ダレク
その日は静かに、そしてゆっくりと訪れた。キャラバンは再び停車し、ヴィタリアはリネアを肩に乗せたまま、荷馬車の中でシオリとダレクの様子を見に行くことにした。
ドアを開けると、シオリがベッドの上で丸くなって一人で眠っていた。
*「おかしいな…普段なら朝になったらダレクにべったりくっついているのに…」* と彼は思ったが、昨日のワインのせいだろうと思った。
二時間ほど自分の上に寝ていたリネアをそっと抱き上げ、荷馬車の二段目のベッドに寝かせた。すると、床に転がっている三本の空になった古いワインボトルが目に留まった。
*「ああ…これで全てが明らかになった。」*
昨晩、彼とダレクが巡回している間、シオリとリネアは明らかに楽しい時間を過ごしていた。
ヴィタリアは静かに荷馬車から降り、商人の一人が設営した野外食堂へと向かった。道中、ダレクと男が木陰に座っているのに気づいた。
二人は何かについて熱心に話していて、ヴィタリアは久しぶりにダレクの真剣な表情を見た。
近づいてみると、二人目の話し相手がデニサル・セニロフだと分かった。ダレクが「うっかり」財布を落とした相手と同じエルフだった。
ダレクはヴィタリアに気づき、話題を変えようとしたが、ヴィタリアは気に留めなかった。
「ああ、ヴィタリア!こちらはデセニ。デセニ、こちらはヴィタリア。」
エルフは頷き、値踏みするようにヴィタリアを見た。
「わかった、ダレク。またどこかで会えるかもしれないな」と彼は言い、立ち上がった。
「じゃあな」とダレクは短く答えた。
デセニが去ると、ヴィタリアは肩をすくめてこう提案した。
「ちょっと食べに行こうか?」
—「ああ、そうしよう」ダレクはいつもの気楽な口調に戻って同意した。
食事をしている間、ヴィタリアは思わず尋ねた。
—「あのエルフと何の話をしてたの?」
ダレクはパンを一口食べ、ゆっくりと噛み、ニヤリと笑った。
—「ただの用事だよ。」
—「他にどんな『用事』があるっていうの?」ヴィタリアは鼻で笑った。
—「こんな感じだ」ダレクは不思議そうにニヤリと笑い、付け加えた。「いつか話すかもしれない。」
ヴィタリアは首を横に振ったが、それ以上は聞かなかった。
*「わかった…彼に秘密諜報員役をやらせよう。」*
リネアはひどい二日酔いで目覚めた。久しぶりの二日酔いだった。頭はガリガリで、口の中はカラカラで、昨日の記憶は最初のワインのボトルあたりで終わっていた。
*「あの後、一体何が起こったのかしら…」* ― 彼女はこめかみをこすりながら、考えにくかった。
身支度を整えようと、彼女は荷馬車から降りて川へと向かった。
歩いていると、遠くの木の下に立つダレクの姿が目に留まった。
*「あそこで何をしていたの?」*
やがて、見知らぬ男が彼に近づいてきた。背が高く、黒いマントを羽織っていた。二人は短い会話を交わし、ダレクは彼に何かを手渡した。
リネアは目を細めたが、これもまたダレクの冗談だろうと思い、手を振った。
*「またあの詐欺か…」*
彼女は二日酔いに苦しみながら、乱れた髪を直しながら川へと歩き続けた。
まだひどい二日酔いに苦しむリネアは川に近づき、そこでヴィタリアがタバコを吸いながら静かに自然を観察しているのを見つけた。
普段ならすぐにツンデレモードに切り替わるところだが、今はどうでもいいという様子だった。
「*ここで何をしているの?*」と、感情のない無表情な声で尋ねた。
ヴィタリアは、自分のくしゃくしゃになった姿と青ざめた顔色に気づき、ニヤリと笑った。
「何?そこに立って息ができないの?それとも、昨日のことであなたも息がしたいの?」
