2-5話(終)
タイトルに(終)とついていますが、2話が終わりという意味で完結という意味ではありません。
「それじゃあ始めようか」
少年は足取り軽く平原へ進んでいく。森から一歩外に出れば、その先に身を隠せるものは何一つない。
猿魔獣達が見逃してくれたら話は早いのだが、やはりそう都合よくは行かないらしい。
(彼を見つけたら臨戦体制を取り始めた、、。私も覚悟を決めないと、、)
猿魔獣達の動向を木の影から確認し、自分の出番を静かに待つ。
見えている数は僅か1体。少年の推測が正しければまだどこかに2体隠れているはずだ。
(あと二体、、。どこから来るの?少なくともあれの近くにはいなさそうだけど、、)
同じ結論に達したのか、慎重に歩を進めていた少年はおもむろにナイフを取り出し、猿魔獣達に突撃していく。
「ウギギィ!」
それを見た猿魔獣も応戦する。
しかし彼は魔獣の攻撃を捌きながら、こちらの攻撃は的確に当てていく。与えられるダメージは小さいようだが、これが続けば確実に倒せるだろう。
(す、凄い!これなら私の出番なんていらないかも、、)
「ウッ、、ウギッ、、、」
かすり傷とはいえ、何度も切られては身が持たない。魔獣は彼から距離を取ろうとした。
だがその隙を見逃す彼ではない。すぐさま距離を詰めようとする。しかしその瞬間、、
拳ほどの大きさの石が、少年の背後を襲った。
「痛っ!っっ、、?」
(なっ!?)
何もないところからその石は飛んできたように見えた。遠くから見ていた彼女がそう感じたのだから、少年の驚きはその比ではないだろう。
そしてその隙を逃さず魔獣が懐に詰め寄っていた。
「あぁもう!」
猿魔獣の鋭い爪の猛攻。それをナイフ一本で再び捌き切る。不可解な一撃を喰らったにも関わらず上手く立て直したと言えるだろう。
「忙しいなぁ、、」
しかし、それは再びやってきた。目の前の魔獣に集中している少年の背後から、石が飛んでくる。
「っぐぅ!!」
「ウギィ!!!」
飛んでくる音に反応したのか、なんとか石を弾くが魔獣の攻撃には間に合わない。咄嗟に右腕のガードを間に合わせたものの、勢いよく殴り飛ばされ、握っていたナイフがその手からこぼれ落ちた。
「いてて、、。流石に力比べには付き合いきれないね」
(大丈夫!?い、一体どこから、、!?)
一度ならず二度までも。不可視の攻撃が少年を襲う。当の少年はまだ余裕そうだが、それがいつまで続くかわからない。
(私が、、私が見つけきゃ!あの攻撃の出所を!じゃなきゃ彼が死んじゃうかもしれない!)
速く、速く、速く。焦る気持ちがノイズとなり思考の邪魔をする。
(急げ、急げ急げ、どこかに必ずいるはずなんだ!どこだ、どこだ、どこだ!)
心臓がうるさく跳ね回り、自然と拳に力が入る。すると急に手のひらに鋭い痛みが走った。
「痛ったっ、、!」
手のひらを覗き込むとそこから血が流れていた。握り込んだ際にお守りの尖った部分が刺さってしまったようだ。
(やっちゃった、、、)
だがその唐突な痛みが、反対に彼女に落ち着きを取り戻させた。予想外の刺激により、頭の中がクリアになっていく。
(落ち着け。あいつは透明になれるわけじゃない。絶対に見えるんだ。私が注目しなきゃいけないのは彼や魔獣じゃない。)
冷静に全体を俯瞰する。少年の位置から視界をズームアウトさせる。広がる草原。死角となる岩。再び攻撃を再開しようとする魔獣。
(あっ!!)
