4-1話
どんなに人口の多い街だろうと、人が集まる場所というのは決まってくる。そんな大通りを一つ横に曲がっていけばそれまでの人混みはどこへやら。閑散としているものだ。そんな日陰に包まれた道を金色の髪を揺らしながら歩いて行く少女がいた。
彼女は古めかしい看板を立てた店の前で足を止める。それには「cafe レペール」と刻まれていた。
「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」
この店にはカウンター席とテーブル席があるが、彼女は迷いなくテーブル席へ向かった。私の他には店長とフードを被った少年がいるだけで、一人で独占してもなんの罪悪感も湧かない。
「コーヒーを一つ頼むぜ〜」
いつもと同じ注文内容。それを聞くと店長は手際よく豆を挽き始め、心地よい香りが広がって行く。何をするでもなくその時間を楽しんでいよう。
「3番テーブルね。」
「んー」
先ほどまで座っていたフードの少年がやる気のない声と共に立ち上がり、出来上がったコーヒーを運んできた。
「お待たせしました」
コーヒが運ばれてくる。カップを近づけその香りを近くで堪能する。いい匂いということしかわからないが、それでいいのだ。通ぶりたいわけではないのだから。
(静かな店内においしいコーヒー。こういう雰囲気は穴場じゃないと楽しめないよな〜。いいところを見つけたぜ〜。ここは誰にも教えられないな〜)
コーヒーを一口含む。
「ノウン!いる!?」
「ゴフッ!ゲホッ!」
バタンと勢いよく扉が開けられる。突然の爆音にコーヒーが逆流してしまった。咳き込む口を必死に抑える。開かれた扉の方には、赤い髪をたなびかせた少女が息を切らしながら飛び込んできた。
「あれラトリック?どうしたんだい?」
「お、お前さんがなんでここに!?」
「あれ!?エトワーもいる!?」
三者三様の反応。
「「「ん?」」」
何が起こったのか理解できず、三人は頭に疑問符を浮かべ硬直してしまった。
*
「エトワー=ルートだぜ。よろしくな〜。気軽にエトワーって呼んでいいぜ〜」
「ノウン=シャダル。こちらこそだね」
居合わせた三人が店内のソファに腰掛ける。唯一全員と関係があるラトリックだけが珍しいものを見るような眼差しで二人を眺めていた。
「それで?ラトリックは何の用?」
そんな空気を変えようとノウンはラトリックに話を振った。
「あっそうだ!こっ、これを見て!」
急に慌ててポケットからとあるものを取り出す。それはあの日から彼に借りていた四角錐のネックレス。
「み、見て!色が薄いの!壊しちゃったのかなぁ!?」
受け取った時には光を通さないほどの濃い紫色をしていた。しかし、今は水で薄めたのかという程にまで明度が上がっている。それを通して見ても、反対側の景色がぼんやりと映るほどに。しかし、それを見たエトワーが目をギョッとさせた。
「んぇっ!?」
「ほへー。凄いなぁ」
エトワーからは驚愕が、ノウンからは賞賛が飛んできた。
「それ魔封石か!?そんな純度とデカさのやつ初めて見たぞ!?」
驚愕を示した方が前のめりになりながらそれに注目する。
「魔封石?これはお守りよ?魔封石ってあの石ころみたいなやつのことでしょ?」
そんなわけないだろう、という顔のラトリック。エトワーはそんな彼女の反応を見てはぁぁ、と大きくため息をついた。
「いいか!?魔封石ってのは周囲の魔力を取り込み、蓄積する性質を持った鉱物の総称!店で売ってるやつ以外にも種類がある!」
「へー」
「なんだその反応!?魔封石の質は大きさと純度で決まるんだ!お前さんが今持ってる物!まず間違いなく最高級の石なんだぜ!?」
早口で捲し立てるエトワー。その勢いでどんどん前のめりになっていく。普段の間延び声からは想像もできないくらいの積極性だ。
「でもでも!それならおかしいことがあるよ!」
ラトリックは彼女を押し返しながら言い返す。
「これが魔封石なら私はずっとこれに魔力を吸われながら戦ってたことになるよ!?それはおかしいんじゃない!?この前の城外訓練だって直に付けてたし!」
魔封石は直で触れていると魔法使いが放った魔力も吸収してしまう。なので基本的には格納庫などで隔離して持ち運ぶのが基本なのだ。