リネアは冗談を無視し、彼女を見る気もなかった。
ヴィタリアは彼女の状況を理解し、それ以上からかうことはしなかった。
「わかった、わかった…手伝おうか?あのスープがあるわ。」
リネアの目にはかすかな希望の光が輝いていた。
――*…ええ。*
彼女は否定しようともせず、顔を赤らめようともしなかった。あまりにも申し訳なかった。
キャンプへ向かう道中、ヴィタリアは思わず尋ねた。
—「ダレクがうっかり起こしたんじゃないの? 詩織はまだ寝てるの?」
リネアは物憂げに肩をすくめた。
—「彼女も起きた。詩織は寝ている。ダレクは帰って来なかったようだ…」
それからふと気づき、彼女は無関心に付け加えた。
—「ああ…そうだ。川辺で彼を見たわ。誰かとおしゃべりして…またあのジョークね」
彼女の声は、まるでダレクがそこで何をしているかなど全く気にしていないようだった。
今、彼女が本当に興味を持っているのは、ダレクが酒浸りの後に自らを救うために使っていた伝説の二日酔い対策スープだけだった。
カートに戻ると、ヴィタリアはリュックサックから、湯気が立ち上る濃厚なスープの入った土鍋を取り出した。
—「ほら。生姜、ニンニク、唐辛子、それに他にも色々入ってる…ダレクは『罪人の万能薬』って呼んでる。」
リネヤは鍋を掴み、辛い味も気にせず貪るように食べ始めた。
5分後、彼女の顔は赤くなり、視線はより意味深げになった。
—「…ありがとう」—彼女は渋々ながらも手伝いに感謝し、呟いた。
ヴィタリアは笑った。
—「どういたしまして。でも、お礼を言いたければ、昨日あなたとシオリが何をしたか話してちょうだい。」
リネヤは耳をぴくぴくさせながら、鋭く彼を見上げた。
—「…やめた方がいいわ。」
リネヤとヴィタリアは野外食堂へ向かった。エルフはすでに気分が良くなっていたが、彼女の心境は依然として「どうでもいい」と「まだあなたを憎んでいる」の間で揺れ動いていた。いつものツンデレモードには戻りつつあったが、まだ弱かった。
テーブルに座ると、突然詩織が近づいてきた。
しかし、彼女はいつもダレクの周りで尻尾を振っているような、あの優しい「いい子」ではなかった。
目の前には、疲れて不機嫌そうな女性が座っていた。まるで三交代勤務をこなした、いかつい建設作業員のような風貌だった。彼女はベンチに身を投げ出し、テーブルに肘をつき、かすれた声で尋ねた。
「ヴィタリア。スープはいかがですか?」
彼女の声は、まるで40年間セメント袋を運んでいて、友人と高級ワインを飲んでいるわけではないかのようだった。
ヴィタリアは固まり、それからゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。でも注文はできます。」
「注文してください。」
彼女は尋ねたのではなく、注文したのだ。
ヴィタリアが店員とスープの材料について交渉している間、彼は慎重に尋ねた。
「一体ダレクはどこにいるんだ?」
シオリは目を細めた。その赤い瞳は危険なほど輝いていた。
—「ちくしょう、俺がクソ食ってるの?」
沈黙。
隣のテーブルの半分の人が食べるのを止め、「何だって?!」という表情でこちらを向いた。
詩織は殺意に満ちた視線を彼らに向ける。
—「何、目も大きく開いてる?私が絵にでも写ってるの?!」
皆はすぐに振り返り、今度は自分が食べられてしまうのではないかと怯えるかのように、倍速で食べ始めた。
普段は誰に対しても恐れをなさないヴィタリアでさえ、飲み込んだ。
*「ちょっと待って、ダレク…あんな吸血鬼を怒らせるのは怖いわ。少なくとも、殺されてしまうわよ。」*
