第4章―15
そういった事態が、会議の場であったことから、上海海軍特別陸戦隊の上海からの撤退は、上海からの退避を希望するユダヤ人と共に行われることになった。
尚、この会議の結論に伴う上海からのユダヤ人の退避だが、この当時の廣田弘毅首相率いる日本政府の面々は、苦汁を呑む想いをしながら、受け入れることになった。
何しろ上海から緊急退避した後のユダヤ人の行く先は、完全に未定だったのだ。
そうした状況とあっては、彼ら、ユダヤ人を日本本土で数千人規模に過ぎないという見方もあるが、日本政府は受け入れざるを得ないのだ。
そして、日本に受け入れたユダヤ人に対する支援等を、日本政府はどうすべきなのか。
何しろ、この当時、こういったユダヤ人難民の大量受け入れを、欧米諸国はほぼ拒んでいる、という現実があっては。
日本に受け入れた後のユダヤ人を、日本に住ませるべきか否か、更には日本に住ませない、として、彼らを何処に送るべきなのか。
日本政府が彼らの行く末等に、頭を痛めるのも当然、としか言いようが無かったのだ。
とはいえ、彼らの退避、亡命希望を単に拒んでは。
ユダヤ人難民を庇護しないとは、日本政府は非人道的だ、等の更なる国際的批判が高まる現実が目に見えていては。
廣田内閣は、ユダヤ人難民を日本本国に受け入れる決断を行わざるを得なかった。
だが、これは想わぬ事態を更に招くことにもなった。
１９３７年１１月上旬、この頃が主に新月期に当たっていたこともアリ、着の身着のまま、と言っても過言では無かったが、上海海軍特別陸戦隊と共に、日本本土への亡命を希望したユダヤ人難民（その多くが老人や女性、幼児や少年）は、無事に日本本国へ脱出できた。
だが、このことは、ライヘナウ将軍の意向を受けた上海市街への攻撃を行なっていた中国国民党軍にしてみれば、絶好の口実になった。
「日本の上海海軍特別陸戦隊と共に、上海在住の一部のユダヤ人が日本本国への亡命を行ったのは、長年に亘って、ユダヤ人が積極的に日本と協力していた明確な証拠だ。全ての上海在住のユダヤ人は、漢奸、非国民、売国奴として殺戮されるのが当然なのだ」
そう上海に進駐した中国国民党軍は主張して、上海に残っていたユダヤ人を相手に容赦のない殺戮等を行ったのだ。
更に既述だが、日本軍に協力していたとして、上海在住の民間人に対し、中国人、外国人を問わずに中国国民党軍が攻撃を行なっている現実があっては。
幾ら蒋介石の妻の宋美齢等が、
「中国国民党軍の上海における行動は、不当な侵略者である日本軍への正当な自衛行動の一環に過ぎない。そもそも日本軍の行動が、このような事態を引き起こした」
と反論を行っても。
着の身着のまま、やっとの想いで、日本本国への脱出を果たしたユダヤ人の老人や女性、幼児や少年の姿が、写真付きで全世界に垂れ流される事態が起きては。
米英仏等の諸外国政府の多くが、自国民に被害が出たことも相まって、
「幾ら何でも、限度がある。このようなユダヤ人迫害は断じて許されるモノではない。ユダヤ人の老人や女性、幼児が日本人に積極的に通謀して、中国国民党政府を攻撃した明確な客観的証拠があるのか。それこそ一方的な主張しか無いではないか」
との声明を発表し、掌返しにも程があるが、日本政府に寄り添うような態度を示すように、これ以降はなる事態が起きた。
そして、日本軍の万里の長城以南からの完全撤退、という事態も前後して起こったことから。
ドイツ政府は、これ以上ドイツから派遣された軍事顧問団の面々を、中国国民党軍に協力させては国際的孤立を招くとして、ドイツ本国に彼らの多くを１９３８年初頭には呼び戻す事態が起きることになった。
これで、第４章を終えます。
そして、１９３８年初頭のカナリス提督視点、ハイドリヒ視点の閑話を１話ずつ、投稿した後、日本に亡命できたユダヤ人の運命が垣間見える第５章を投稿します。
（最初は、第５章を日中戦争の敗北に伴う日本陸海軍の改革に主に当てるつもりでしたが、この際、上海から亡命したユダヤ人の運命等を描いた上で、と路線変更しました）
ご感想等をお待ちしています。
