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第2章―10

 米内洋六大尉は、改めて自らのこと、更には日本の行く末を考えざるを得なかった。


 海軍大学校に入る話が昨年来、自分に出ているが、海軍大学校に入るということは、ここ上海から内地に異動することであり、まるで前線からの逃亡を図るようで、どうにも自分には躊躇われてしまい、海軍大学校への入学を辞退している。


(更に言えば、陸軍大学校を卒業しなければ、将軍(将官)にほぼ成れないと言える陸軍と違い、海軍の場合、海軍大学校に入らなくとも、提督(将官)に出世するのが可能というのもあった。

 海軍大学校に入学せず、加藤寛治や野村吉三郎といった大将にまでなった人までいるのを、実際に見聞きしていては、米内大尉にしてみれば、海軍大学校に何としても入ろうという気が起きなかったのだ)


 そんなことから、自分は上海特別陸戦隊勤務を続けているのだが、こういった日中の緊張関係は何時まで続くことになるのだろうか。

 下手をすると、永久に続くのではないか、そんな想いさえも自分はしてしまう。


 先日、定期異動で内地に異動した佐藤一等兵曹に、自分は言われた。

「閣僚とか、海軍三顕職とか、を務める身ではない以上、生きて家族の下に帰れるように努めるしかないですよ。それ以上のことをしよう等、それこそ自分の職責、分限を超えることですから」

と佐藤一等兵曹は、自分に言い置いて内地に向かった。


 実際、佐藤一等兵曹が言う通りなのだ。

 閣僚や海軍三顕職を務めていない以上、上からの命令に黙って従うしかないのが、自分の立場なのだ。

 だから、割り切るしかないと考えざるを得ないのだが、そう割り切れない自分がいる。


 せめて日中の対立を煽る存在が無ければ、と自分としては考えるのだが。

 ドイツが中国に肩入れして、更に日中の対立を煽っている現実がある。

 日本陸軍の主流派は、歴史的経緯から親ドイツ的傾向が強いので、日本とドイツの対立を、少しでも鎮めようと尽力しているようだが、ヒトラー率いるドイツ政府の行動に徐々に匙を投げているようだ。


 このまま行けば、西安事件のてん末といい、最悪の事態が起きれば、国共合作を媒介にした中独ソによる対日戦争が起きるような未来が、自分には垣間見えてくる気さえする。


 米内大尉は、余りにも重い未来から、少し現実逃避して、自分の家族のことを考えることにした。


 娘の藤子は相変わらず小学校内の人気者で、才色兼備といって良い存在らしく、学級委員を周囲から推されて務める有様らしい。

 出生のことから、斜めに見る者がいない訳ではないが、下手にそれを声高に言うと、藤子の味方から袋叩きといって良い事態が起きるらしく、藤子はのびのびと過ごしているとか。


 そして、養子(甥)の仁は中学校に通っていて、文武両道で頑張っており、自分の後を追って、海軍兵学校への入学を目指しているようで、妻の久子からの手紙に因れば、必ずしも無理ではないらしい。

 又、仁と藤子の仲は、仁と藤子、更には久子からの手紙を信じる限り、順調だとか。


 米内大尉は、仁と藤子が何れは本当に結婚するのではないか、とまで思わず考えてしまった。

 実際に二人は義兄妹に過ぎず、実の従兄妹ではあるが、結婚に障害は無いといって良いのだ。

 更に言えば、自分にしても好ましい、と考えてしまう。


 米内家の跡取りは、どうのこうの言っても仁で、自分の子は何れは米内家から出ていくしかない。

 そうなったとき、妻の久子の子でない藤子は、余りにも弱い立場になる。

 それを補うことを考えれば、仁と藤子の結婚は望ましいことなのだ。

 

 小学生の藤子について余りにも先走り過ぎ、と自分でも考えつつ、前線といってもよい状況下に自分がいることから、米内大尉はそこまで考えた。

 私が戦前の家制度を調べた限りですが。

 この当時、米内大尉の父は健在で戸主の立場です。

 そして、米内大尉の父が亡くなった場合、誰が家督を相続するかというと、長男の長男になる仁という現実があります。

(更に言えば、米内大尉の父に、藤子を米内家から追い出すと言われたら、米内大尉はそれに黙って従うしかないと言う現実が)

 そうしたことが、米内大尉の考えの背景にあります。


 これで、第2章を終えて、閑話としてカナリス提督視点の話を1話投稿し、いよいよ日中戦争直前の第3章になります。


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