プロローグ
「兄貴ー!そろそろ起きろー」
シャッというカーテンを引く音とともに妹の明るい声が聞こえた。
窓からくる日の光が俺を夢の世界から現実に引き戻そうとする。
俺は頭の中で今日は週の始まり、月曜日であることを確認しておとなしく目覚めることにした。
寝起きの体は思うように動かず、モソモソと布団から身を乗り出そうとする。
「じゃあ、あたしら先に学校行くから。朝飯はいつも道理食い終わったら水に浸けといて」
声を出すのも億劫なので手をひらひらとして見送りをする。
静かになった部屋でようやく体の感覚が直った俺はベットから降り大きく伸びをした。
そして体が少し重いことに気づいた。具体的には胸あたりだ。
さらにいつもよりも幾分視界か低いことにも違和感を感じる。
なぜだろうと顔を傾けると胸が膨らんでいた。
「・・・・・・・・・」
思考が一度停止したが、再起動させこれが何なのか考える。
OK、わかってる。
これは女性が持つ男のロマンである胸――――乳だ。
問題はなぜ性別男の俺にあるのかである。
もちろん生まれて15年と9ヵ月経つが胸が膨らんだこともないし、そんな記憶もない。
昨日も普通にまっ平ら、というか胸板であった。
つまり、たった一晩で胸が成長したということか、なるほど生命の神秘だな。
「ってんなわけあるか!」
誰もいない空間で自分にツッコミをすると言う非常にシュールな光景が生まれた。
・・・まったく、アホらしい。
後なんか声がおかしいな、まるで女性の声だ。しかもなんかハスキーで無駄に格好いい気がする。やれやれ耳までおかしくなったのか。
自虐して俯くと肩から黒い糸のようなものの束が垂れてきた。頭に何か付いていたのかと引っ張ってみる。
「イタッ!!」
糸のようなものはとれず、頭の髪の付け根あたりが痛くなった。
俺はそれを辿っていくとやはり先にあるのは根毛である。つまり黒い糸束は俺の髪と言うことか。
一応言っておくが俺はロン毛じゃなくてどちらかといえば短髪ある。
結論―――髪が一日で背中に届くまで延びた。
ここまでくると驚きだな。俺はこんな高性能な育毛剤なんて持ってないし、髪が短いことに困ったこともない。
ついでに言うとうちの家族全員髪はフサフサである。なので我が家に育毛剤なんて不要物はないはずなのだ。
「なんか、これじゃあまるで女みたいだな・・・」
ボソリと誰に言うわけでもなくそう呟いた。
・・・・・・女?
俺は得体の知れない何かに恐怖にかられ、自分の手を股間に当てて確認をしてみる。
あれ?なぜだろう、いつもあるはずのものがない。
「ぎゃーーーーーー!!!!」
俺はパニックになりおもわず叫び声をあげてしまった。
「ない、ない、俺の息子がないーー!!」
絶望感に満たされ数十分ほど落ち込んだ俺は、現状を把握するためまず理性を取り戻そうと落ち着くことにした。
そして部屋の隅にある姿見の前に立った。
そこに写ったのはそこら辺の下手なモデルよりもはるかに美人な人だった。
背中ほどまである朝日すら飲み込むような漆黒の髪。
睫毛はパッチリと長く、目はやや切れ長で鼻が高い、とてもバランスの良い顔立ち。
胸はやや控えめだが、代わりに全体(特に腰)は細く、足は引き締まりつつ長いといういわゆるモデル体型。中学から高校生に上がった位の少し幼さがあるが、それを上回る大人びた雰囲気。
10人いれば少なくとも8人は振り向くだろう美貌(実際俺なら一目で惚れて振り向くと思う)を持つ少女が顔をひきつらせそこにいた。
「こっ・・・これは・・・いったい・・・」
正直理解なんてしたくない現象がそこにあった。
「っ!そうだ!これは夢なんだ!!本当の俺はまだベットで寝ている。そうに違いない!」
俺は自分の頬を思いっきり引っ張る。
「イッテェーー!」
夢なら起こるはずのない痛覚(実際よく考えれば髪が伸びたときも痛みを感じていたのだ)があった。
つまりこれは現実で、俺は何の因果か女になってしまったらしい。