詩織は礼も言わずにスープを受け取り、食事を楽しむどころか、生き延びている人間のような表情で食べ始めた。
一口飲む合間に、彼女はリネアをじっと見つめた。
—「それで、昨日は何があったの?」
リネヤは毎晩の出来事を詳しくは伏せ、肩をすくめた。
――*枕投げ。それから二人は気を失った。*
――「ええ…」 詩織は何かを思い出して顔をしかめた。――「もうあんな飲み方はしないわよ、友よ。」
――*もうあんな飲み方はしないわ。*――リネヤは頷いた。
二人はクワスのマグカップをぶつけ合い、それぞれ憂鬱な気分で食べ続けた。
隣に座っていたヴィタリアは、自分に同情した。
*「かわいそうに…彼女たちのせいなのよ。
でも、何かが彼を悩ませていた。
*「ダレクはどこかへ消えて、まだ現れない…もう1時間も経ったわ。出発は20分後よ。」そこで何をしているんだ?」
彼は川辺での奇妙な出会い、デニサルとの会話、そしてダレクの失踪…を思い出した。
頭の中で光景が浮かび上がってきたが、パズルは依然として噛み合わなかった。
「なあ、ダレクがどこに消えたか知ってるか?」彼は少女たちの方を向いて声に出して尋ねた。
シオリは彼を見上げ、その赤い瞳に危険な光を宿した。
「知ってたら、もうここにいるはず。灰になって。」
リネヤは鼻で笑ったが、何も言わなかった。
主催者は既に、荷物を積む時間だと叫んでいた。
ヴィタリアは立ち上がり、キャンプを見回しダレクを探した。
「ちくしょう、あのバカはどこだ?」もし彼が私たちを失望させたら…」
そしてその時、ダレクがカートの後ろから現れた。
— 満足げな笑みを浮かべながら。
— 「何だって?退屈だったの?」
詩織は拳を握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。
— 「あなた…どこへ…」だった。」
ダレクは頭を掻きながら、無邪気なふりをした。
「仕事だ、愛しい人よ、仕事だ…」
ヴィタリアはため息をついた。
「そうか、もう決まった。これから喧嘩になるんだ…」
しかし、シオリは踵を返し、荷馬車に向かって歩き出した。
「後で考えよう。」
ダレクはヴィタリアを見て肩をすくめた。
「うまく逃げおおせたな。」
ヴィタリアはただ首を横に振った。
「こいつは天才か、それとも完全なバカか…」
リネアとシオリは荷馬車に乗り、ヴィタリアは馬を操り、怒れる吸血鬼に罰せられたダレクは、荷馬車に十分なスペースがない他の哀れな人々と共に、荷馬車の最後尾を歩いた。
荷馬車は蛇のように長く伸びていた。全長は約40メートル。人々、商人、傭兵、冒険者たち。ダレクは何もなかったかのように口笛を吹きながら歩いていたが、首筋についた牙の跡と破れたシャツは、つい先日のシオリとの「会話」を思い出させた。
交易路で利益を得ようとした盗賊たちは、重大な誤算を犯していた。
無防備な商人ではなく、武装した冒険者たちが荷車から飛び出し、小競り合いはあっという間に血みどろに終わった。
それから動物の襲撃もあったが、特に問題なく撃退された。
損傷したのは荷車1台だけだった。車軸が壊れ、それ以上動けなくなったのだ。
シオリは既にいつもの状態に戻っていた(ただし、朝の怒りは少し残っていた)。罰として、ダレクに残って修理してもらうことにした。
さらに、荷車の持ち主である商人は、手伝いの報酬を支払うと約束した。
「君はここに残る。修理する。金をもらう。そして君は…」 「何も勝手に取っちゃダメよ」とシオリはダレクに視線を集中させながら、小声で言った。
しかし、彼女の視線は商人の積み荷の中にあった装飾品の一つ――ブラッドストーンがちりばめられた、優美な銀のペンダントに落ちた。
