俺が女になった理由
「クソッ!こんなマンガやアニメみたいなことが現実にあってたまるかっ!!」
どこにぶつけるわけでなくやり場のない怒りに苦虫を噛むような表情の俺は自分の部屋で軽く地団太を踏む。
すると机の上に置いていた携帯が俺の気分と相反した軽やかな音楽を流した。
相手は全く覚えのない番号だった。
とりあえず今は無視することにして俺はどうしてこんな事になったか心当たりはないかと記憶を掘り起こす作業を椅子に座って行う。
少しして電話が止み、またすぐにかかってきた。番号は先ほどと同じだ。
誰だよと思いつつ、どこにでもいる平凡な男子校生を過ごした自信の記憶を探り続ける。毎日特に代わり映えのしない人生、昨日も同じく平凡に休日を過ごした。
「ん?・・・・・・あれ?」
俺は何かおかしな感覚にとらわれる。
「昨日、なにしたっけ?」
なにかあった気がするんだが。
「朝飯食って・・・午前中はレンタルしたビデオ見て・・・また飯食って・・・午後に返しにいって・・・」
なぜか痛む頭、霧が掛かったようなあやふやな記憶、何となく真実に近づいてる気がする。
締め付けるような痛みを堪え、必死に思い出そうとする。
「そんで天気が良いから街をブラブラして、帰りに麻衣が夕飯の食材買ってこいって電話してきて・・・」
何だろう、頭の中がぐちゃぐちゃして、うまく思い出せない。あとめちゃくちゃ頭痛い。
「それで・・・それで・・・誰かに・・・合った・・・?」
もう少し・・・。
そばで携帯は何度も何度鳴り続け、まるで俺の邪魔をしようとしているような気がする。
原因不明の性別変化、痛む頭、思い出せない記憶、わからない相手からのしつこい電話、色々なことが俺を苛つかせて俺は八つ当たりするように電話にでた。
「誰だよさっきから!何度も何度もしつこいんだよ!!こっちは今忙しいんだ!」
言ってから俺はやってしまったと後悔する。
相手は電話してるだけなんだ。だが、相手も朝から何度も電話してくるのは迷惑なのは確かだから、お互い様かと一人言い訳のようなことを考える。
「あーっ、やっとつながったッスよ。イヤー、良かった良かったッス」
聞いたことのない声だな。しかもこの独特なしゃべり方。こんな知り合い居たっけ?
「あっ、失礼。跡部一希さんッスよね?自分は昨日あなた様に助けていただいた神様ッス!」
「昨日?ていうか神ってなんだよ、自称か?正直かなりイタいぞ」
何だよいきなり自分は神だとか、どこのライトさんだ。まぁこのこの気持ちいい季節だし、こんな奴も出てくるのだろう。
「あー、信じてないッスね!じゃあ手っ取り早く信じさせてみせるッス。今外晴れてるッスよね?」
「あぁ、それがどうかしたか?」
俺は携帯を持ちながら窓へ向かって外を見る。
「今からバビューンって嵐にするッス」
「ハハ、なに言ってんだお前?こんな雲一つない良い天気なのに。小雨すら降る気配ないって・・・・・・」
そこまで言うと外で色んな変化が現れた。
まず空気が重くなり、風が強くなった。黒く不気味な雲が空を覆い、ぽつぽつと雨が降り始めたと思うとやがて嵐になったのだ。
「・・・ありえねぇ・・・・・・」
「どうッスか、これで信じていただけると思うんスけど」
電話の相手はあくまで軽いノリで呆然とする俺に言ってやがった。
「あ、あぁわかった、あんたは本物だよ。分かったからさっさとこの嵐を止めてくれ」
窓を閉めて雨風が部屋にはいるのを防ぐ、ぶっちゃけ服が濡れて気持ち悪い。
「あ、えぇっと、実は自分、起こすことは出来るんスけど止めることは出来ないッス。・・・・・・テヘッ!」
俺は軽い殺意がわいた。
「アホかお前!!無責任にも程があるだろ!万が一こんなくだらないことのために誰かが怪我でもしたら・・・」
「そこんとこは神様パワーでチョイチョイーっと何とかかして、記憶改竄もしとくッス。ついでに嵐も2、3時間で効力切れで消えると思うッス」
「・・・・・・偉く大雑把だな」
なんかこの短時間で凄く疲れてきた。
「で、神と認めてもらったところで本題に入るッスけど、昨日のことの一部をうまく思い出せなく無いッスか?」
「ん?そうだ、思いだそうとすると頭がスゲー痛いんだが」
「犯人は自分ッス!キリッみたいな」
「またお前かよクソッタレが!!」
気がついたら相手のペースにのまれていた。これじゃいつまでたってもまともに話が進まない。
「頼むから下らんこと言ってないで話を進めろ」
「えっと、実は昨日久しぶりに休みが取れたんで下界に春服を買うために足を運んだんスよ」
つっこまない、つっこまないぞ俺は。
「んでバーゲンで並みいるオバチャンを押し退け、お眼鏡にかなった服を入手し気分良く鼻歌を歌って帰ってたッス。あっ、ついでに歌は涙そうそうッス」
そんなことは聞いてない。つかなぜ涙そうそう?
