品質を見極める
透明度の高い、しかし水に溶かした人の血のように赤い石を手袋越しにつまみながらじっとりと眺めるその目は、黒く鈍い光を持つのに鋭い。いつものことながらその眼力にうんざりしたみたいなため息を吐くと、その目の持ち主は目と同じ色の前髪で目を隠し舌打ちした。
「査定の邪魔。その辺見てきたら?」
そして吐き捨てるようにこの人間は言う。僕は客としてここに石を持ってきてやったというのに、なんて態度だ。これだから人間は嫌いなんだ、自分の利益しか考えないで他の生き物を無下に扱うから。
僕もまた舌打ちして、言い返してやる。
「アンタが遅いのが悪いんじゃないの? それに僕は石ころに興味がないんでね、こんな店、見る価値もない」
「だったら石だけ置いて出てけ。ったく、石に興味がない人間が何でこんな上質な宝石を次々持ち込めるんだか」
残念、僕は人間じゃない。まあそんなこと言ったら、愚かな人間達は僕を襲うだろう。そんな蟻にたかられる級に鬱陶しいことはごめんだから、間違いはそのままにしておく。
人間はイラついた様子で長い髪を掻き上げ、醜く乱れた髪を無理矢理背中側に流した。三つ編みというややこしい髪型は見事に型崩れしていた。見目美しい石ころに価値を見出し金を出す生き物の中でも、それを生業にするこの人間は、仕事内容とは裏腹に見た目にはこだわらないらしい。
変な奴。
「あのさぁ、今すぐ金が欲しいわけじゃないなら明日来てくれない? というかアンタ今回何個持ってきた? 全部これ級のレア物なら下手したら全部は買い取れない。金がないわ、こっちに」
人間がこれ、と指差したのは摘み上げていた赤い石。ふーん、そう。それがどんなものなのか、僕にとったらありふれてるから知らないんだけどさ。
「別にいいよ、払えるだけで」
「へいへい。じゃあこんな個人営業の店じゃお目にかかれないレア物を一点いただけたらそれでいいかな。他所流されるのは悔しいけど、金がなぁ」
「ああ、そうじゃなくて」
「は?」
人間は訝しげな声を上げた。酷いな、別にそっちに不利なこと言ってないし言うつもりもないのに。利益重視だろ、どうせ、君はさ。それとも理解が追い付かないだけかな。
「金額はいくらだったとしても、全部あげるよ」
「却下」
「えっ」
「いらない」
すっぱりと言い切った彼女に、思わず声が出てしまった。いらない? 人間はこんなありふれたものに価値を見出す生き物だろう、ああ、人間からしたら途轍もない希少価値の掘り出し物なのか。これだけ入手するのに酷い努力があったと思ってるんだ。まさか、僕にとっては意味のないものなのに。
「あっても困るんだよ、僕からしたら。知り合いが金欲しいって言うから、足が着かないここ使ってやってるけど、何もなければただ火口にでも放り投げて捨ててるよこんなもの」
「アンタ本当にもうここに石置いて消えろよ……」
「だから、ある程度貰えるなら好きなだけあげるって言ってんの」
「うるせぇ帰れ。あまりの石と代金持って帰れ」
「いや持って帰っても邪魔なだけだからね」
「ああああもうムカつく……!」
人間はがしがしと頭を書いた。ただでさえ乱れた黒髪がさらに無残なことになる。
癖になってるのか、また舌打ちをした。乱れた前髪の下から黒い目が覗いて、僕を射抜いた。鈍い光を放つのに、どこか鋭い目。石を持ち込んだ時と同じ。
「アンタ、本気で何者?」
査定されてる。見極められている。そんな目が僕を見ている。しまった、怪しまれた。
柄にも無く動揺している。いや駄目だね、ここは引いたら駄目だ。
「……君、それを知りたいの?」
声は少し震えてしまった。違う、そんな必要はない。
「いや、興味ない。私にとってのアンタは、アンタにとっての宝石と同じ」
「ゴミ扱いとか最低だね。これだから人間は」
「人にゴミ売り付けてんのかてめぇ」
人間が頬を引き攣らせた。僕は肩を竦めて、ふんと鼻を鳴らす。きつい眼差しのこの人間を見下してやると、胸がすっとした。これが当然、あるべき姿だ。
調子を取り戻せ、僕から仕掛けろ。
「僕が何者かなんて、僕の口から語ってあげる必要はないでしょ。君にとって、僕って何?」
「面倒だけど上質な客」
「それで?」
「それ以上は興味がない」
「じゃあそれでいいんじゃない。君にとって僕はそれだけで、何者でもない」
煙に巻くような理解し難いうやむやな言葉。この人間はそれが嫌いだ。彼女の口がむっと歪みあからさまに嫌悪を顔に出したものだから、僕は胸の奥で感情が揺らぐのを感じた。それも、いい方向に。
「ねえ、僕も同じ質問してあげる。君は何者?」
「……宝石商」
「君にとってはそうだろ。僕にとっては違うけど。でも僕には君がどう見えてるかなんて、君は一生知ることがない。僕がどんな言葉を使ったとしても、君には見えないんだから」
不機嫌を顕に、何か言おうと人間は口を開いた。言葉を紡がれる前に僕が言葉を被せる。
「どう見えてるか聞きたい?」
「……いらない!」
「はんっ、身の程は知ってるんだ。人間は心が弱いからね、聞きたくないんだろう? 真実ってやつを」
「私が興味あるのは綺麗な宝石だけで、私自身じゃない。くだらないこと聞くくらいならいい金脈の見付け方訊くわボケ」
「本当に口が減らないねぇ、君って」
「アンタもだろ。しかも理屈っぽくグチグチグチグチ鬱陶しい……!」
怒った人間はそっぽを向いてしまった。ああこれはもう構ってあげられないなと、羽繕いをしようと少し力を込めたものが腕で僕は動きを止める。今は人間の姿だった、やることがないな。本来なら存在しない手が生えたにも関わらず手持ち無沙汰なんて、くだらない冗談だ。
もし真実を言うのなら。
僕は竜だ。金竜と呼ばれる、鉱物の精製を司る、古来から生まれていた竜。何十年、何百年生きて、そして人間の愚かさを見てきた。人間は守る価値のない、そして今繁栄しているのが不思議なくらい脆い種族だともう結論づけられている。
人間は嫌い。僕の体も、涙も、血液も、全て人間にとって利益になると知った途端に奴等は無謀な戦いを挑んできた。それがただ鬱陶しくて仕方がない。ムカついて仕方が無い。僕の家に来る奴等は皆、皆、殺してしまいたい。殺してしまった。
人間が嫌い。だけど、たまにある掘り出し物は面白い。そして、少なくとも今僕の前にいる宝石商の人間は掘り出し物の部類なんだろう。
人間にとっての宝石程、価値があるかは知らないけれど。