第16章―6
そんなことがあったことから、米内久子は懸命に自分達の部隊に新たに配備されたB-18の整備等に励むことになり、夫の米内洋六少佐の下を訪ねるどころではない事態に陥ったのだが。
夫の洋六の方が、妻を心配等し、外出許可を取得して、久子の下を訪ねて来る事態が8月中に起きた。
そして、夫婦の再会早々に何が起きたのかと言えば、言うまでもないことかもしれないが、夫が妻を叱る事態だったのだ。
「全く子ども達のことを考えろ。乳離れしたばかりの松江まで、小林家に預けるとは何を考えている」
「小林家は、私の頼みを快く受け入れてくれました。それに、藤子が言い触らしていますけど、藤子の実母の小林千代は、貴方の先妻(細かく言えば内妻)でしょう。貴方の子ども達の面倒を見ても、おかしくない間柄でしょうに」
ああ言えば、こう言うに近いが、夫の洋六の叱声から、久子は懸命に言い逃れを図った。
「いい加減にしろ。それならば、子ども達の預け先については、(自分の両親のいる)米内家を頼るのが、本来だろうに。米内家を頼りたくない事情(洋六の兄の死亡等の経緯)があるのは分かるが、既成事実を突きつけるような遣り口をしては、流石に妻のお前を庇えるか」
洋六の叱声は続くことになり、久子は身をすくめるしか無かった。
とはいえ、洋六もそれなり以上に、これまでの久子と米内家の経緯を把握している。
更に言えば、藤子を始めとする子ども達の希望からすれば、縁もゆかりも無いといえる岩手の自分の実家の米内家よりも、横須賀の小林家の方に子ども達を預けるのが無難なのが理解できる。
そうしたことから、小一時間も久子を洋六は叱ることになったが、最終的には久子を洋六は許すしかないことになった。
そして、身をすくめる時間が終われば、久子にしてみれば、洋六に対する反撃の時間到来である。
久子は、洋六が欧州でカテリーナ・メンデスと浮気をしている、と考えている。
そして、そこをつつけば、洋六が完全に開き直るか、それとも謝罪するか、だと考えていたのだが。
久子が、カテリーナのことを洋六に尋ねたところ、思いも寄らぬ返答が返ることになった。
「カテリーナなら、英空軍少尉になっていて、未だに最前線任務には着いていないが、ブルターニュ橋頭堡に展開している英空軍部隊へのフェリー任務には従事しているらしいな。ともかく、自分が欧州に来てから、ずっと直に会っていなくて、手紙のやり取りしかしていなくて、後は無責任な噂話を、人を介して聞くしか無くて、どうしているのか、今一つ、分からん。彼女に避けられている気さえする」
「えっ」
色々な意味で、久子は絶句することになった。
久子は自分が下士官である以上、年下のカテリーナは当然に自分より地位が下だと考えていたのだが、何とカテリーナは少尉だ、と夫から教えられたのだ。
これでは逆立ちしても自分は勝てず、カテリーナに自分は敬礼するしかない。
夫の愛人らしい女性に敬礼する等、屈辱極まりない気が自分はしてならない。
その一方で、自分の考え、夫がカテリーナと浮気をしているというのが、邪推だったことについて、安堵する一方、子ども達を結果的に捨てたことに、子ども達に申し訳ない想いが浮かんで仕方がない、とも久子は考えざるを得なかったが。
その一方で、何故にカテリーナが、夫を避けているのか、と久子は考えざるを得なかった。
女の勘だが、カテリーナは夫と関係を持ちたい、と積極的に行動しているように、自分には思えてならなかったのだが。
久子の考えを何処まで察したのか、洋六は呟いた。
「カテリーナは初陣を飾っていて、敵機撃墜を果たしたらしい」
「えっ」
久子は再度、絶句して考え込んだ。
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