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スカイ・メモリー


番外編SS『スカイ・メモリー』



 今日は晴天で――突き抜けるような青空と私の間を遮るものは、何も無い。

 地上から約150メートル程離れた空中を、私は心地良いスピードで飛んでいた。


「やっぱ新シリーズは、小回りが利くなぁ」


 しっかり跨った足の間にあるのは、ツヤツヤした新調したばかりの白い柄のほうき

 本来魔女は“影”の存在であるから、夜空で月に反射するような淡い色の道具はタブーとされているのだけれど。


(……時代の流れってヤツだよね)


 最近では今の私のように、日中に堂々と空を舞う魔女もいるワケで……まぁ私は学生だからイレギュラーと言えばイレギュラーだけども。

 とにかく真昼間に空を飛ぶ時、暗色の箒に暗色のドレスでは余計に悪目立ちするってことで、衣装共々、箒も白をチョイスして飛んでいるのだ。


 ……私も、随分成長したものだと思う。

 何しろ今いる学園に入学したばっかりの頃は、箒だって一本しか持っていなかったし、使いこなせる魔法も今の3分の1くらいだったのだから。


「気持ち良いー」


 雲一つない空を仰げば、私の腰まで伸びた髪が風に靡いて陽に煌めく。

 普段はシックなキャラメルブラウンなのだけれど、今日はちょっと特別な日だから……朝一でキラキラのブロンドに変えてきた。

 ……魔法って、こういう時すっごく便利だよね。


(元気してるかな……?)


 ふと頭に思い浮かべたのは、今から私が迎えに行く人。

 私とは違って、元々生まれ持っている美しい金髪に、海の様なブルーアイ、彫刻のように整った顔立ち、無数のシルバーピアスが光る左耳……

 ハンターだとわかっていても、誰もがその姿を目で追い、関ってみたいという願望を抱かずにはいられないルックスを持った彼は、何を隠そう私の恋人だ。

 魔女科に進学して初めてのハロウィンパーティーで、想いを告げ合った相手。

 トレジャーハンターを目指す華美な彼と、伝統を重んじた由緒正しき魔女を目指す私……決して交わる事は無いハズだったお互いの人生は、呆気なく恋に敗れ、しっかりと絡み合うこととなった。

