2-2話
猪魔獣の視線から身を隠し、どれくらいの時間が過ぎただろうか。
あの異常種はその場から動くそぶりを見せない。
(あの魔獣、動く気配がない?今なら、、。)
そう思っても体がうまく動かない。この極限状況は彼女の体を強張らせ、プレッシャーで縛りつける。
一方的なお見合い状態。しかしいつかは動かなくてはならない。夜の闇が訪れた時に、その恩恵は魔獣しか得られないのだから。
(落ち着け、まずは確認をしろ、、、。)
彼女は震える手を制しながらポーチを開ける。最低限のものしかないが、それでもここを打開するには必要になるだろう。
(使えそうなのは、、、ランプと煙玉とくらいね、、。古典的なものしかないけどこれでなんとかするしかない、か。)
魔法が使えたら、その言葉はぐっと飲み込む。ないものねだりをしても自分の寿命を縮めるだけだ。
覚悟を決めるしかない。
静かに、そして深く深呼吸をして心を鎮める。
(チャンスは1回!そこで必ず決める!)
そして猪魔獣が別の方向に気を取られた瞬間、、、
(今だっ!)
彼女は全力で煙玉を投げる。魔獣の近くに着弾したそれは大きな煙をあげはじめた。
しかし、そのあまりにも大きな巨体を隠すには量が足りない。
(うそっ!?一個じゃ覆いきれない!?仕方ないっっここは惜しまず使う!!)
残る煙玉をすべて使い、その巨体を完全に覆い尽くす。
煙の中から獰猛な雄叫びが響いてくるが、こちらの位置は完全に見失っているようだ。
(よしっ!あとは、、)
彼女はランプを起動させて、その場に放り投げる。そして森の外へ向かって全力で走り出す。
(あのランプは魔導器具!魔力を使って動作するアイテム!そして魔獣は魔力を敏感に感じ取る!私と勘違いさせるくらいはできる!ここから脱出するくらいの時間稼ぎにはなるはず!)
彼女は後ろの何かが暴れ回る音に振り返ることもなく走り続ける。決死の逃走劇。その開幕は順調な滑り出しだった。
*
(しまった、、、。)
ようやく一息つけた時、最初に彼女が思ったことはそれだった。
魔獣への陽動作戦が成功し、そのまま息が続く限り走り続け、なんとか振り切ることはできた。
しかしそのことばかりに意識が向き過ぎて、帰りのルートからは大きく外れてしまっていたのだ。
(地図はあるけれど、、今どこにいるかがわからない。そんなに大きな森でもないから歩いていればそのうちでられるかな?)
一番の脅威から一旦は逃れられたとはいえ、まだ安全というわけではない。ほかの魔獣に遭遇する可能性も0ではないし、逃走用のアイテムも使い切ってしまった。
(、、、考えてもしょうがない。大体の方角は分かるからそっちの方へ向かおう。)
軽く息を整えて、また歩き出す。
「、、、それにしても」
魔獣が出なさすぎる、と彼女は思った。
本来この森にはもっと多様な魔獣が生息していたはずだ。猪魔獣はそもそも違う地方に生息している魔獣である。
(あのデカイやつの魔力に怯えて他の魔獣が姿を消している、、、?)
1つの森の生物達が一目散に逃げ出す程の魔力。
一体どれほどの力を持っているのだろうか。
(私も魔獣みたいに魔力を感知出来たらなぁ、、、。あいつがいた事にも気づけたんだろうけど、、、。まぁ人間が魔獣みたいに魔力を完治なんて出来ないから仕方ないんだけど、、、。)
魔獣の持つ魔力への感度は人間の比では無い。
人は魔法を使ったりしない限り感知する事は出来ないが、魔獣は近くに存在する魔力を敏感に感じ取る。魔力の大小や位置など、何も対策しなければ筒抜けになってしまう。
先程もポーチに組み込まれた魔力隠しの魔法がなければあっさりバレていただろう。
「羨ましくなっちゃうな、、、っと。いけないいけない。」
思わず声に出てしまった。しかしそんな事のために魔獣になる気はさらさらない。細心の注意を払いながらまた歩き出すのだった。
*
(ここは何となく見覚えがある、かも?)
魔獣から逃げ初めて数時間。彼女は少しずつ出口に近づいていた。
(よし。方向は間違ってないみたい。ただ、、、)
目の前には倒れた大木が道を塞いでいる。
辺りを見回すとなぎ倒された木々や抉られた地面が目立ってくる。
その痕跡の大きさから間違いなくあの猪魔獣だと推測できる。
(かなり頭に来ているみたい。足跡の方向的にこの木の向こう側へ行ったようね。別の道を探した方が安全そうかな。)
そう考えまた別の道を探しに走り出す。
しかし、その先にあったのは同じように塞がれた行き止まりであった。足跡も木の向こう側へ伸びている。
(えっ?ここも?)
魔獣が居なさそうな道を求めるも、どこもかしこも足跡だらけだ。
(仕方ない。ここはリスク覚悟で一気に進むしか、、、)
折れた大木の影から前を観察する。
あの魔獣の姿はどこにも見えない。
(音もしない。今なら抜けられる!)
大木から身を乗り出し、先へ進み始めたその1歩。
その右足が地面に飲み込まれた。
「なっ!?ぐっ!!あぁぁぁぁぁ!!!!」
バランスを失った身体は地面に投げ出される。
(なにっ、コレ、、、!落とし穴、、!?しかも何か刺さって、、、ぇ!)
苦痛に悶えながら無理やり穴から足を抜く。そこには大きな牙が突き刺ささり、彼女の足を貫いていた。
(ぐっ、、、。やばい、右足が使い物にならない、、、血も止められない、、、。これじゃあ魔力は隠せても血の匂いで辿り着かれる、、、!あの魔獣にこんな知能が、、、!?)
「あっ、、ぐぅぅぅ、、!!!!」
突き刺さった牙を抜き取ると、せき止められていた血液が一気に放出される。
(くそっ!動けっ!動かなきゃ死ぬぞ!!)
悲鳴を上げる足を無視して無理やり酷使する。
1歩1歩進む度に激痛が走り、身体は停止することを要求する。
それでも、ゆっくりでも激痛を無視して進み続ける。
(っっっ!やば、、い!!!)
しかしそんな事をしても大した意味は無いのだろう。なぜなら、あの木をなぎ倒すような音が、地面を揺らすような振動が、こちらへ向かって近づいて来ているのだから。
2−2話です。ラグメラです。
コロナを乗り越えて来ました。
分割になった場合はこんな感じの話数表示にしようと思います。




