第1章―9
荒木貞亮少将が主催する会議に参加している面々は、会議が進行するにつれて、渋い顔をする者が増える一方になっていった。
勿論、米内洋六大尉も、その中の一人だった。
このままドイツ政府と中国国民党政府の協力が深化していっては、日本が中国国内から叩きだされる事態が引き起こされてもおかしくないのではないか。
そんな考えが、米内大尉の脳裏では浮かび、荒木少将を始めとする他の面々の間でも、同様の考えをする者が増える一方になっていた。
とはいえ、そのままで済ませる訳には行かない。
米内大尉は、末席に近い立場ではあったが、敢えて声を挙げざるを得なかった。
「ドイツ政府と中国国民党政府の仲を割いたり、又は、日本政府とドイツ政府が手を組んだり、するようなことはできないものなのでしょうか。勿論、上海にいる自分達の立場からすれば、完全な越権行為に他なりませんが、日本政府に現状、自分達の情報分析を伝えて、善処を求めるに如くはない、と考えます」
「確かにその通りだ。米内大尉が言うまでもなく、自分も海軍省等にそれなりに考えを伝えている」
荒木少将は、米内大尉に即答した。
だが、その後に続いた荒木少将の言葉に、会議に参加している面々は、更に渋面を深めた。
「ドイツ政府だが、中国国民党政府と積極的に協力することで、資源調達を進めて、自国の再軍備を進捗させたいようなのだ。さて、日本政府が、ドイツ政府の求める資源を提供できると考えるか」
「それは」
米内大尉は、それ以上の言葉が出ずに絶句するしか無く、他の面々も沈黙するしかなかった。
言うまでもなく、日本は資源小国であり、更に言えば、自分達、海軍軍人が陰に回っては自嘲していることだが、米国を第一の仮想敵国としつつ、米国からの資源輸入無くして、ほぼ戦争が遂行できない、という笑えない状態にあるのだ。
そういった状態にあるのに、ドイツ政府が求める再軍備の為の資源提供等、日本政府が逆立ちしても出来る筈が無い。
「米内大尉ならば、知っているかもしれないが。ヒトラー総統の外交顧問のリッベントロップ氏等、ドイツ政府内に親日派が皆無という訳ではない。リッべントロップ氏に至っては、第二次ロンドン海軍軍縮会議予備交渉で海軍側首席代表を務めている山本五十六中将に対して、対ソ間で日独が協調できないか、として密かに防共協定の打診までしたそうだ」
荒木少将は、意味深な表情を浮かべながら、会議の面々に対して言った。
米内大尉は、それを聞いて考えた。
ヒトラー総統率いるドイツ政府が反共を訴えている以上、確かに日独防共協定締結はアリやも。
実際問題として、海軍はともかく、陸軍は常に対ソ戦を想定し続けているし、共産主義者の脅威が日本国内に皆無とは言い難い。
その為に、日本では治安維持法が制定等されている現実もある。
満蒙にソ連軍が攻め込む危険性が皆無とは言えない以上、日独防共協定を締結して、ソ連を牽制すると言うのは有効な手段だ、と自分も考えるが。
「だが、それはあくまでも少数派だ。ドイツ政府内の主流は、中国か日本かの選択を迫られれば、圧倒的多数が、中国を選ぶ現実がある。特に難儀なのが、ドイツ軍だ。再軍備を進めるには、資源確保の為からも中国との連携一択、日本との連携はアリエナイ、と言う態度だそうだ。(陸軍の)大島浩駐ドイツ大使館付武官は様々なコネを作って、ナチス党を始めとしてドイツ政府内に親日派を増やそうと奮闘しているが、徐々に匙を投げつつあるという情報が流れている」
荒木少将は更に続けて言い、会議に参加している面々は渋面を深めるしかなかった。
米内大尉は考えた。
これはドイツと中国国民党の連携を阻止するのは困難だ。
荒木少将が、米内大尉ならば知っているかもしれないが、と言っている背景ですが、米内大尉が米内光政中将の親族(?)であることからです。
後、史実ではカナリス提督が親日派で、日独防共協定推進論者でしたが、この世界では既述の事情から、カナリス提督が反日に奔ったことから、ドイツ軍内部に親日派が皆無と言っても過言ではない事情が起きて、この後の事態が連鎖的に引き起こされることになります。
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