 ――そして。


「あ、アレかな……?」


 海岸沿いの港町の一部に沿って飛行していると、一際派手な集団が下方に見えた。

 盗賊科の連中は、この一ヶ月間は研修だったのだ。

 海賊専攻も山賊専攻も、私の恋人――アルシェのようなトレジャーハンター専攻も。

 ただし各専攻の中でも成績上位者数名ずつの、特別研修だったらしい。

 恋人が成績優秀者として選ばれたのは誇らしいことだけれど、一ヶ月はちょっと長かったな……というのが私の今の正直な感想。

 徐々に高度を下げて行くと、少しずつ各々の顔がはっきりと見えてくる。

 私は視線を走らせ、目的の一人を見付けた。

 ――と、相手も丁度頭上を見上げて。


「レイン!」


 まるで天使のような美しい笑みを浮かべて、私に手を振ってきた。

 いつもは意地っ張りな私だけれど、久し振りだとあれば、やっぱり嬉しさが先行する。


「アルシェ!」


 相手同様に名前を呼び返し、スピードを上げて一直線に彼の元へと降りていった。


「……おかえりなさい」

「レイン、会いたかったよ」


 地面に足が着くよりも先に、両腕を広げた彼に抱き上げられてしまった。

 その瞬間、周りから複数の冷やかしの声が聞こえてきた気がするけれど、ここは無視しておこう。


「……アルシェ、すごい香水の匂いキツイ!」

「あー……もう何日もシャワー浴びてないんだよね。とにかく誤魔化そうかと……」

「やだ、汚い!」

「酷いな、フェロモンだと思ってよ」


 私が顔をしかめれば、アルシェは屈託の無い笑顔で軽口を叩く。

 そして一度離れた私の顔をまじまじと見て、ふっととろけるような微笑みを浮かべた。


「……あぁ、レインだ」

「?」

「離れて改めて認識したよ。やっぱりレインは世界で一番綺麗――」

「あーあー、もう止めてよ! バカじゃないの?!」


 再会して即行始まりそうになった「彼バカ」台詞を、慌てて口元を抑えて止めさせる。

 そんな私を見て、アルシェは楽しそうに笑った。


「レインのブロンド、久し振りに見た」

「こんな堂々と、日中の学園外を飛ぶの久し振りだしね」

「綺麗だよ」

「……あ、ありがと」

「愛してる」

「わかったから……って、ちょっと!」


 そのまま再び私を抱き寄せて、額に口付けてきたアルシェ。

 周りの装飾過多な盗賊志望の男たちが、皆一様にからかって口笛を吹いてくる。

 そのおかげで、私は既に耳まで真っ赤だ。


「じゃあ、俺もう行くから」

「ハイハイ、テメェ見てたら俺も女欲しくなったわ」

「あはは、そりゃ悪いね?」

「アルシェ、この野郎!」


 研修中に仲良くなったのか、周りと和気あいあいと話すアルシェたちの笑顔に、私は少し見惚れてしまった。

 私は不器用だから……こんな風に、すぐに絆を作れる連中が少し羨ましい。

 何だか早々に私がアルシェを回収してしまって良いのだろうかと、少し恐縮してしまうくらいの……そんな雰囲気。


「じゃ、レイン。お願いしていいかな?」

「うん」


 そんな私の気持ちに構う事無く、アルシェは当たり前のようにこちらへと戻ってきて、私の肩を抱く。

 彼のそういう“特別”扱いが、どれだけ私を救っているかなんて……きっと知る由も無いんだろうな。


「じゃ、出発するね?」

「お願いします」


 私は再び箒に跨り、後ろに横座りしたアルシェを乗せて浮上する。

 初めての頃はよくグラついたものだけれど、今ではもう慣れたものだ。

 二人分の体重を支える魔力も、当たり前のように身に付いたから。


「良い天気だなー」

「ねー。雲一つ無いよね」

「空が近い……」

「ふふっ」


 アルシェには人間離れした体力や跳力、動体視力があるけれど。

 私のように、完全な“飛行”をすることは出来ない。

 だからたまにこうして高度の高い飛行をすると、本当に物珍しそうに喜んでくれるから、私も嬉しくなってしまうのだ。


「気持ち良いですか、王子様?」

「最高ですよ、プリンセス」

「あははっ、プリンセスに送り迎えさせるってどうなの?」

「あとで愛情変換して、3倍でお返しするよ」

「……何かそれコワイ」

「もう、プリンセスはシャイだな。可愛いけど」

「ちょ、だから飛んでる時はやめてってば!」


 耳朶やこめかみにキスを繰り返され、若干箒がグラついてしまう。

 私は赤くなって叱り飛ばしながらも、アルシェに振り返り……


「……するなら、口がいいんだけど」

「……」


 少し拗ねてそう言ったものの、数秒遅れてやっぱり襲ってきた羞恥心。

 視線を逸らした私が前を向こうとすれば、不意に顎をグイッと掴まれて。


「あ――」


 気付いた時には、しっかりと重なった唇。

 たっぷり数秒経った後に一瞬離れ、再び啄ばむように何度か唇を弄ばれる。

 約一ヶ月ぶりの恋人のキスに、私は徐々にうっとりと身を任せ――


「うわっ」

「きゃあぁっ」


 ――案の定、箒が一瞬急降下しました。

 地上150メートルのアクシデントです……こ、怖かった。


「ご、ごめ……」

「いや、俺もゴメン」


 思わず謝り合って、どちらからともなくクスリと笑ってしまう。


「ウチに帰ったら、沢山しよう」

「その前にアルシェはシャワーね」

「一緒に入る?」

「入らない」

「えー……」


 真っ青な青空の元でお揃いのブロンドを煌めかせ、他愛の無い会話を連ねる。

 それだけで、何だかとても幸せな気分で。


「レイン、すごく会いたかったよ」

「うん」

「レインは?」

「……わかってるくせに」

「それでも、君の口から聞きたいんだよ」

「何それ……」

「男のロマンってやつ?」

「まったく、ハンターは頭の中がロマンだらけだよね」


 背中からぴったりと抱き寄せられ、伝わってくる体温が心地良い。


「……私だって」


 ――いつか、私が一人前の魔女になって。

 いつか、こんな風に青空の下を飛ぶことが無くなってしまっても。


「すごく、会いたかったよ」


 貴方と過ごした、この煌めきに溢れた時間は……

 永遠に私の記憶の中で、輝いていくんだと思う。

 私にとってアルシェと一緒に過ごす時間は、一分一秒無駄に出来ない、大切な記憶となる。


「……愛してるよ、レイン」


 どうかずっと、こんな風に。

 二人一緒に、光に溢れた思い出を作っていけますように――


 そんなことを密かに、どこまでも広がっている空へと祈った。



fin.

これで完結となります。

最後までお読み下さり、本当にありがとうございました!

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