第二話 大量のレアアイテム。取るのは簡単、売るのは大変
薬草師の朝は早い。
薬草師というのは、薬草を採集して簡単な薬を作る職業だ。そして薬草というのは気難しいもので、早朝でなければ咲いていない花もあれば、朝日を浴びると薬効が消える草もある。それらを採りに行くために日が昇る前から活動するのが普通だ。
日本で気軽に草花を摘むのとは、当然わけが違う。町中から離れれば離れるほど、モンスターとの遭遇率が上がるのだから、薬草一つ取りに行くにも危険が伴う。
私ももちろん早朝に薬草採集にいくこともあるが、実はもっと簡単な方法で基本的なものは集めていたりする。窓辺にいくつか鉢を並べて、自分だけの秘密の薬草エリアを作っているのだ。
「このコはもう少しで咲くわね。こっちは高値で売れるのよね~」
自分の手で育てたのだから愛情もひとしおだ。なぜこんな簡単で安全な方法をほかの薬草師がとらないかって? それはある程度魔力がなければ、薬草が枯れてしまうから。魔素と呼ばれる魔力の粒子の濃い場所で良い薬草が育つ。そして私はその魔素を十分に水に込めることができる。その魔素たっぷりの水をやって、自宅で良質な薬草を育てているのだ。
「魔力が強いってお得よね」
だからと言って、家の中で取れるものだけでは当然生活していくには不十分だ。ひと通り朝一番の世話をし終わると、外に出かける支度を始める。
柔らかな茶色の髪を緩く二つに結び、地味な色のローブを羽織る。丈夫なブーツを履き、必要最低限の荷物を持っていざ出陣。
外は危険がいっぱいだ。ぼろぼろの集合住宅を一歩出ると、ガタイのいい冒険者たちが往来する通り出る。私みたいな小柄な人間がぼーっと歩いていたら、すぐに絡まれてしまう。だから、人の隙間を縫うように進んで、さっさと歩くようにしている。
そうやって緊張感を持ちながら大通りを抜けて、たどり着いたのは冒険者ギルドの建物。ここのボードに張り出されるクエストを選びに来るのが日課だ。
粗野な冒険者たちでごった返すなか、なんとかボード前まで縫っていくのは、さながら混雑する駅のホームをかき分けていたあの頃のようだ。日本にはこんなマッチョ達はいなかったけど。
「えっと、今日はラピスラズリ草の採集に、ムルル草採集。ウソカラス蔦の除去もあるのね」
今日は早めに来られたので、いいクエストもたくさん残っている。早起きは三文の得というのはここでも同じみたいだ。
「割のいいラピスラズリ草がやっぱりいいわよね!」
ラピスラズリ鉱石と同じ成分の実が採れるラピスラズリ草のクエストはとても人気で、滅多にゲットできないのでルンルンで手を伸ばす。
「悪いな、姉ちゃん」
しかし、ぬっと伸びてきたゴツい手が先に受注用紙をボードからはぎ取っていってしまった。
「姉ちゃんみてえなのには、安全なソラマメ採集がむいてるぞ」
そんな言葉を残して冒険者の男は去っていく。横取りだと罵りたいところだが、ここでは早いもの勝ちという考え方のほうが主流なので、腹を立てても無駄というものだ。
冒険者たちにはモンスターを狩るクエストが人気なのだが、薬草採集が不人気というわけではなかった。薬草は狩りに出たついでに採ってこられる割のいい仕事なので、こうやって私より背も高く、手も長い彼ら冒険者にさっさといい案件は取られてしまうことが多い。
「はあ。今日もソラマメ採集しかもう残ってないわ」
いつの間にか他のクエストの受注用紙も剥がされていたようだ。
さっき横取りしていった冒険者がアドバイスした通り、安全圏、つまり町周辺で取れるソラマメという魔力をちょびっと蓄えられる豆の採集クエストだけがボードに残されていた。
「浅いエリアで取っても、魔力がスカスカなのしかとれないのよね」
この豆は簡単に取れるだけあって、希少性も特にない。薬効も低い。
巷の薬草師は、主に冒険者に依頼をかけて奥地まで同行してもらうか、浅いと言われる町の周辺でチマチマと薬草採集するかのどちらかの方法で薬草を入手していた。
そう。普通なら。
「たまには行ってみようかな〜」私のそのつぶやきを聞きとがめる人は誰もいなかった。
「ふう〜。大漁大漁」
どっさりと手に入れた、良質なソラマメ。通常なら気休め程度にしかならない魔力回復も、このぷくぷくに膨らんだソラマメなら宮廷魔道士とやらも全回復すること間違いなし、だ。まあ会ったこともないけれど。
「こんなヤバいもの、通常ルートでさばけるわけもなし。ってことで、今日も融通しにきました〜」
目の前にいるのは、うろんげな表情で私をみやる、顔なじみの軍服の男、レオン。場所はややうるさいが治安が悪いわけではない酒場だ。
粗悪品をクエストの納入品として提出してきたあと、手に入れた報酬金で晩御飯を食べに来たついでに、この男に裏ルートでソラマメを売りに来たのだ。
「お前はどこでそんなもん手に入れてくるんだ、いつも」
呆れているのか困っているのか、両手で顔を覆ってしまった男を下から覗き込む。
「じゃあ、いらないんですね?」
「いや。いる」
食い気味にくる返事。良質な魔力回復薬は喉から手が出るほど欲しいものなのだろう。
「では、いつも通り入手経路は内緒で。もちろん私から手に入れたことも含めて、ね」
台所もないボロアパートに住んでいることもあり、晩御飯を食べにくるこの酒場で、いつしか顔なじみになっていたこの男。軍人という職業柄なのか冒険者よりは礼儀正しく、日本育ちの私としてはいくらか話しやすかった。
律儀に約束を守るところも好ましく、こうやって正規ルートでは扱ってもらえない、上級すぎる品をちょくちょく買い取ってもらっていた。
「狩場の詮索はご法度ですよ」
これは薬草師に限らず、どの冒険者でも暗黙の了解だ。そのお陰で色々と説明しなくてすんでいる。
もし話していたら、心配性のこの男は卒倒してしまうことだろう。
私一人で奥地まで遠征してる、なんて言ったら。