――「…とはいえ…」とシオリは目を細め、口角を上げた。
5分ほどの交渉の後、シオリはすでにペンダントを手にしており、ダレクは荷車を修理するだけでなく、稼いだ金の全額を彼女に渡す義務を負っていた。
――「なるほど」と彼は肩をすくめて呟いた。
主要キャラバンが出発すると、箱に座っていたヴィタリアは、ダレクの目に静かな励ましの念を込めた。
彼の仕草は明らかにこう語っていた。「頑張れ、兄弟」
しかし、荷車を修理するために残ったボランティアの中に、デニサル・セニロフがいることに彼は気づいた。
*「変だ…」*
デセニが借金を抱えているなら、どんな仕事でも引き受けるのも当然だ。
しかし、その一方で…
ヴィタリヤは朝の奇妙な出会いを思い出し、眉をひそめた。
*「何か怪しい…」*
しかし、彼は手を振った。
—「クソくらえ。クソジェームズ・ボンドを演じさせてやれ。」
彼は振り返り、道を見た。
キャラバンが夜のために停車した時には、既に太陽は地平線に触れていた。主催者はいつものようにパトロール隊に指示を出し、テントの中に姿を消した。ヴィタリーはテントの中で何をしているのか、あまり考えていなかった。おそらく地図を確認したり、ルートを計画したりしているのだろう…しかし、今日は別のことで頭がいっぱいだった。
商人からの思いがけない知らせ
キャンプを歩き回っていると、ヴィタリーは、いつもは夕方になると移動販売の店を構える商人の一人が、今日は準備すらしていないことに気づいた。
—「商売を急がないのか?」彼は近づいてきて尋ねた。
商人は肩をすくめた。
「明日はパルクールに入ります。我々商人はそこに滞在します。遺跡には何もすることがありませんから。メインの荷馬車から数人の魔術師が出発するだけです。それに、新しい旅の仲間も加わるでしょう。研究者とか、いろいろと…」
ヴィタリアは頷いたが、心の中で不安がこみ上げてきた。
「突然の仲間の変化か…この3日間で、もうすっかり慣れたのに。」
旅の始まりで初めて、ヴィタリアは主催者のテントに近づいた。ノックをして、入室許可を待った。
「街にはどれくらい滞在するんだ?遺跡まではあとどれくらいかかるんだ?」
明らかに疲れた男は、歯を食いしばって答えた。
「パルクールはもう昼だ。正午までには到着し、翌朝出発する。それからあと2日間の旅だ。それだけだ。」
ヴィタリアは丁寧に礼を言って立ち去った。
暖炉のそばに腰を下ろし、彼はダレクが戻ってくるはずの道をちらりと見た。
*「荷馬車は5分では修理できないわ…あと1、2時間待たないといけないの。」*
シオリは暖炉に近づき、ヴィタリアの隣に座った。彼女の赤い瞳は、炎の不安げな輝きを映していた。
*「ダーリンはどこ?」*と彼女は尋ねたが、声にはいつもの優しい響きはもうなかった。
ヴィタリアはニヤリと笑った。
「まあ、あなたが自分で荷馬車を修理させてくれたのね。今頃心配なの?」
シオリは鼻で笑ったが、言い訳はしなかった。彼女は考え込むように暖炉を見つめた。
*「…彼は以前はどんな人だったの?」*と彼女は思いがけず尋ねた。
ヴィタリアは、ダレクとの最初の出会いを思い出しながら考えた。
—「基本的に同じよ。いつも冗談を言って、いつもトラブルに巻き込まれるけど…よく考えてみると、彼はそんなに単純な人間じゃないのよ。」
詩織は静かに笑った。
— *ああ、そうだ。初めて会った時、彼は私を強盗しようとしたの。想像できる?私だって!*
—「それで、どうやって?」
— *ええ、もちろん。でも…あの間抜けな笑みの裏に、なかなか鋭い頭脳があることに初めて気づいたの。
