お稲荷様の初恋
私には小さい頃から霊感がある。
幼少期の記憶を遡っても、思い出のページにはいつも生きている人ではない何かしらのものがいたと思う。
そんな私のお祖母ちゃんが、先日亡くなった。
たった一人の私の家族。
お祖母ちゃんは私に霊感があることを知っているから、きっと会いに来てくれるだろうと思ってたけど、お祖母ちゃんは私に会いに来てくれなかった。
そんなお祖母ちゃんの最期の願いは、
「近所の山の上にあるお稲荷様に参拝に行っておくれ」
というものだった。
「(そういえば、小さい頃お祖母ちゃんと一緒にこの長い階段を上がってたな・・・)」
たくさんの鳥居が連なる階段道を、高校の制服とローファーで上がっていく。
絶対に行くタイミングを間違えた、と思いながら今日の課題の教科書が入った重たい鞄を持ち直した。
それでも、優しかったお祖母ちゃんの最期の願いを早く叶えてあげたい一心で、放課後に思い切ってここに来た。
お稲荷様に参拝したらきっと、お祖母ちゃんは私に会いに来てくれるはずだから。
階段を登り終えて来た道を振り返ると、私の住んでいる町が山の麓に広がって見えた。
「綺麗・・・」
絶景だった。
結構長い距離を登ってきたと思ったが、これはやっぱり登山なのだと確信した。
病気のお祖母ちゃんはこんなに急勾配で長い距離を登れないことを自分で分かっていたから、この願いを私に託したのかもしれない。
もしかしたら闘病中もずっとここに来たかったのかもしれないと思うと、胸がチクリと痛んだ。
――ちりんちりん・・・
鈴の音がする。
そっと振り返ると、
お稲荷様の祀られた赤い社の上に座る、一人の男がいた。
「――・・・」
社の上から私を静かに見下ろしているその男。
綺麗な銀色の髪。切れ長の目の周り描かれた赤い隈取。
平安貴族か、神主のような服を身に纏っている。
その神々しい姿に目を奪われた。
男性の口がゆっくりと開いた。
「"ミツキ"」
「!」
突然私の名前を言われてビクッとした。
何故私の名前を知っているのだろうと頭の中で必死に考えるが答えが出てくるわけもなく。
男性はふわりと社から舞い降りて私の前に立った。
そして端正な顔立ちを惜しみなく私に寄せてまじまじと私の顔を眺めた。
「うむ・・・、間違いない。ミツキだ」
そう言って男は口角を上げて小さく笑った。
「あ、あなたは・・・?」
男から少し体を離して問いかけると、男は言った。
「俺はこの社に祀られている狐だ」
「狐・・・なら、貴方はお稲荷様?」
「まぁ、そうだな」
お稲荷様はそう言いながら、そっと私の腰に両手を回して引き寄せた。
そしてそっと私の髪に頬擦りをした。
「っ!!!?」
突然のことに慌てて彼の体を押すと、お稲荷様は体を離されたことにムッとしながら私を見下ろした。
「何をする?」
「それはこっちの台詞ですっ!!なんでいきなりこんなことするんですかっ!!」
顔を真っ赤にして頭一つ背の高いお稲荷様を見上げると、お稲荷様は意味がわからないといった感じで首を傾げた。
「しては駄目なのか?」
「初対面でこれはどう考えても駄目でしょう!!」
腰に回されたお稲荷様の両腕を押すけれど、お稲荷様の力が強すぎてびくともしない。
尚も近い距離にあるお稲荷様の端正な顔に私の心臓が騒がしくなってきた。
真っ赤になって必死に腕を離そうとしている私を見下ろして、お稲荷様は言った。
「初対面?お前が幼き頃、お前の祖母とここに来たではないか」
「ま、まぁそうだけど・・・でもその時にお稲荷様は出てきてないでしょ!?だから貴方と会うのは初めてですっ!」
「ふむ・・・」
私の言葉に考え込むように黙ったお稲荷様。
しかし私の腰に回している腕を離す気配は全くない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、お稲荷様はゆっくりと口を開いた。
「何故お前が俺を拒絶するのかわからない」
「え?」
お稲荷様の言葉に顔を上げると、お稲荷様は真っ直ぐ私を見下ろしていた。
その切れ長で金色の瞳が哀しげに揺れている。
お稲荷様は腰に回していた手を離し、私の頬に触れた。
「お前は幼き頃、ここに来て言ったはずだ。
俺の事が好きだと・・・」
ちりん、とまた鈴の音がなった。
途端に蘇る記憶ーー。
お祖母ちゃんに引き取られて初めてここへ来たあの日。
彼は今日と同じように、この社の上に座っていた。
そして、私は彼に言ったのだ。
「お兄さんはお稲荷様?とってもカッコよくて素敵ね!」
そう言って笑う私に隣に立っていたお祖母ちゃんが優しく微笑みかけてくれた。
「おや、美月にはお稲荷様が視えるのかい?羨ましいねぇ」
「うん!私、ここのお稲荷様、大好き!」
私の言葉にお祖母ちゃんは私の頭を皺くちゃな手で撫でてくれた。
遠く、幼い記憶。
「あ・・・」
「思い出したか?」
お稲荷様は懐かしむように私の頬を撫でた。
「あれから十数年。ずっとお前を待っていた。俺を好きだと言ってくれたお前を・・・」
愛おしそうに頬を撫でられて胸が苦しくなった。
