獲者は銃を発砲することが出来なかった。
何故なら…既にキラウェルが峰で斬りつけていたからだ。
腹を抱えた乱獲者は、今度はキラウェルの回し蹴りを喰らって地面に倒れた。
気を失っているのか、そのまま動かない。
『まだやる気?だったら容赦しないけど』
怒りに満ちた声で、キラウェルは残った乱獲者を睨みつける。
『く……くそおおおおおお!!!』
男は発狂し、隠し持っていた銃を乱射した。
キラウェルは白夜を回し、何発かは弾くことができたが、一発頬をかすめた。
その証拠に、血が滲んでいる。
だがそんな怪我も、魔法の特性で瞬時に治ってしまう。
その光景を見た乱獲者は、わなわなと震えだした。
『き…貴様は何なんだ…怪我が……そんなすぐ治るか!?』
キラウェルは乱獲者の問いにはこたえず、無言で近づいていく。
それが更に恐怖を煽ったのか、乱獲者は後ろに後ずさっていく。
『“灼熱の涙”はな……裏取引されれば……億で売れるんだよ…あいつを殺さないと、取引が成立しないんだ……だから、だからそこを退け!!』
乱獲者は最後の悪足掻きをしようとするが、怒りが満ちたキラウェルには通用しない。
彼女の回し蹴りで、あっさりと敗北する。
だがキラウェルは相当怒っているのか、白夜を乱獲者に向けて構えている。
峰から刃に変えているため、悶絶では済まされないだろう。
『や…やめてくれ……殺さないでくれ!!』
乱獲者の言葉を無視し、キラウェルは白夜を振り下ろした。
『ぎゃあああああああ!!』
乱獲者は叫び声をあげながら瞼を閉じた。
しかし…キラウェルは寸止めをした。
『あんた達が今まで殺してきたあの魔物達も…きっとそうやって悲鳴をあげたことでしょうね』
キラウェルがそう言うと同時に、乱獲者は力が抜けたのか、なだれ込むように倒れた。
『よく覚えときな…乱獲は生物系の秩序を乱すだけでなく、築き上げた関係性を壊しかねないのよ?これに懲りたら…二度と灼熱の大地に足を踏み入れるな!!』
キラウェルはそう言うと、白夜を鞘におさめた。
乱獲者はというと、気を失って倒れたままである。
騒ぎを聞きつけたルイが駆けつけ、二人は御用となった。
あの“レッド・フラウ”はというと、巫女の力で回復したのか元気を取り戻していた。
『もう大丈夫だよ、安心しな』
キラウェルはそう言いながら、“レッド・フラウ”の頭を撫でる。
すると…“レッド・フラウ”が、キラウェルに灼熱の涙を一つ差し出した。
『え?』
不思議そうに見上げるキラウェル。
しかし“レッド・フラウ”は、再度灼熱の涙を差し出した。
『受け取ってほしい、助けてくれたお礼だそうですよ』
巫女は、“レッド・フラウ”の通訳をした。
『え……で、でも……』
躊躇うキラウェルを見兼ね、巫女が口を開いた。
『キラウェル様、受け取ってください。私からもお願いします』
巫女は、そう言いながら微笑んだ。
『そこまで言うなら…』
キラウェルはそう言うと、右手を差し伸べた。
すると、“レッド・フラウ”は灼熱の涙を一つ、キラウェルの右手の手のひらに置いた。
『これで、再生力が開放できますね』
巫女はそう言いながら、キラウェルから灼熱の涙を受け取った。
『それは、後からでもいいですか?私はこれから…行かなければならない場所があるので』
キラウェルはそう言うと、灼熱の大地から立ち去ろうとする。
『キラウェル様、どちらへ行かれるのですか?』
不思議に思った巫女が、キラウェルに尋ねた。
『久々に…ファラゼロさんに会いに行ってきます。結婚もしたそうですし、お祝いに行かないと』
キラウェルはそう言いながら、忘れ物がないか確認する。
『気をつけてくださいね?ルイから聞いた話ですと…新たな国から兵士を派遣させ、護衛として配属しているそうですから』
