2-3話
「グゥルルルルルル………………!」
それは目の前の障害を全てなぎ倒し、目の前に現れた。その両目は彼女を逃さぬようしっかりと捉えている。荒れた息遣いは獲物を見つけた高揚で浅く、早くなっていく。
「こ、、、来ないで、、、」
魔獣は地面を踏みつける。バネを縮めるかのように全身に力を込め、解放の時を待つ。
「来ないでぇ!!!!」
彼女の叫びが合図となった。貯めきった力を一気に解き放つ。
「ぐううっ!!!!」
彼女は持てる力を振り絞り、全力で右に飛び込んだ。その数瞬後、魔獣が元いた場所を通過していく。
それが小さく見えるほどまで遠ざかった時、ようやく魔獣は停止した。前方のあらゆる物を更地にしながら。
(あんなの食らったら、、一溜りも、、、)
恐怖は認識する事でよりリアルな質感を持つようになる。身体は震え、脳の命令の一切を拒む。思考は止まり、目の前の現実に命乞いをすることだけが許された。
(嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ、、まだ、、、まだ死にたくない、、まだ、、、私は何も、、、出来ていないのに、、、)
猪魔獣が戻ってきた。立ち上がることも出来ない彼女に避ける術はもうない。
死の実感。
(た、助けて、、)
その恐怖の前に声を上げる事も出来ない。
(お願い、、助けて、、、)
魔獣の牙という銃口は突きつけられた。後は撃ち殺されるのを座して待つだけだ。
「お、姉、、ちゃ、、、、」
そして、その引き金は引かれた。
あらゆるものを破壊するその轟音が少しずつ大きくなっていく。
その圧力に頭を抱え、目を塞いでしまう。
(ご、、ごめん、、なさ、、、)
そして
そして
そして
その音はどんどんと小さくなっていった。
「え、、、」
恐る恐る瞼を開く。そこにあの巨大な魔獣は存在しなかった。その代わりに立っていたのはフードを被った一人の人間だった。
同じくらいの年だろうか。フードを下げ、灰色の髪を揺らし、静かにこちらの方を向き、陽だまりのような優しい声で話しかけてくる。
「やぁ。大丈夫、、、ではなさそうだね。」
「え、、、え、あ、、?」
目の前の状況に理解が追いつかない。私はとっくに死んでいて、ここはあの世なのだろうか。そんなことが頭の中をよぎっていく。
しかし次の瞬間、それは全くの間違いだということを思い知らされる。
「うっ!後ろ!!!」
魔獣が再び目の前に立ち塞がってきた。
「グルゥゥゥゥ!!!グルォォォォォォォォォ!!!!!!」
激しい憤怒。狩りに横槍を入れられたことが相当不服だったのだろう。
「っと。やる気まんまんかぁ」
彼はマイペースな口調を崩さない。まるでこんなものは問題ではないかのように。
そんな彼の態度も合わさって魔獣のボルテージが上がっていく。その少年に向かって爆速の突進を始めた。
「きっ!来たっ!!!」
彼女はすくんだ体で必死に逃げようとする。しかし、それでも少年は動じない。
「しょうがないな、、、」
彼は近くの樹木に向けて腕を掲げ、魔法陣を展開した。
『糸張り』
その瞬間、槍のように突き進んでくる巨体が不自然なほど急激にそれていき、その姿が一瞬で消えていった。
そして少年の手には謎の物体が握られていた。そのまま後方へ過ぎ去っていった魔獣の方へ向き、淡々と告げる。
「なんでこんなやつがいるのかは知らないけどさ。」
大木をクッションにして停止する魔獣。しかし、様子がおかしい。先ほどまでの荒々しい様相が落ち着きを取り戻している。
そしてその巨体が振り返ってきた時、彼女はその理由に気づく。
「ここで引かないなら、、、殺す」
あのクッションにされた大木。それよりも太い牙が一本、欠けていた。
(なに、、何が起きているの、、、)
*
彼は折った牙を無造作に放り捨てる。魔獣は怒りながらも明らかに警戒を強めている。
自慢の牙を折られた屈辱か、自らの必殺の一撃を避けられた困惑か。
この瞬間、魔獣の中で「狩り」が「戦闘」になった。
「グルゥゥゥゥゥゥゥゥ、、、」
「逃げる気配はなしかー。牙を折ったら怯えて逃げてくれるとおもったんだけどな。めんどくさい」
「ちょ、ちょっと!」
「んー?だいじょーぶだいじょーぶ。」
戦闘中にも関わらず呑気によそ見をしながら会話を始めた少年を見て、魔獣はその明らかな油断に対し再びその突撃を見せつける。
「当たることはないから」
そしてその結果は変わらない。彼の目の前に来たと思ったら唐突にその軌道がそれていく。
その手にはもう片方の牙が握られていた。
「な、なんであいつが避けていくの?」
「避けてるんじゃないよ。逸らしてるだけ」
そういうと少年は、手首から何かを垂らした。腕を回すと高速でぐるぐると円を描き、光を反射させている。
「それは、、、糸?」
「そ。俺はこの魔法が得意でね。硬度も太さも自由自在で便利なんだ。」
彼はまるで日常会話のように、欠片ほどの緊張感もなく続ける。
「これを適当な木とあいつの牙に巻きつける。後はそのまま糸を巻き取るんだ。そしたら経由させた木の方向へ体は向きを変える。あの図体を止めるのは大変だけど、軌道を変えるだけなら大した力はいらないしね。あとは糸ノコみたいに牙を削り取ってリリース。そんな感じかな」
なんてこともないかのように彼は言ってのけた。しかし、魔法をそこまで緻密に制御することの難しさを彼女は骨身に染みるほど心得ている。しかも彼の魔法には強い魔力を感じない。最低限の魔力でこんな芸当をしているというのか。
(この人、、、一体何者、、?)
