第17章―15
そんなことを考えながら、懸命に軍務に励んでいた1940年9月末、米内久子は色々と想わぬ話を聞くことになっていた。
「バトルオブブリテンが終局に近づきつつある、と言う観測が広まっているのですか」
そうささやいてきた、上官になる海軍航空隊士官に対して、久子は思わず声を潜めて答えていた。
「そうだ。徐々にドイツ空軍の英本土空襲の規模が低下している。流石のドイツ空軍も損害に耐え兼ねつつあるのでは、という観測が広まっているらしい」
久子の答えに、その海軍士官は更に言った。
確かにドイツ空軍の損害は軽視できないレベルになりつつあり、そろそろ息切れして、補充等にドイツ空軍は努めざるを得ないのではないか、という噂が自分の周りに広まってはいたが。
本当にそうなるかもしれないとは。
そんなことを久子が考えていると、その海軍士官は、少し揶揄する口調で言った。
「旦那からは、何も聞いていないのか」
「ええ。お互いに仕事に忙しくて」
久子は、内心でカチンと来て、思わず口答えした。
本来的には不敬だ、と叱られて当然だが、久子にしても、先日、夫に叱り飛ばされたばかりだし、更に言えば、夫が海兵隊の一員として再編制等に苦労しているのを、様々な経路から聞かされている。
そして、自分も米国から提供された重爆撃機の整備に色々と忙しく、お互いに連絡を取るどころではない状況にある。
とはいえ、これはこれで、夫婦がすれ違っているようで、久子としてみれば落ち着かない状況なのだ。
久子の内心を何処まで察したのか。
その海軍士官は、更に言った。
「そんな状況なら、更に忙しくて、お互いに連絡が取れない事態が起きそうだな。夫婦間の溝を深めることになるとは、少し気の毒な気がするな」
どこまで本気で言っているのか、そんなことを言われては。
久子は、どんな事態が起きるのか、と身構えることになったが、その海軍士官は、からかっているだけのつもりだったらしく、軽く言った。
「間もなく、陸軍航空隊の面々がこの地に来るらしい」
「えっ」
久子は驚愕した。
陸軍航空隊は、この地に来ない、対ソ戦に専念すると言う噂を自分は聞いていたのだが。
「更に言えば、英軍の外人部隊、ユダヤ人部隊も、この動きに協力して、分遣隊を此処に派遣すると言う話が出ている。日本陸軍とユダヤ人部隊で交流して、お互いの腕を磨こうということらしい」
その海軍士官は、何とも感情を感じさせない口調で淡々と言った。
久子は考えた。
何故にそんな話が出ているのだろうか。
何らかの裏事情があるのだろうが。
更に言えば、目の前の海軍士官、尉官級では分からないことなのだろうな。
久子のそんな考えを無視して、海軍士官は更に言った。
「ともかく、そんなことから、女性補助部隊である整備部隊に、多大な負担が掛かることになりそうだ。何か問題が起きれば、速やかに報告するように」
「分かりました」
久子は、海軍士官の言葉に力強く答えた後、本来の軍務、整備任務に精励したが。
その一方で、整備任務に従事しつつ、内心で考えざるを得なかった。
陸軍航空隊が何故に来るのだろうか。
欧州には海軍しか派遣されない、という噂が流れていたから、自分は海軍に志願したのだが。
私の聞いた噂は間違っていたのだろうか。
更に考えれば、英軍のユダヤ人部隊が分遣隊とはいえ、この地、ブルターニュ半島に来るのは、何か裏事情が絡んでいる気がしてならない。
もっとも、自分に何処までのことが分かるのか、といえば、それこそ群盲象を評す程度のことしかできないのだろうけど。
其処まで久子は考えを進める内に、ふと気づいた。
ひょっとして、カテリーナ・メンデスと自分が逢う事態が起きるのではないだろうか。
これで、第17章を終えて、次話から第18章になり、日本陸軍航空隊が欧州に派遣され、ユダヤ人部隊と邂逅する話になります。
尚、カテリーナ・メンデスも登場予定です。
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