巫女は、不安そうに言った。
『大丈夫ですよ、では…私は行きますね』
キラウェルはそう言いながら、灼熱の大地をあとにした。
灼熱の大地を過ぎ、シンラの入り口をも出たキラウェルは、未だに出てきていない不死鳥に話しかける。
「不死鳥、いい加減出てきたら?」
キラウェルは、少し不機嫌そうに言った。
すると…素直に不死鳥が姿を現した。
『漸く外に出られた。あそこは暑苦しい…』
なんと、不死鳥も不機嫌であった。
「あ、ごめんね?我慢してたんだ」
キラウェルは、不死鳥に詫びるように言った。
『構わんさ…さて、あの若造に会いに行くのだろう?さっさと用事を済ませて、シンラに戻るぞ!』
不死鳥はそう言うと、羽ばたいてしまう。
「あっ…!待ってよ!」
キラウェルは、慌てて不死鳥を追いかけた。
シンラを南に出てきたキラウェル。
数年前は北からシンラに入ったのだが、再び戻るには南からの方が近いとルイに教えられ、早速実行した。
北側の道とは違い、緩やかな坂ばかりが続いているこの道は、今のキラウェルにとって、とても楽な道である。
「ルイさんの言った通りだ…こちの方が楽だ」
キラウェルは、辺りを見渡しながら言った。
『おい、立ち止まっている時間は無いぞ?早く進め』
不死鳥は、呆れながら言った。
「そうだった…。急がなきゃ」
キラウェルはそう言うと、今度は走り出した。
暫くすると、懐かしいあのブラウン家の屋敷が見えてきた。
以前見たあの豪華さは、全く変わらないようだ。
前見た時と変わっているものがあるとすれば、新たに建てられたと思われる屋敷あることであろうか。
「ガクさんの話だと、ファラゼロさんと奥さんは、別棟の方に居るみたいだよ」
キラウェルは、指をさしながら言った。
『ほぅ…随分と立派な屋敷だな』
不死鳥も、感心したように言った。
「憲兵に気をつけながら行こうっと…」
キラウェルはそう言いながら、周りに気をつけながら庭に近づいていった。
見つかったらまずいので、不死鳥はキラウェルの背中にある魔法陣に戻らせといた。
運悪く見つかってしまった一人の憲兵を、覚えたての技で弱体化させ、窓から入る。
中はやけに静かであり、キラウェルは警戒しながら歩いていく。
「こんなに静かだと…余計に怖いな」
辺りを見渡しながら、キラウェルは言った。
第三者から見れば、辺りを見渡しながら歩くキラウェルは、明らかに不審者同然である。
しかし、周りがまだ騒いでいないため、嵐の前の静けさかもしれない。
キラウェルは、更に警戒を強めた。
更に奥に来た時、キラウェルはある人物と鉢合わせする。
「おねえさんだれー?」
男の子が、キラウェルを不思議そうに見ている。
「?!」
突然話しかけられたため、キラウェルは驚きのあまり固まってしまった。
「ロベルゼー?どうしたのー?」
すると、奥から女性の声がした。
「あ!ママー!」
男の子は、女性の声がした方へ走っていった。
「と…とりあえずは、助かったのかな?」
キラウェルは、安堵の溜息をついた。
しかし…その安堵も消え去る。
「へんなひとがいたのー!」
なんとさっきの男の子が、母親を連れてきているようだ。
更に焦るキラウェル。
「変な人?」
女性は不思議そうに言う。
「うん!あっ!あのひと!」
男の子は、キラウェルを見つけるや否や指をさした。
女性はキラウェルを見て驚いている。
またキラウェルも、男の子の母親が誰かわかり、驚きを隠せない様子だ。
「キ…キラウェルさん!?」
「ア、アシュリーさん!?」
それぞれ驚く二人。
「ママ?」
男の子は、不思議そうに二人を見ている。
男の子をよそに、キラウェルとアシュリーは、それぞれ驚いたまま…立ち尽くすのであった。