そんな彼女の思案は大地を踏みしめる音によって止まった。
「グルゥゥゥゥ、、、、」
牙を失った猪魔獣が三度姿を表した。
しかも、先ほど折ったばかりの角が三分の一ほど再生していっている。
「折ったはずの牙がっ!?そんな!」
(確かに魔獣は肉体の治りも早いけど、いくらなんでも異常すぎる!)
「肉体の瞬間再生か。どれだけ濃い魔力を蓄えてたらこんなことになるんだか」
とはいえ、流石に疲労の色を見せている魔獣。攻撃する余力もないのか、肉眼でわかるほどに息を上げている。
そんな魔獣の姿を見て、少年は軽くため息をついた。
「もう逃げてくれない?殺すのは気分が悪いんだ」
彼はそう吐き捨てた。
「グルォ?」
だが、その一言が魔獣の琴線に触れた。
「グルォォォ、、、」
逃げる、誰が?
「グルォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!」
両の牙を折られ、自らをこけにされたまま、引き下がる。そんなことは特別な猪魔獣の誇りが許さなかった。
「グォォォォォォォオォォォォ!!!!!!!!!!!!」
口から涎を垂らし、荒れ狂う殺意を持って敵を睨みつける。
その瞬間、猪魔獣の全身から、人間目線でもわかるほどの魔力が迸った。
「なにっ、、これっ!」
「へぇ、、、」
生えきらなっていなかった角が急速に再生していく。しかも、その姿をさらに凶悪に変えて。
より太く、より広く、より鋭利に、より固く。
もはやそれは牙と呼べるものではなく。ただ殺傷能力にのみ秀でた武器と化した。
「再生ではなく再構築ってとこかな。そんなことまでできるんだ」
「ねぇ!冷静に分析してる場合じゃないでしょ!?」
「そうだねぇ」
進化した猪魔獣はその全身全霊をもって敵を滅ぼそうとする。
その体はもはや大砲となり、通る全てを破壊する兵器となった。
動き始めたその砲弾は止まらない。
万物を飲み込ながら、無を生み出していく。
「何してるの!!早く避けてっ!!」
それに対し、少年はただ前へ歩いていった。無造作に。何も変わらず。
「危ないっ!!!!」
彼女の壊れた足ではその歩みを止めることはできない。
彼と魔獣の位置はどんどんと交わろうとしていく。
5m、1m、30cm、1cm
そして彼の体に触れるその瞬間、、、
『傀儡人形』
強烈な風圧と共に、魔獣の身体が停止した。まるで時でも止まったかのように。
魔獣は不自然な程微動だにしない。まるで、その肉体に針金を仕込まれたかのように。力を入れているのに肉体が反応を返さない。
猪魔獣の目があちこちに動いている。
「悪いね」
彼は魔獣に優しく触れる。その声色はわずかな悲哀を纏っていた。
「苦しめるつもりはない。すぐに終わらせるよ」
そしてその手がそっと離れた時、、、
ずしんと、一つの生命体が静かにその活動を停止させた。
2-3話です。ラグメラです。
この回で2話を終わらせる予定だったのですが、5000字超えそうになったので一旦投稿します。
なろうは1話2000字から3000字が良いみたいな話を聞いたのですが、実際どうなんでしょうか。