その瞬間、視界の端、岩から一筋の影が見えた。
「上っ!!」
「!!」
その声に反応し、少年が空に視線を向ける。その先には、太陽を背に空中で投擲の構えをしている二体目の猿魔獣の姿があった。
「そういうことっ!ねっ!」
少年が引いた次の瞬間、風を裂きながら石が地面に着弾した。着地した個体。最初から見えていた個体。さらに最後の一体が飛んできた岩から姿を現した。
「岩の影から仲間を投げ飛ばしてたんだね。陽動役と投擲役、空中からの攻撃役に分かれて。通りで捉えられないわけだ」
一体が敵の目を引き、死角から猿魔獣を投げ飛ばす。投げ飛ばされた個体は空中から攻撃を仕掛け、バレないように岩に隠れている個体の元へ戻る。
小柄な体躯とそれに似合わぬ腕力、そして高度な知能が成せる技だろう。
「ウギィィィィ、、!!!」
猿魔獣たちは悔しそうに唸り声を上げる。自らの作戦が看破されたことに怒りを覚えているようだ。
「やった、、!」
少女は小さく、ガッポーズを取る。
しかし、少年を救うために、敵に自らの位置を伝えてしまった。
当然次の標的は彼女になる。作戦を台無しにした張本人。近くにいた猿魔獣が、突然現れた乱入者を排除するべく突き進んでいく。
「っ!まずいっ!構えろ!!」
少年が初めて焦ったかのような声を張り上げる。
「えっ、、あっ、、うん!」
唐突なことで一瞬反応が遅れたが、少年の言葉で体が自然と動き出した。
猿魔獣へ向けて魔法陣を展開する。
(落ち着け、これは染み付くほど繰り返してきたでしょ!やってやる、やってやる!)
彼女は自らを奮い立たせる。しかし、今までの経験が足を引っ張っていく。
もし、いつも通りだったら、この魔法陣が壊れたら、その先に待っているものは、死。
あの時感じた恐怖が、再び心を支配していく。
(怖い、、怖い、、)
「ウギィィィィィ!!!!」
目の前には爪を突き立て、跳ねる猿魔獣。
(、、、でも!)
その感情は確かに存在する。今一番心の比重を占めているのは間違いなくその感情だ。
だとしても、震える足で立ち続ける。たとえ、強風にさらされる枝のように頼りなくても。
彼女は逃げなかった。
「もう、、怯えて震えるのは、、たくさんだっ!!!!」
少女は魔法を行使した。
灰色の魔法陣は赤く染まっていき、その魔力に応えた。
ーー確信。
『炎球!!』
その魔法は燃え盛る火球を発現させた。
高熱によって生まれた蜃気楼が世界を歪めていく。
「ウギィィィィ!!!!」
生み出された火球が打ち出された。魔獣を飲み込み、木々を巻き込んで、全てを焼き尽くした。
「うわっ!」
その反発に耐えきれず、少女は尻餅をついてしまった。腰にかけたポーチが外れて地面に落ちる。
魔法の跡には茶色い大地が浮き出ていた。まるでそこだけ違う場所を切り取ってきたかのように。
この瞬間が、彼女にとって初めての魔法を行使した時であった。
「、、、」
目の前の光景に、自分の目が信じられなかった。今まで一度も使えなかった魔法が使えたことに、自分の力で魔獣を討伐できたことに。
「ウギ、、ッ、、ウギギィ〜〜!!!!」
猿魔獣が聞いたことのない声を出す。振り返ると、怯えるように逃げていく二体の魔獣の姿がそこにはあった。
「ふぅ。なんとかなったね」
座り込む彼女に少年がてくてくと近づいてくる。
「どう?初めて魔法を使った感想は?」
「、、、」
反応がない。振り向いたまま固まってしまっている。
「おーい?」
彼女の前でしゃがみ込み、目の前で手をぶんぶん振る。
「、、、で」
「うん?」
「出来た!!!!」
「ぐえっっっっ!」
勢いよく振り向き、頭を突き出した彼女に激突する。その衝撃に耐えきれず、どさっと後ろに倒れ込む。
「見てた!?出来たよ!初めて出来た!!本当に打てた!!魔法ってこう使うんだねっ!」
「うん、、、見てたよ、、。」
早口で捲し立てる彼女を尻目にのそのそと起き上がる。
「ねぇねぇねぇ!!凄いでしょ!魔獣を一瞬で倒しちゃった!!あんなの使えたことないよ!!!!」
「一旦落ち着けっ!」
ぐいぐいと迫りながら興奮する彼女を少年が静止させる。
「あっ、、ごめんなさい」
我に帰り、ずずっと引き下がる。
