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騎士は魔法で夢を見る  作者: ラグメラ


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2-4話

「えーと、これでよし」


 彼が魔獣を討伐して数十分。彼女は応急処置を受けていた。


「、、、ありがとう」


「どういたしまして。もうしばらくしたら動けるくらいにはなると思うよ。帰ったらちゃんと治療してもらってね」


「、、、えぇ」


 痛む。

 傷がではない。魔獣を前にして何もできなかった自分に。魔法を使う選択肢すらなかった自分に。無力な自分に。

 心が、痛む。


「、、、ねぇ。」


「ん?どうしたの?」


「これを持っていって。あの魔獣を暴れさせちゃったから、、、ここら辺にはもう生えてないかもしれない」


 そう言うと小さな袋を取り出し、少年に差し出す。


「これは、、、薬草?なんで?」


 彼は疑問符を浮かべながら受け取る。


「なんでって、課題の提出物でしょう?」


「課題?何の?」


「え、、?何って、、、」


 しかし話が噛み合わない。


「あなたも若馬の厩舎(ノートンクラン)の生徒じゃないの?」


「いや?違うよ」


「えっ?じゃああなたは何でこんなところに、、、」


「えっ?あぁそれはーそのーちょっとした探し物というか、、、」


 目がいろんなところに泳いでいる。どうやらあまり他人には言いたくないようなことらしい。


「っていうか!<も>ってことは!君は若馬の厩舎(ノートンクラン)の生徒なんでしょ!なら俺に渡してる場合じゃないでしょ!」


 少年は手をわたわたと振り回し、少々早口に質問を返してきた。


「私は、、、いいの」


「それこそなんでさ」


 彼女は自重気味に笑う。


「私は、、若馬の厩舎(ノートンクラン)を退学する。私には過ぎた夢だったみたい。」


 その言葉は自分でも驚くほど自然に口からこぼれ出た。自分の表情がよくわからない。多分笑っているんだろう。


「もう、いいの。そもそも私みたいなのが目指せるものじゃないもの。」


 今までなぜ私は自分を肯定できていたのだろうか。いや、本当はとっくに気づいていて、ただ見て見ぬふりをしていただけなのかもしれない。


「そんなことは」


「いいよ。慰めなんて。ようやく現実を見れたってだけだから。」


 彼の言葉を遮り、彼女は手のひらを適当に広げる。幾度となく使おうと挑戦した魔法。その結果はいつも通り何も起こらない。


「笑っていいよ。こんな基礎中の基礎の魔法も使えないんだって」


「、、、笑わないよ。それに俺にこれは必要ない」


 差し出した薬草を彼は返してくれた。


「そっか。ありがとう。優しいんだね」


 返されたものを受け取る。しかし体に力がうまく入らない。視界には土と草だけが広がっていた。


「私はさ、強くなりたかったんだ。でも、こんなザマで、立ち向かうことすらできなくて。そんなのが騎士になろうなんておこがましいよ。」


 悔しい。そんな感情すら湧き上がらない。不可能という事実に納得していることを理解してしまった。きっと挫折とはこういうことを言うのだろう。


「、、、そろそろ行こっか。私ももう動けるよ」


 返事を待たなかった。よろよろと立ち上がり、足早にその場を離れようとする。少年も後ろから付いてきてくれているようだ。


(これでいいの。私は正しいことをしたんだから!)


 そう考えることにした。


 *


 そこから出口はさほど遠くない。すぐに森の外が近づいてくるだろう。


「もうすぐだねっ」


 彼女は明るい声を出す。少なくとも本人はそう思えたことだろう。実際のところはわからない。

 少年はいまどんな顔をしているのだろうか。わからないが、それでも歩みは止まらない。


「ほらっ見えてきたよっ」


 森の外が見えてきた。背の高い木々が途切れ、木々の隙間から広い平原が姿を現してきた。

 遠くにはラートヌスの高い城壁が見える。

 彼女は木漏れ日から日差しへ向けて一歩を踏み出した。


「待って」


 だが、次のニ歩目は少年によって静止され、木の影に引き戻される。


「どっ、どうしたの?」


「ほら、そこ」


 少年の指を刺した方を見る。そこには、毛深い体毛に覆われた小柄な生物がいた長い手と短い足を駆使し、森の方を遠巻きに眺めている。


「あれは猿魔獣(モンクル)?な、なんであんな所に?」


「たぶん猪魔獣(ブィリシアン)の魔力が消えたからだろうね。森から逃げてた魔獣が戻ってきてるんじゃないかな」


 猿魔獣(モンクル)は基本群れを形成するタイプの魔獣だ。知能も高く、統率が取れていることも多い。

 猿魔獣(モンクル)を一匹見た時、あらゆる方向に注意を向けなければならない。そこには必ず仲間がいる。

 授業ではそう習った。


「この感じだと、、、三匹くらいかな。群れの中でもバラバラになっちゃったみたい?」


猿魔獣(モンクル)なら無視していけるんじゃない?あれも好戦的な性格ではないはずよ」


「いや、どうだろう。住処を荒らされて気が立ってる可能性もある。多分俺たちは侵入者扱いされると思うから攻撃されてもおかしくない。縄張り意識が強い奴らだし」


 自分たちは薬草を取りにきただけだ。しかし、彼らからしてみれば自分たちが避難している間に森に入り込んだ外来種。自分たちの縄張りを荒らしに来た火事場泥棒と思われても不思議ではない。


