閑話―3 1940年3月下旬の久子の想い
忘れておられる方もおられる、と考えるので補足説明を。
米内久子は1900年生まれになります。
(尚、米内洋六は1904年生まれ、カテリーナ・メンデスは1916年生まれ、米内仁は1922年生まれ、米内藤子は1928年生まれです。
そして、他の主な登場人物は、史実通りに生まれていますが。
登場人物について、この人は何時の生まれ等の問い合わせが感想やメッセージであれば、適宜、返答します)
そうしたことからすれば、米内久子は軍人になるにはギリギリの年齢なのです。
そんなことから、この後の事態が招来されます。
少なからず場面が変わることになるが。
実際問題として、1940年3月下旬時点で、館山海軍航空隊の下に配属されて、様々な教育を受けていた米内久子にしてみれば、米内藤子(や仁)の暗躍によって、引き起こされた情報が自分の下に届くことは、腹立たしい考えが浮かんでならない一方で、止むを得ないことか、とある程度は割り切らざるを得ない、という考えを久子にさせる事態を引き起こしていた。
実際問題として、米内久子からすれば、継娘で養女で、実の息子の仁の許嫁(?)にもなる藤子は、極めて気に食わない存在だった。
(それこそ八つ当たりと言われて当然だが、藤子が久子の実子の仁と仲良くなることさえ、久子にしてみれば。気に食わない女性が、自分の実子と親しくなるようなことで、断じて許せない、と内心では叫ぶ現実があったのだ)
そんな事態があった一方で、久子は決して表立っては認めないが、夫の洋六が、カテリーナ・メンデスと浮気をしているように考えられてならず。
カテリーナ・メンデスが、英政府のユダヤ人部隊に志願する事態が起きて、更には、夫の洋六が欧州に赴く事態が起きたことから、夫とカテリーナ・メンデスが関係を持たないように監視しようと、自身も海軍の女性補助部隊に志願して、欧州に赴こうとする事態が起きていたのだ。
そんなこんな(?)が積み重なった事態が起きる一方で、久子は改めて、海軍の女性補助部隊の一員として、航空隊の整備士としての教育を受けて、それに熟練する事態が起きていた。
少なからずズレた話になるが、こういった志願兵(?)については、本来的には年齢を無視して経験に見合った下士官兵等の階級が与えられるのが、当然と言って良いことではある。
だが、このような緊急事態(?)において、そういったことを完全に貫くのは、色々と難しいことで、後々でトラブルを起こしかねないが、抜擢人事(?)が結果的に引き起こされるのは、ある意味では仕方ない(では本来済まないのだが)事態だった。
そんなことから、久子は下士官として抜擢され、海軍航空軍曹(史実で言えば、海軍二等整備兵曹)に任ぜられる事態が、1940年3月時点で起きていたのだ。
そして、久子は座学を始めとする様々な研修を受けることで、同時に女性補助部隊に志願した面々の中では一頭地を抜いた下士官になってもいた。
そんなことから、
「これが97式飛行艇ですか」
「そうだ。世界最高峰の飛行艇と言っても過言ではない」
そんな会話が、久子達の傍で交わされる事態が起きていた。
「英仏に対して、日本の面子を示す一環と言うのもあるのだが。97式飛行艇で編制された航空隊が、今年中には欧州に派遣される予定になっている。その整備に、欧州において女性補助部隊は当たるように」
「分かりました」
海軍省から派遣されて、館山航空隊司令官に任命される予定の佐官は、久子達の女性補助部隊に対して指示を下して、久子達は即答した。
その一方、久子はそれなり以上の立場にいる面々が閨閥にいる存在でもある。
そうしたことから、久子は皮肉を言わざるを得なかったが、佐官の返答に慄然とした。
「97式飛行艇は素晴らしいですね。更なる飛行艇開発があるのでしょうか」
「うん、あるとも。それこそ世界最高の飛行艇が、我が海軍によって開発製造されるだろう」
「そうですか」
久子は、それ以上の言葉を発する気に成れなかった。
(尚、このやり取りをした佐官は気が付いていなかった)
久子は改めて考えた。
飛行艇は色々な意味で難儀な存在なのに、更に海軍は開発製造を進めるつもりのようだ。
どうにも裏がある、としか自分には考えられないことだ。
それなりで収まってほしいものだ。
女性補助部隊も軍人である以上、階級が当然にありますが。
今後のことを考え合わされた末、士官については20代前半から選抜される事態が起き、米内久子は下士官に止まる事態が起きた、ということでお願いします。
(この辺り、私なりに英国の婦人補助部隊を調べたのですが、詳細が不明で、私なりの憶測で描いています。
誤りが多々あると考えますが、どうか緩い指摘を平にお願いします)
ご感想等をお待ちしています。




