3-2話
自らの視界が真っ白に染まっていく。次に風景を認識したとき、そこは見知らぬ場所だった。切り立った崖とゆらゆら流れる浅い川。森というには薄すぎる密度の木々が姿を現した。どこかの溪谷だろうか。
「おぉこんな一瞬で!流石学長!」
「本当だな〜。人に向けて転送を打てるだけあるぜ〜」
辺りをきょろきょろと見渡すラトリックと魔法の練度に感心しているエトワー。それぞれがバラバラな反応を示す。
「くぅぅぅ〜〜〜!私も使えたら一瞬で合格なのにな〜〜〜〜!」
魔法の中には使用に制限が掛けられている物がある。転送もその一つで、物体には自由に使えるが生物を対象に行使する際には資格が必要になる。
「まぁ転送先ミスられて大惨事、なんて洒落にならないぜ〜。だから制限指定されてる魔法なんだぞ〜」
「わかってるわよ!」
(まぁ仮に制限されてなくてもラトリックの転送なんて怖くて頼めないけどな〜)
「あ!何か失礼なこと考えてるわね!」
「さぁな〜早く行こうぜ〜。一時間以内に帰れないと不合格だぞ〜」
ラトリックの文句を聞き流しながらエトワーは魔法陣を描き出す。ラトリックはぶつくさ言いながらそんな彼女を護衛するかのように前へ出た。
『探査』
エトワーがそう唱えた瞬間、彼女の足元から薄い膜のようなものが張っていく。そこから地面に沿って波紋のように広がり、そして消えていった。
(4秒。まだまだだな〜)
この魔法は魔力をソナーのように反射させることで、近くの地形、生物の有無、魔力反応を感知する。
熟練の騎士の探査はコンマ数秒で完了し、相手は探知されたことに気づけないという。
「どう?ラートヌスの位置は分かった?」
「バッチリだぜ〜。ここから北西に進んでいけば戻れるはずだぞ〜」
「了解!早速出発しましょう!」
その言葉を聞くや否や、言われた方向へ向かって走り出すラトリック。
「速っ!?お前さんまだ体力残ってるのか〜!?」
エトワーは箒に飛び乗り、急いでその後を追いかけていくのだった。
*
10kmという距離。ただ進むだけならそこまで問題ではない。しかし魔獣の脅威は存在する上、不測の事態というのは往々にしてあるものだ。初見の地であるならばなおさら警戒しなければならない。
「ぜぇ、、、ぜぇ、、、」
警戒しなければならないのだ。
「お〜いラトリック。大丈夫か〜?」
「へ、へーきへーき、、、。全然いけるよ、、」
そう答える彼女の肩は激しく上下していた。手を震える膝に置いて息を整えることに全神経を注いでいる。
「どう見たって平気には見えないけどな〜。これでも飲めよ〜」
彼女は箒から降りてその隣で飲み物を取り出した。
「いいの!ありがとエトワー様!!」
ごくごくと受け取ったそれを飲み干していく。そんな様子を眺めていたエトワーはやれやれと言った感じに口を開く。
「やれやれ。ちょっと休憩するか〜」
「えっ!?時間大丈夫?」
「大丈夫だぜ〜。どっかの誰かさんが曲がらずに突っ走ったおかげでだいぶ余裕が出来てるからな〜」
「ちょっと!人を猪みたいに言わないで!」
ビシッと彼女を指差して猛烈に抗議してくるラトリック。その手はふるふるとしている。
「こらこら〜。人を指差すもんじゃないぜ〜」
「あっごめんなさ、、じゃない!」
どうやら話を逸らすことに失敗したようだ。ひゅーひゅーと下手な口笛を吹きながらエトワーは別の話題を探す。
「あ〜ほらほら。静かにするんだぜ〜。また周りの様子を探るからな〜」
「あー!ずるい!」
そう言われては邪魔はできないとばかりに引っ込むラトリック。それでもぶつぶつと何かを呟く声がする。
「むぅ、、、。私はそんなんじゃないからね、、、」
そんな彼女を横目に再び探査を行使する。
「、、、ん?」
何かに引っかかる。こちらの方へ向かって走って来る生物に対し、拡散させた魔力が反応を返した。
(三体くらいだな〜。統率は取れてそうな動き方だ)
「ラトリック。構えろ」
「え?、、、了解」
彼女もその意図を察したようだ。エトワーの向いている方向へ腕を構える。
「来るぞ!」
その言葉を合図に視界に魔獣の群れが姿を現した。毛深く生えた白い体毛が日の光で輝いている。釣り上がった歯茎から、あらゆるものを切り裂けそうな鋭い牙がこちらに狙いを定めている。
「ウゥゥゥゥゥゥゥ、、、」
「狼魔獣か。ラトリック、準備は?」
「バッチリよ!」
臨戦体制を整えた二人。彼女らを目掛けて三体の狼魔獣が勢いよく襲いかかる。
(速いっ、、けど!あいつほどじゃない!)