私はお稲荷様と出会った記憶を忘れていたのに、彼は十年以上も私が来るのをここで待っていてくれたのだ。
「お前の祖母が亡くなる事が分かって会いに行った。」
「!」
「お前の祖母は昔から俺のところに来ていたから、最期は俺が行くことになっていたんだ」
お稲荷様はその日のことを思い返すように目を細めた。
祖母のいる病室へ行くと、彼女はお稲荷様が来る事を分かっていたように穏やかな笑みをこちらに向けた。
「長らくご挨拶に行けず申し訳ありませんでした」
頭を下げる彼女。
「・・・お前がずっと心の中でこの社を思い浮かべて崇めていた事を分かっていた。
だから、お前が謝る必要は何もない。」
俺の言葉に、彼女は驚いたような顔をした後皺だらけの顔でふわりと微笑んだ。
そして棚の上に置いている写真を眺めながら言った。
「私の孫は大層良い子です。どうかあの子をお守りください」
写真の中にいる、幼き頃の"ミツキ"。
「あの子を、よろしくお願いいたします」
そう言って彼女は深々と頭を下げた。
「・・・っ」
涙が止まらなかった。
亡くなる直前まで、私を想ってくれていたお祖母ちゃん。
彼女に会いたくて堪らなかった。
お稲荷様は私の頬を伝う涙を指先でそっと拭った。
「俺は、彼女の願いを叶える責務がある」
「はい・・・」
「だから、俺はお前を嫁に貰う」
「・・・・・・はい?」
涙が止まった。
一体何の冗談を言い始めたのかと思ってお稲荷様を見ると、お稲荷様は変わらず真剣な表情で私を見下ろしていた。
「嫁に、貰う・・・?」
「あぁ」
「何で?」
「お前の祖母がそう望んだから」
「さっきの流れで何故そうなった!?」
お稲荷様の胸ぐらを掴んで叫ぶと、お稲荷様はそれを気にすることなく首を傾げた。
「"あの子をよろしく"って、お前を嫁にもらってくれって事だろう?」
「絶対違うでしょ!!?」
相手がお稲荷様だろうとお構いなしにお稲荷様の体を揺すりながら叫んだ。
お祖母ちゃんが言っていたのは病気怪我がないようにお守りくださいとかそんなありふれた願いのはずだ。
それを何がどう間違ってこうなってしまったのか・・・。
頭を抱える私を静かに見つめた後、お稲荷様は言った。
「・・・いや、お前の言うとおり祖母の願いは違うものかもしれない」
「!」
「だが、お前が俺を好きだと言ってくれたように・・・俺もずっとお前が好きだ」
あの日からずっと・・・。
「どうか、俺の妻になってくれないか?」
私の髪を優しく撫でながら紡がれた愛の言葉に、思わずときめいてしまった。
十数年も私を想い続けてくれている彼が、
愛の言葉を紡いで不安そうに私を見つめている彼が、
どうしようもなく愛おしかった。
「・・・いきなり結婚は無理だけど、お付き合いからなら」
気がついたら勝手に口が動いていた。
一体私は何を言っているんだろう。
相手は神様なのに。
「婚姻を前提に恋人になる、か・・・悪くない」
それなのに、とても嬉しそうに彼が微笑むものだから私は何も言えなくなった。
「これからよろしくな、ミツキ」
「よろしく、お願いします・・・」
大きな体に抱き締められて、私もゆっくりと息を吐きながらそっと彼の背中に腕を回した。
「無事に成立してよかったわぁ!」
「!」
突然聞こえた声にお稲荷様の胸に埋めていた顔を上げると、
そこには巫女の姿をした祖母が立っていた。
「お、お祖母ちゃんっ!」
お祖母ちゃんはニコッと微笑むとこちらに向かって手を振ってくれた。
「どうしてここに・・・!」
戸惑う私を落ち着かせるようにお稲荷様は私の背中を撫でてくれた。
「お前の祖母は信仰心が強いからな。死後は俺の社の巫女として支えることになった」
「そうなの?」
「えぇ、そうよ」
お祖母ちゃんはそう言って微笑むと、ゆっくりとした足取りでこちらへ来て、私の体をそっと抱き締めてくれた。
「会いに行けなくてごめんなさいねぇ」
「・・・っ」
生きていた頃の温もりはないはずなのに、お祖母ちゃんの体は生前と変わらず温かく感じた。
お祖母ちゃんはそっと体を離すと、私の涙を拭いながら言った。
「結婚おめでとう、美月」
「・・・へ?」
お祖母ちゃんの言葉に驚いて顔を上げると、お祖母ちゃんは変わらずニコニコと微笑みながら言った。
「私はお稲荷様の言う通り貴女をお稲荷様のお嫁さんにして欲しかったのよ」
「え・・・」
固まっている私に反し、頷いているお稲荷様。
「やはりそうだったか」
「えぇそうです。意図が伝わってよかったわぁ」
和やかな空気に包まれるこの世ならざる者二人。
「これで貴女の将来は安泰ねぇ」
「経済力のない神様が結婚相手なのに私の将来の何が安泰なの!?」
「亡くなった後も愛してくれるわ」
「生きてるのに死後の心配!?」
なんだか頭が痛くなってきた。
それでも、元気に笑っているお祖母ちゃんの姿を見れて安心した。
そして、神様なのにイケメンでかっこいい私の将来の旦那様。
「愛しているぞ、ミツキ。これからよろしく頼む」
「〜〜っ、よろしくお願いします」
私の心臓はきっといくつあっても足りない。