「いいよ。ほら、ここはまだ外なんだ。他の魔獣が来る前にさっさと帰ろう」
「そ、そうね!急がないと日が暮れちゃう!」
急いで起き上がり、帰路に着く。
ラートヌスの城壁が、遠巻きに映る。二人はそこを目指して歩き出した。
*
ラートヌス目指して歩き続ける二人。遠くに見えていた城壁は次第にその巨大さを露わにしていった。
太陽は沈みかけておりもうすぐ夜が訪れるが、それまでには城門を潜れるだろう。
「、、、ねぇ」
少女がおもむろに語りかける。
「んー?」
「魔法って、面白いんだね。」
「、、、だね」
少年はたった一言、だが力強く応えた。
「私、まだ諦めなくて良さそう。あなたのおかげだね」
「どーいたしまして」
少女は明るい笑みを浮かべた。すると、軽く前へ駆け出し、少年の前に躍り出る。
「あのさ、お願いがあるんだ」
「なに?あんまり面倒なことは引き受けないよー」
少年は軽口を叩きながら返す。少女は一瞬ぐっ、と言葉を詰まらせた。
「、、、私の特訓を手伝って欲しいの。私はもっと強くならなくちゃいけない。だけど私一人じゃ自信がないんだ。でも、貴方となら出来そうだなって、そう思ったの」
少女は少年を真っ直ぐに見つめ、そう頼み込む。少年はその目を見返しながら、唸り始めた。
「うーーーん。俺、そういうの苦手なんだよなぁ」
「そんな些細なことでもいいの!お願いします!」
少女は勢いよく頭を下げる。困ったような表情を浮かべた後、少年ははぁ、と軽くため息をついた。
「まぁ、いいか」
「ほんと!?」
「この道に引き留めちゃったの俺だし、それで死なれても後味が悪いからね」
少年はぶっきらぼうに、しかし微笑みながら答える。
「、、、うん!ありがとう!」
「あんまり期待しないでよ。本当に見るだけとか、準備手伝うとか、それくらいしか出来ないし」
「それでも十分だよ!」
少年の手を握り締め、上下にシェイクしながら感謝の言葉を述べる。少年の腕がレバーのようにぶんぶんと振り回されていた。
「今度秘密の場所を教えるよ!そこなら人目を気にせず魔法を使えるんだ!」
「はいはい」
またしても興奮した口調で捲し立てる。そのあまりの圧に少年の体が反れていく。
「そういえばっ、、さ」
その体制に限界を迎えた彼が、解放されようと話題を切り替えた。
「まだっ自己紹介してなかったよねっ」
「あっ、そういえばそうね。色々あって忘れてたわ」
掴んでいた手を離し、少し前へ駆けていく。相手がその全身を収められるように。そして彼の記憶に刻み込まれるよう、息を大きく吸い込んで、名を吐き出した。
「私はラトリック!ラトリック=シュナイダーよ!これからよろしくね!」
彼女から解放された少年はその姿を見返しながら、まるで何かしらの秘密を打ち明けるようにゆったりとした口調で語る。
「ノウン=シャダル。こちらこそよろしく」
これが、二人の始まりだった。
*
「う、、、ん、」
ラトリックが目を覚ます。辺りを見渡せば、そこはいつもの推定公園跡地だった。
「おはよ。また倒れるまで続けるんだから。介抱する身にもなって欲しいな」
隣で木を背にしながら読書を再開していたノウン=シャダルが軽く責めるように話しかける。
「ノウン、、。そっか、私また倒れちゃったのか、、」
寝起きのだるさを纏いながら立ち上がる。
「今何時、、?」
「7時。そろそろ家族が心配してるんじゃない」
「ほんとじゃない!?急いで帰らなきゃ!」
「回復が速いなぁ」
彼女は今の時間を認識した瞬間、急いで荷物をまとめ始めた。
「そういえばさぁ」
「えっ!なに!何か忘れてるものある!?」
「いや時々うなされてたからさ。どんな悪夢だったのかなって」
「悪夢、、?いや、、、」
荷物を背負い上げると、彼女は顔だけノウンに向けて、
「良い夢だったよ!」
そういった後、矢のように駆け抜けていった。
「、、、ふーん?」
残された彼は首を傾げていた。
2-5話です。ラグメラです。
ようやく2話が終わりました。大変だった。
今回の回想シーンではかなり露骨にキャラの名前を出していませんでしたが、これは『過去シーンの最後に名乗りあって終わるシーン良いのでは!?』という思想の元こうなっています。正直わかりにくいだけ説がありますね。