あと一飛びで狼魔獣の牙が辿り着くだろうという頃。すでに準備は整っていた。
『炎球!』
炎が一体の魔獣を飲み込んでいく。そのまま生み出た炎が狼魔獣を消し飛ばしていった。
「やるじゃないか〜ラトリック」
「そうでしょ!って、、、」
炎が消えて周りの視界が確保されていく。称賛の言葉を飛ばしたエトワーの側には残りの二体が沈黙していた。
「もう倒してる、、!」
「まぁこれくらいはな〜」
そう言いながら彼女はぐるっと魔獣の死体を一周した。その足元からそれらを囲うように魔法陣が生み出されていく。
『格納庫』
そう唱えると死体が沼に飲み込まれるように地面に沈んでいった。
「いいなー。魔獣の死体って高値で買い取ってもらえるもんね」
「お前さんも入れればいいだろ〜。格納庫くらい使えるよな〜?」
格納庫は使うだけなら簡易魔法より少し難しい程度の魔法だ。ラートヌスの街中でも使えない人を探す方が難しいだろう。
「いや、死体が残ってなくてさ」
「へ?」
そういえばとばかりに辺りを見渡すエトワー。確かに魔獣の数が一つ減っている。
(おいおいおい。飛んで行ったとかそういのじゃないってことか!?死体が残らないほどの威力ってことかよ〜!?)
彼女は驚愕の表情で固まる。最近ようやく攻撃魔法が使えるようになったラトリックが。威力だけなら自分よりも上の魔法を行使した。その事実が中々受け入れられない。
(こいつ、もしかして将来大物になるタイプか〜?)
きょとんとした顔のラトリックが目に映る。事の重大さをまるで理解していないかのように。
「どうしたの?エトワー」
「あ〜、うん。これからも仲良くやっていこうな〜」
「?」
突然の宣言。その意図を汲み取れないラトリック。
「さて〜そろそろ移動しよか〜」
「うーん?まぁそうね」
何はともあれ二人は目の前の脅威を排除した。
「よし!もう普通に動けるわ!」
「回復も速、、」
彼女らの間に弛緩した空気が流れる。それはつまり、
「っ!?避けろラトリック!」
「え?」
致命的な油断だ。
「ウゥゥアァァァァァァァ!!!!」
白い牙が降って来る。その魔獣を認識した時、その輝きはすでに射程距離に入っていた。
「ヤバっ、、!」
突き上げようとした腕は曲りきったまま。練られた魔力が薄く跡を見せようとする。
目を瞑ったらそこで終わる。ただ一縷の望みにかけて、魔法の準備を進めた。
(ダメだっ、、)
だがそれが間に合うはずなく。遂にその視界を閉じた。
ーーその瞬間、何かが破裂するような音がした。
「なっ、何!?」
白い体毛で覆われた視界に青空が取り戻される。さっきまで蓋をしていたはずの魔獣が横たわっていた。
「おーーーほっほっほ!!!!」
「全く戦場で油断するとは情けない!それでも若馬の厩舎の生徒なのか!?」
一度認識したら忘れられないような存在感がそこにはあった。
3-2話です。ラグメラです。
1話のエトワーの口調を編集しました。前のイメージと違和感出ちゃった人がいたらごめんなさい。今の口調が正しいです。