「え?そうなのか?」
先ほどまでの勢いが嘘のようにぴたりと止まる。
「そうだよ!」
「うーーん。そうなのか。じゃあ違うのか〜?本物なら買い取ろうと思ったのにな〜。億は余裕でだせるぜ、、、」
「ダメに決まってるでしょ。商人の悪いところが出てるわよー!これはノウンの!、、、で、実際のところどうなの?流石に違うわよね?」
彼女を嗜めながらノウンへ質問を投げかけた。彼はいつの間にか到着していたカップを片手に頬杖をついている。心なしか、これを言わないほうがいいか?というような表情をしていた。
「あー、、、。実はそれ魔封石なんだよね。決められた方法でしか魔力を蓄積せず、触れている者に溜まった魔力を流し込むんだ。色が薄くなったのは中の魔力を消費したからじゃないかな」
「え」
若干言い淀みながらもノウンは回答した。おそらく彼の予想通り、エトワーの商人の血が再び騒ぎ出してしまったようだ。獲物を狙う目になる。
「これ!何処で手に入れたんだ!?」
「貰い物だから分かんないんだ。ごめんね」
「そうか〜〜〜、、、!ノウン君!10億だs」
「ダメ」
「くぅぅぅ〜〜、、、」
頬に手をついたまま食い気味に買取不可を言い渡すノウン。エトワーは諦めきれないような目で石に視線を向けるが、持ち主に拒否されてしまってはどうしようない。悲しそうに席に戻りコーヒーを口につけた。
*
「考え直してみないか〜?もし10億出すってのが嘘だと思ってんならそれは間違いだぜ〜?父上に借りるからさ〜」
「お目は高いけど駄目。貴重なものなんだから」
「往生際が悪いわねー」
未練がましく交渉を続けるがいい返事は得られないようだ。突っ伏したエトワーの頭上にだけ曇天がかかっているような気がする。
「しょうがないか〜。諦めが肝心だからな〜」
「とても諦められてるようには見えないなぁ」
今その顔を上げたらまたあのギラギラした目と合うことになるだろう。そんな昼下がり、コンコンと窓を叩く音がした。
「あれ?鳥がぶつかってきちゃってるわね」
「鳥?」
何事かとそちらを見るノウン。その先には鳥を追い払おうとするラトリックの姿があった。窓の外を覗き込むように立っている。
「どっかいきなさいよっ、、と」
そうして彼女が窓に手をかけた瞬間、その鳥は勢いそのままに窓をすり抜けて店内へ入ってきた。
「うわぁ!?」
彼女の眉間に向かって勢いよく激突する。数歩後ずさったラトリックは、剥がれない黄色い物体を引き剥がそうと思いっきり引っ張った。
「いたたたたたた!何よこいつ!ガラスを割って、、、あれ?無事?私まだ開けてないよね?」
ようやく引き剥がせたそれは、よく見ると何処か歪だった。本来全身を包んでいるはずの羽毛がない。その表面に凹凸が存在せず、全てが線によって構成されている。生物というよりは絵に近い感触を受けた。その足に赤と青の紙が括り付けられている。
ラトリックの騒ぎ声でのっそりとエトワーが顔を上げた。
「言伝鳥?若馬の厩舎からの連絡か〜?」
「へー。若馬の厩舎にはこんな使い魔がいるんだね」
興味深そうにノウンは鳥をじろじろ観察する。
「全く!壁をすり抜けるなんて聞いてないわよ!」
その足に括り付けられた紙を取り外す。その瞬間、その鳥は霧のように消えていってしまった。その光景にラトリックはその小さい肩を震わせてしまう。
「えっ!?なんでっ!?私何もしてなっ!?」
「いや役目を終えたんだから消えるだろ〜。使い魔って生物じゃなくて魔力の塊だぞ〜」
エトワーがよろよろと立ち上がり、ラトリックの手から青の紙を受け取る。そのまま興味がなさそうにそれを広げる。
「そ、そうなんだ!知ってたけどね!?」
「嘘つけ。それで?重要事項なら席外そうか?」
ノウンは立ち上がる準備をしながらそんなことを聞いた。
「ん〜どれどれ、、、。あぁ、機密はないから大丈夫だぜ。ボランティアの募集だ」
「ボランティア?、、、!?」
ラトリックも赤の紙を広げる。そしてそこには、
「フェリス大教会、護衛大募集!!」
という文言がでかでかと描かれていた。
4-1話です。ラグメラです。
お久しぶりノウン。書くの遅すぎで出番が作れなくてごめんね。