少しの間があった。それから詩織が突然付け加えた。
— *あのね、時々、彼はわざと村のバカを演じて、みんなに見下されているように思えるの。*
ヴィタリアは頷いた。
詩織とヴィタリアは火のそばに座り、いつになく穏やかな会話に浸っていた。ダレクがいなくなったことで、キャンプは…違って見えた。
— *あのね、変な感じね。* — 詩織は炎を見つめながら、考え深げに言った。 — *普段はどこかで騒いだり、歌ったり、トラブルを起こしたりしているのに…今は…*
彼女は駐車場を見回した。人々はそれぞれに用事を済ませていたが、何かが欠けていた。
—「まるで酒場のエールの樽が全部撤去されたみたいね」—ヴィタリアはくすくす笑った。 — 「すべては順調のようだが、何だか面白くない。」
キャラバンの他のメンバーも徐々に火のそばに集まってきた。会話が弾むと、突然オークが大きなため息をついた。
— *ああ、あのお調子者のダレクの音楽を今すぐ聴きたい…*
火の向こう側から、ゴブリンが呟いた。
— *あの厄介者はくたばれ!ギターを持たせてやろう。1時間もすれば酔っ払って、卑猥な歌をわめき散らすだろう!*
たちまち口論が始まった。
— *彼がゴブリンにカードゲームで勝ったのを覚えているか?「ダレク、あのクソ野郎!」*
— *ああ、覚えている!そして、最後のエールのジョッキを巡って喧嘩を始めた!*
— *でも、彼の歌はいい!*
— *いいって?!3本目以降は、全然音が出ない!*
シオリとヴィタリーは顔を見合わせた。
— *それみんな彼のことを覚えているみたいね* ― 吸血鬼の女は静かに言った。
―「ええ。彼を叱る者でさえ、あの馬鹿を懐かしがるのよ」― ヴィタリアは頷いた。
二人は静かに座り、焚き火を囲んで語られるダレクの話 ― 良い話も悪い話も ― を聞いていた。
*彼がいなくなったことで、キャラバンは…平凡になった。*
シオリは突然姿を消し、ヴィタリアは一人考え事をしていた。すぐにリネアが彼に近づき、少し眉をひそめた。
―「あの馬鹿はどこ?」― 彼女は彼の隣に座りながら尋ねた。
―「さあ、どうなるか。また何か企んでいるのかもね」ヴィタリアは肩をすくめた。
二人は静かにおしゃべりし、これから来る街のことやキャンプの奇妙な静けさについて話し合っていた。その時突然…
シオリが暗闇から現れた。しかし、それは優しい「いい子」の姿ではなく、本来の姿だった。自信に満ち、捕食者のような、深紅の瞳を輝かせていた。彼女の手には、ダレクがゴブリンから勝ち取った伝説のギター「アフレサ」が握られていた。
そして、イントネーションを変えることなく、炎の向こう側に向かって大声で叫んだ。
-「おい、吟遊詩人!これは一体どういう曲なんだ?葬式みたいな曲じゃないか!」
皆が凍りついた。美しくも悲しい旋律を奏でていた吟遊詩人は、呆然と演奏を止めた。
群衆はざわめいた。
-「あれはダレクのギターだ!」
-「しまった、もう始まるぞ…」
-「シオリ、お前、そもそも弾けるのか?」
吸血鬼は弦を弾きながら、いたずらっぽく笑った。
-「どう思う?」
詩織が指を鳴らすと、アフレス・ギターの弦が峡谷を吹き抜ける風のように唸りを上げた。
――「私のいい子の歌は…何か…ああ、そうだ!『歌を歌いながら行進するのは楽しい!』」
彼女はピックを鋭く引っ張ると、最初の和音が静寂を破って響き渡った。荒々しく、明るく、そして不気味なほど陽気な音だった。
「銃殺隊に向かって歌を歌いながら行進するのは楽しい!」
普段は甘く遊び心のある彼女の声が、今はまるで死神自身が歌を歌おうと決めたかのように、かすれた嘲り声に聞こえた。