「で信号を渡るときに車が突っ込んできて、『あ、自分死ぬんスね』って思ったんスよ」
「神様が車で死ぬのか?」
「もちろん普通は死なないんスけど、下界に降りると肉体はそれと同じレベルまで落ちるんス。つまりただの美少女になったわけッス!」
「自分で美少女とか言うな!」
「事実ッスよ!!プロテクトがかかってるから今は思い出せないはずッスけど、記憶の美少女は自分なんスよ〜」
何故か訴えるように俺に言ってきた。
しかしいい根性してやがる、たとえ本当でも普通少しは自重するだろうに。
「で、俺の話じゃなかったのかよ?」
ホントなのに・・・と呟く神さまに話を進めさせる。
イヤまぁ俺も少しは悪かったけどさ。
「えっと、どこまで話したッスかね・・・・・・?あっそうそう!でそのピンチに跡部一希さん、あなたが現れたんスよ」
ん?やっと俺の話か。そういえばそんなこともあった気がするな、あと頭痛が直ってるわ。
「あぁ、確か俺と同じくらいの年の奴が歩道を渡って・・・」
「一希さんが身を挺して自分を助けてくれたんス」
そうだ、俺はその女の子の代わりに車に引かれて――――
「うわあああぁぁぁぁぁ」
なんだこれ、全身がグチャグチャになるみたいに痛い。
周りが真っ暗で、人の声が遠くて、自分の体から自分が消えていくような感じだ。
全部を失うようで怖くて、痛くて、悲しくて、寂しくて、黒いものに押しつぶされる、そんな感じ。
「さん!・・希さん!!一希さん!!」
「ハッ!」
気がつくと俺は前のめりに倒れていた。
頭が痛い。どうやら一時的に意識を失いそのまま激しく頭をぶつけたらしい。
「よかったッス、まさか意識を失うほどのショック症状が出るとは思っていなかったッス。それは過去のこと何でもう大丈夫ッス、あなたは無事なんスよ」
神様は俺に赤子を諭すように優しく語りかける。何故か今だけはとても暖かく、安心する声に聞こえた。
そういえば何で俺は生きてるんだ?確かあの事故で死んだハズじゃあ・・・
「ゆっくり聞いてくださいッス。あなたは一度あの事故で死に、助けていただいたご恩として特別に蘇生をしたんス。これは完全に魂が体から出る前だったからこそできたことなんスよ?」
「そうなのか、ありがとなカミサマ」
「いえ、こちらこそ一希さんには感謝しっぱなしッス!それで体の件なんスけど、実は自分は女神でして本来は女性に加護を与える存在なんス。しかし一希さんが死ぬ緊急のため、無理矢理力を使ったら一希さんの今の状態になってしまったッス・・・」
・・・そうか、そういう事情だったのか。
納得したくないがせざるを得ないようだ。
「ついでに聞くが元に戻ることは?」
「効力は女性限定なので推測になるんスけど、死ぬかと思われるッス」
一応確認と思ったがやはり無理か、まぁなるようになるだろう。
「わかった、わざわざありがとな」
「いえいえ、また何かあればこの番号にかけてくださいッス。普通無理なんスけどアフターケアって建前で上役には許可とってますッス。もちろん一希さんのことだけッスよ?」
ここまでしてくれるとは至れり尽くせりってヤツだな?
俺は再び礼を言って電話を切り、番号を登録して携帯を閉じた。
さて、これからどうするかな・・・・・・。