第13章―9
ユダヤ人を始めとする一部のオランダ人が、ドイツ軍の攻撃を免れようと、オランダからベルギーへ、更には英仏等に亡命しようとする動きが起きたことが、日本海兵隊やユダヤ人部隊の間で、ある決意を生み出すことになった。
今のところは何とか耐えているが、ベルギー方面からドイツ軍の一部がオランダに向かいだしては、とてもオランダを守り抜くことはできない。
更に言えば、ベルギー方面の戦線は、徐々にだが英仏白連合軍が総崩れになりつつあると言っても過言ではなく、そこからドイツ軍がオランダ方面に一部を転用することは容易になりつつあるのだ。
そして、冷たいと言われようと、自分達はオランダの大地で死ぬ訳にはいかない。
せめて人間としての何か、自分達の良心等を守って、オランダから離れて亡命しようとしているユダヤ人を含むオランダ人を守って、オランダから撤退していこう。
大川内傳七少将らには、何とか優勢に戦えている今、自分達はベルギーから仏方面への撤退を決断せねば、何れはどうにもならなくなるというのが見えていたのだ。
オランダ本国軍も、日本海兵隊やユダヤ人部隊、(通称)イスラエル師団の判断を諒とせざるを得ない、と苦汁を呑む想いをしつつ認めざるを得なかった。
実際、オランダの主要都市に対する大規模無差別恐怖爆撃を、ドイツ空軍は行っているのだ。
更に第二次上海事変の後、上海で何が起きたかを考えれば、オランダにいるユダヤ人は片端からドイツ軍によって殺戮されるだろう。
そして、上海でそうした蛮行を行ったライヘナウ将軍率いる第6軍の一部が、ベルギーからオランダに向かいつつあるという情報まで、オランダ本国軍司令部に入ってきては。
この際、オランダを離れるという日本海兵隊やユダヤ人部隊にユダヤ人等の難民を託して脱出させるしかない。
そうオランダ本国軍司令部は判断し、日本海兵隊やユダヤ人部隊の行動を是認した。
そして、仏第1軽機甲師団とも共闘しつつ、日本海兵隊やユダヤ人部隊は、ユダヤ人等の難民を庇護してオランダを離れることになった。
米内洋六少佐は、こうした状況について、止むを得ない判断だ、と考えつつ、苦い想いをせざるを得なかった。
「上海とある意味では同じだな。ユダヤ人等の難民を何としても、オランダ本国から逃がさない訳には行かない。逃れた先の外国で、彼らは不法難民として責められ、裁かれるかもしれないが、ドイツ軍によって虐殺されるよりは遥かにマシ、と考えるしかないだろう」
そう自分を慰める為もあって、米内少佐は呟くしか無かった。
米内少佐自身は、ドイツ軍のオランダ侵攻作戦が始まって以来、海兵旅団の一員として、主に第9装甲師団と激闘を繰り広げていた。
戦車の量的には、ドイツ軍の4割程しか戦車が無いとはいえ、質的には日本海兵隊が圧倒しており、更に言えば、日本海兵隊の対戦車砲は、事実上は75ミリのM1897野砲が用いられている。
更には将兵の練度等は、日本海兵隊が勝っていることもあり、第9装甲師団の攻撃を凌ぐどころか、優勢裡に戦えている、と現状では言えるだろう。
だが、これは所詮は数日間のこと、せめてベルギー方面の戦線が維持されていれば、と自分としても考えざるを得ないが、ベルギー方面の戦線が、ドイツ軍の攻勢によって崩壊しつつあるとあっては。
ライヘナウ将軍率いる第6軍が、オランダ方面の戦線梃入れの為に赴くのは必至で、更にライヘナウ将軍が上海で何をしたのか、ということまで考えれば。
自分達は、ユダヤ人等のオランダ本国からの難民を不法難民と言われようとも、ベルギーから英仏両国等へと亡命させていくしかない。
米内少佐は、そう決意するしかなかった。
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