「なら戦うしかないわね。でもあなたならあんな奴ら敵じゃないでしょう?」


 なんせあの巨大な猪魔獣(ブィリシアン)をあっさりと討伐してしまったのだから。彼女はそう思っていた。


「あー、その件なんだけどね、、、」


 しかし、少年は口籠る。申し訳なさそうにごにょごにょと声が発声されている。


「実は、、、もう魔力使い切っちゃってるんだ」


「えっ、、、」


 沈黙。


「うっ!嘘でしょ!?あんなにすごい魔法を使う人がこれくらいで魔力使い果たすわけないわよね!?」


「いやー傀儡人形(マリオネット)は消費が激しくてさー。どうしようねぇ」


 少女は少年の首をぶんぶんと揺らす。当の本人はのほほんとしたものだ。


「どうするの!?猿魔獣(モンクル)程度でも魔法無しじゃ勝てないわよ!」


「やばいねぇ」


「本当にそう思ってる!?」


 この男は危機感というものが欠如しているのではないか。彼女はそう思った。首を揺らす手が止まらない。


「じゃあこのまま魔獣がどこかいくまで待つしかないってこと!?」


「いやー無理だろうね。魔獣が戻ってきてるってことは森の脅威が消えたことが察知されてるってことだよ。これから増えることはあっても減ることはないと思う」


「まずいじゃない!!」


 時間が経てば経つほど不利になるのはこちら側だ。急いでラートヌスへ帰還しなければならない。


「まぁまぁ落ち着いて。なんとかできなくはないから」


「、、、本当?」


 彼女は怪訝な声を出しながら少年の揺れを止める。この場面を解決できる手段を彼は持っているのだろうか。


「うん。君があいつらを倒せばいい。」


「は?」


 この男は何を言っているのだろうか。さっきの話を何も聞いていなかったのだろうか。


「魔法はなんでもいいよ。得意なやつで」


「待って」


「俺が囮になって合図を出すから。それに合わせて一発お願い」


「待ってたら」


「後はそのままラートヌスに」


「待ちなさいってば!!!!!」


 少年の言葉を遮るように彼女は言葉を投げつける。


「あなた、死ぬ気なの!?さっきも見たでしょう!私は魔法が使えないの!そんな作戦、不可能なのよ!」


 魔獣の注意を引こうとする彼を押し止めるように少年の胸ぐらを掴み、襲い掛かるかのような剣幕で捲し立てる。


「もう私は騎士見習いでもなんでもない!魔法もまともに使えない、何もできないただの凡人なの!そんな作戦必ず失敗するわ!そんなもののために命を投げ出さないでちょうだい!私にそんな事出来るわけが!」


「出来るよ」


 しかし、少年が返した言葉はそれだけだった。


「はぁ、、、?」


「絶対に出来るよ。君なら。慰めなんかじゃない。それに死ぬ気なんかない。怒られたくないしね」


 そういうと少年は内ポケットから何かを取り出した。


「これを持って。ちょっとしたお守りだと思って」


 それはネックレスのようなものだった。紐には四角錐型に整えられた、紫色の宝石が取り付けられていた。少年はまっすぐこちらを見つめ、それを差し出してくる。


「本気で言ってるの?、、、無理よ。だって私は、弱くて、臆病で、それで騎士の夢も諦めて、、、」


 彼女は俯いたまま心情を吐露する。


「それは違うんじゃないかな。今だって諦めようとしてるだけなんだろう?本当に諦めた奴はそんな顔しない。弱くて、臆病。魔法も使えないと知っていて、それでもまだ諦めきれてない」


「、、、それはただ、私が無謀で、未練がましいだけで、それで、」


「それでも、騎士になりたかった。それほどの夢をもっていたのなら大切にするべきだ。それに、俺にはそんなことが出来る奴が本当に何もできないとは思えない」


 少年はネックレスを少女の手に握らせる。


「魔力を扱う技術はそのものの夢や理想によって洗練されていったたらしいよ。誰が言ったのかは知らないけど」


 そんな言葉は聞いたことがない。しかし、少年はその言葉を初めておもちゃで遊んだ子供のように、楽しそうに語る。


「だったらどんな形であれ、その夢に従うべきなんじゃないかな」


 その言葉には得体の知れない説得力があった。きっと彼の魔法の原点はこの言葉にあるんだろう。なぜかそう確信することができた。


「、、、それでも。私は私を信用できない。私のせいで、誰かを失いたく、、ない」


 しかし、彼女は俯いたままだ。前を見るにはその重圧は重すぎた。


「それなら、俺を信用すればいい」


「え、、、」


「今だけでいい。君より強くて、魔法に詳しい俺のことを」


 それでも少年は手を差し伸べてくれた。信じさせてくれた。

 どれだけ、弱いか、臆病か、なにもできないか、嫌というほど知っている自分のことを。


「、、、ねぇ。本当に信じていいの?あなたを、、、そして私の夢を。」


「あぁ」


「、、、」


 言葉は出なかった。しかし、心ではとうに決まっていた。

 消えかかっていたこの夢を、再び取り戻せるのなら。


「、、、わかった!」


 少女は前を向いた。

2-4話です。ラグメラです。

終わりませんでした。回が進むほど文字数がどんどん増えていくのはなぜ?

ここで書き切れると思ったんですが見通しが甘いなぁと思いました。

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