第1章―6
佐藤一等兵曹は、新しく着任した米内洋六大尉が頭を抱え込む姿を見ながら、頭の片隅で考えていた。
決して無能な人では無く、むしろ有能とは伝え聞いているが、余りにも情で動くような人の気がする。
後で情で動きすぎて、色々な問題を米内大尉が起こさねば良いが。
下士官同士の人的つながりによる情報は、それなりに詳細なモノがある。
佐藤一等兵曹は、自分の目の前にいる米内大尉について、自分が今までに聞いた話を思い起こした。
米内という姓から想像される通り、第二艦隊長官を務める米内光政中将の遠縁にあたるらしい。
そして、米内中将と同様に酒が好きで、芸者にもてたそうだが。
米内中将と違って、芸者との付き合いが下手で、子どもをつくってしまい、一騒動起こしたらしい。
とはいえ、周囲が見る限りは芸者の方が悪かった、ということで、暫くの自主謹慎程度で済んだとか。
後、自分なりに責任を執るとして、その子どもを引き取ったのもあるのだろう。
実際にそれを裏付けるような話を、私も仄聞している。
それこそ上海特別陸戦隊に、新たな士官が転勤で来た際には、芸者を揚げての賑やかな歓迎会が行われるのが通例なのだが。
米内大尉が上海に転勤した際には、芸者を揚げることはなく、上海海軍特別陸戦隊司令官の荒木貞亮少将自らが、
「米内大尉にとって、芸者を呼ぶのは鬼門だからな。芸者は絶対に呼ばないように」
と命令を下した上で、歓迎会が行われたとのことだ。
そうしたことからすれば、米内大尉の話は真実味があるとしか、自分には考えられない。
だが、その一方で、そんな人物であるのはともかくとして、現に第二艦隊司令長官を務めていて、何れは海軍三顕職(海軍大臣、軍令部総長、連合艦隊司令長官の三職のこと)を務めるのは間違いない、と自分達の間で噂が流れている米内中将の遠縁になる人物に、自分の認識を伝えておくことは、今後の日本の行く末にそれなり以上の影響を与えるのは必須の気が、自分はしてならない。
それにきな臭いにも程がある話も、自分は全くの噂に過ぎないとはいえ聞いてもいるのだ。
そんな想いが浮かんだことから、佐藤一等兵曹は、米内大尉に自分の考えを伝えることにした。
「何処まで本当なのか、よく分からない話ではありますが」
それなりの前置きを置いて、佐藤一等兵曹は、米内大尉に語り掛けた。
「うん。どんな話を聞いているのだ」
米内大尉は、佐藤一等兵曹に顔を向けて、尋ね返した。
「中国国民党の背後には、ドイツ政府がいて、排日、反日を使嗾しているとのことです。実際、全くの嘘八百とも私には考えられません。中国国民党軍が装備する兵器ですが、ドイツ製が多々あります」
佐藤一等兵曹は、わざと声を潜めて、米内大尉に伝えた。
声を潜めて言うことで真実味が増す、という自らの経験を踏まえての佐藤一等兵曹の言葉は、米内大尉の琴線に触れた。
「中国国民党軍の装備する兵器に、ドイツ製が多々あるというのは本当なのか」
米内大尉は、思わず声を潜めながら答えた。
「はい。間違いありません」
佐藤一等兵曹は、敢えてそれ以上の事は言わなかった。
実際に間違ったことは言っていないし、それ以上の事は米内大尉自身が調べた方が、海軍上層部に影響を与えられる、と佐藤一等兵曹は考えたのだ。
「そうか」
米内大尉は、佐藤一等兵曹に返答しながら、自分なりに考えを進めてまとめた。
佐藤一等兵曹の言葉に、何処までの真実があるのか、調査しない訳には行かない。
考えてみれば、先の(第一次)世界大戦で、日本とドイツは交戦したのだ。
ドイツが中国国民党を支援するのはあり得るどころか、当然の話に近い。
米内大尉は、ドイツの武器支援等について調査を決断した。
尚、この辺りの国民党軍の兵器等については、私が調べた限りの史実に准じています。
だから、既に国民党軍の背後にドイツがいるのは、それなりに史実でも知られていたのです。
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