火の上にシルエットが渦巻いた。ギターの魔法が生み出した影だ。それらは絵を描いた。
――泥の中を裸足で護衛付きで行進する、ぼろぼろの服を着た人々の列。
――首を不自然に曲げた人物が絞首台の上で揺れている。
虚ろな目をした少女が、看守の顔に唾を吐いた。
群衆は一瞬凍りつき、そして爆発した。
- *ちくしょう、これってダレクそのもの!* 傭兵の一人がテーブルを叩きながら笑った。
- *吸血鬼が彼のスタイルを真似したみたい!* 弓使いの少女がマグカップを掲げて叫んだ。
- *ちょっと待って、それは控えめすぎるわ!彼が「ワイン三樽と絞首台の穴」って叫んだのを覚えてる?!*
リネヤは目を細め、ヴィタリーが思わずブーツでリズムを刻むのを見ていた。
- *この…歌、知ってる?* と、彼女はかろうじて雑音をかき消しながら尋ねた。
- 「聞いたことがあるわ。川から3軒目のパブだったと思う」とヴィタリーは呟いたが、彼の口角が少し動いた。
一方、詩織は歌い始めた。
「祖国が泣いている! 祖国に悪いのよ! 中絶なんてしたくない!」
シルエットが動き、歪んだ王国の地図へと変わり、血まみれの亀裂がそこらじゅうを這っていた。
「ああ…これはダレクにとっても酷すぎる」と誰かが囁いた。
しかし、吸血鬼は止まらなかった。彼女は踵を踏み鳴らし、ギターが最後のコードを轟かせた。
「歌を歌いながら銃殺隊に向かって行進するのは楽しいわ! でも今日はあなたが歌うのよ!」
静寂。
そして、拍手、口笛、そして叫び声が沸き起こった。
— *彼女にエールをもう一杯!*
— *詩織、あなたは先月のあのゴブリンよりも熱く燃えていたわね!*
— *ダレクはどこだ!彼を放せ!ライバルが現れた!
詩織は優雅に頭を下げたが、紅い瞳は輝き、明らかにこの混乱を楽しんでいた。
詩織は弦に指を滑らせた。今度は、音はより静かで、より柔らかく、ほとんどノスタルジックな響きだった。
――*さて、次の曲…なんて曲だったっけ…ああ、そうだ、「Star」*――彼女の声は、いつもの捕食者めいた遊び心がなく、予想外に温かみがあった。
彼女が最初のコードを弾くと、「Afles」のギターが、まるでささやくように軽いエコーで応えた。
「空の星が震える…」
彼女の歌声は静かで、ほとんど考え込むようだった。紅い瞳さえも、いつもの輝きを失って、わずかに曇っていた。
新たな影が火の上に浮かんでいた。しかし今、それは粗い影ではなく、星の光のように震える幽霊のような姿だった。
――誰もいない道で、夜空を見つめる孤独な少女。
- 雨は静かな涙に変わる。
- 遠くの家。窓辺で白いハンカチが揺らめく。
群衆は静まり返った。騒々しい酔っ払いでさえも沈黙し、誰かがナイフでテーブルを物思いにふけりながら引っ掻き、誰かが暖炉を見つめていた。
- *ちくしょう…* 髭面の傭兵は呟いた。- *まさか彼女がそんなことをするとは思わなかった…*
- *やはりダレクのことを気にかけているようだね* ――リネアはヴィターレに囁いたが、彼は頷くだけで、シオリから目を離さなかった。
吸血鬼は彼らに気づかなかった。彼女はまるで独り言のように静かに歌い、その声は憂鬱に満ちていた。
「沈黙の世紀を超えて、ヒント、ウィンク…」
シルエットが混ざり合い、二つの孤独な点へと変わった。無限に迷い込んだ星と男。
観客の誰かがため息をつき、誰かがマグカップに手を伸ばしたが、静かに飲んだ。
詩織は一瞬黙り込んだ。指は弦の上で凍りついた。まるで自分が言ったことに驚いたかのようだった。
それから軽い動きで最後のコードを弾くと、ギターは静まり返った。
静寂。
そして――拍手ではなく、静かな囁きが聞こえた。
- *なんて…美しい。*
- *彼女にこんなことができるなんて知らなかった…*
- *ダレクは一体どこにいるの?彼に聞いてほしい…*
詩織は笑っていなかった。彼女はゆっくりと指板に手を滑らせ、首を横に振った。すると、彼女の目に再び見慣れた光が走った。
- *じゃあ、もっと聞きたい?*――彼女の声は再びふざけているように聞こえたが、誰かがすでにマスクの裏側を見抜いていた。
群衆がざわめき始め、誰かが口笛を吹き、誰かが叫んだ。
— *何か面白い話を聞かせてくれ!*
— *怖い話でも!*
— *愛の話でも!*
詩織はニヤリと笑ったが、その時、暗闇から鈍い音が聞こえてきた。ドスンという鈍い音、そして金属が擦れるような音がした。
その音に皆が振り返ると、商人の一人が不器用に食器の入った箱を落としてしまったことがわかった。金属製のマグカップが地面に落ち、ガラス瓶がいくつか大きな音を立てて割れた。
— *酔っぱらいめ!死ぬほど怖かった!* — 白髪の小人はテーブルを叩きながらぶつぶつ言った。
群衆は大笑いし、緊張は一瞬にして吹き飛んだ。詩織も物憂げに笑みを浮かべ、指を弦に滑らせた。
――*あの不器用な連中が全部台無しにする前に、もう一曲歌おうか?*
彼女はダレクの不良バラードをもう2曲ほど演奏した。酔っ払ったドラゴン、盗まれた王家のガチョウ、そして売春宿からの脱走未遂といった内容だ。観客は一緒に歌い、カップを叩き、火が消えかけた頃、3人はカートに手を伸ばした。
ヴィタリアはまるでなぎ倒されたかのようにマットに倒れ込み、
ヴィタリはまるで轢かれたかのようにマットに倒れ込み、3秒後にいびきをかき始めた。リネアは長い間寝返りを打ち続け、暗闇の中で指が震えないように静かにギターをかき鳴らすシオリの音に耳を澄ませていた。
リネアは静かなすすり泣きで目を覚ました。
最初は風の音だと思ったが、音は繰り返された。かすかで、ほとんど聞き取れないほどだった。
彼女は肘をついて起き上がり、暗闇を覗き込んだ。ヴィタリは床の上でいびきをかき、力強い両腕を広げ、まるで眠っている間も戦闘態勢にあるかのようにしていた。しかし、シオリのベッドから奇妙なカサカサという音が聞こえてきた。
エルフは静かに起き上がり、近づいてきた。
――*シオリ?…*
吸血鬼は横向きに丸くなって横たわっていた。普段は完璧な深紅の髪は乱れ、肩は震えていた。
— *泣いてるの…?* — リネアは自分の目が信じられなかった。
シオリは慌てて手で顔を拭き、鼻を鳴らしたが、その声は真実を裏切っていた。
— *まさか、夢だったのよ!*
しかし、次の涙が暗闇の中で輝き、リネアはベッドの端に腰を下ろした。
— *彼が恋しいのね?*
シオリは黙り込み、それからエルフの方を見ずに静かに頷いた。
— *彼は本当にバカよ。* — 彼女は呟いた。 — *いつも余計なことに首を突っ込んで、全てを台無しにして、姿を消す…*
リネアは冗談を言おうと思った。「どうしてこんなダサい奴が必要なの?」* とか。でも、考えを変えた。代わりに、シオリを優しく抱きしめ、強く抱き寄せた。
— *彼は戻ってくるわ。* — 彼女はただそう言った。
詩織は凍りつき、肩に頭を落とした。
――*…笑ってないの?*
――*いいえ。*
――*…ありがとう。*
彼らはそのまま眠りに落ちた――誇り高きエルフと危険な吸血鬼は、夜空に浮かぶ二つの孤独な星のように、互いに絡み合った。
ヴィタリアは目を覚ますことさえなく、ただ眠りの中でますます大きないびきをかき続けていた。
朝になれば、新しい一日が始まる。