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第24話 痛みを伴う返事

 翌朝、僕は真衣さんにメッセージを送った。

 今日こそ、彼女に返事を伝えなければならない。


 彼女の返信はすぐに届き、会う場所を決めることになった。


 あまり時間はかからず、僕たちは時計塔の前で待ち合わせすることにした。

 そろそろ準備して、出発しないと。


 白鳥はいつもより明るい表情で朝食を作っていた。

 きっと昨日の出来事が影響しているのだろう。まるで、欲しかったものを全部手に入れた子どものようだった。


 彼女は満面の笑みを浮かべて僕の方へ歩み寄り、突然ぎゅっと抱きついてきた。

 あまりに唐突で、どう反応していいのかわからなかったけど、あまりにも幸せそうだったから……そのまま受け入れた。


 しばらくして彼女は体を離したが、笑顔はそのままだった。


 その笑顔に、思わず僕までつられて微笑んでしまう。


 ちょうど僕が階段を降りてきたばかりで、彼女と会うのは今日初めてだったので、自然と声をかけた。


「おはよう、白鳥。なんだか今日、とても機嫌が良さそうだね。」


 彼女は手を背中に回して指をもじもじと動かしながら、コクリとうなずいた。


「おはよう、圭くん。うん、昨日のことが嬉しくて……。」


 ――………………


「ねぇ、圭くん。そろそろ朝ごはんが焦げそうだから、キッチンに戻らないと。それより、その前に……」


 白鳥は僕の顔にそっと手を添え、じっと見つめながら言った。


「これからは、毎朝のキスを要求してもいい……かな?」


 彼女はそのまま頬にキスをしてきた。反応する間もなく、それは終わった。


 彼女が照れ笑いを浮かべながら台所に小走りで戻っていくのを見送った僕は、ようやく心臓がドキドキしていることに気づいた。


 ――これから毎朝こうなるのか?

 無理だ……少なくとも今は、まだ慣れそうにない。


 深く息を吸って気を落ち着け、僕は再び彼女のもとへ歩き出した。

 今日、自分がやろうとしていることを、ちゃんと彼女に伝えておきたかった。驚かせたくなかったから。


 彼女はキッチンで野菜を刻んでいた。僕が立っていることにはまだ気づいていないようだった。


「えっと……白鳥、昨日も言ったけど、今日は伝えたいことがあるんだ。」


 僕の声に気づき、彼女は振り返って微笑んだ――しかし、すぐに不思議そうな顔に変わった。


「え? ごめんね、今ちょっと忘れちゃった。何だったっけ?」


 …………


「昨日言っただろう、真衣さんの告白に……今日、返事をするって。」


 僕がそう言うと、白鳥は思い出したように目を見開いた。


「大丈夫だよ、圭くん、わかってるから」

 そう言ったあと、彼女の表情にはどこか「でも、あまり遅くならないでね――……」という思いが滲んでいた。


「一人で長く待つのは……やだもん……」


 そう呟いた彼女は、恥ずかしそうに視線を逸らし、頬を赤らめた。

 その仕草があまりにも可愛くて、また僕の心臓は高鳴ってしまう。


 だけど今回は気持ちを落ち着けて、そっとその場を離れ、部屋へ向かった。

 外出の準備をして、真衣さんとの待ち合わせ場所――時計塔の前へ向かうためだ。


 服を選んで着替えたあと、僕はカジュアルな装いで階下へ降りた。

 今日の服装は、今持っている中でもかなりお気に入りの一着だった。


 朝ごはんは一緒に食べて、しばらくしてから、家を出る時間になった。


「行ってくるよ。」


 白鳥から返事はなかったけど、きっと聞こえていたと思う。

 静かに玄関を出て、歩き始めた。


 ――でも、まだ心の中には迷いが残っていた。

 このまま出かけていいのか? それとも、一度戻って白鳥にちゃんと伝えるべきか?


 でも、途中で戻ったら、まるで自分勝手で冷たい人間みたいだ。

 ……なら、ほんの少しでも彼女と一緒にいるべきだったのかもしれない。


 そんな思考が頭を巡る中、ついに時計塔に到着した。


 目の前にその大きな姿を見上げていると――少し離れた場所に、真衣さんの姿を見つけた。


 青いワンピースに身を包んだ彼女は、いつもよりもずっと輝いて見えた。

 まるで別人のような雰囲気に、思わず見とれてしまった。


 やがて彼女が近づいてくると、僕の思考は一時停止したまま。


 真衣さんは落ち着いた笑顔で僕を見つめ、その視線に気づいたように、少し恥ずかしそうに言った。


「待たせちゃってごめんね……どうかした?」


 彼女の言葉で、ようやく意識が戻った。


「いや……なんでもない。ただ、ちょっと思い出してたことがあって……」


 彼女はクスッと笑って、からかうような表情を浮かべた。


「本当に? なんだかさっきからじっと見られてる気がしたんだけど。ねえ、私……どう? 似合ってる?」


 そう聞かれて、僕は少し戸惑いながらも、改めて彼女を見つめ直した。

 彼女はちょっとポーズをとるように立っていて、本当にモデルのようだった。


「……すごく可愛いよ。」


 言葉にするのは少し恥ずかしかったけど、正直な気持ちだった。


 それを聞いた真衣さんの顔は、徐々に赤く染まり、今度は彼女の方が恥ずかしそうに視線を逸らした。


「じゃあ、どこ行きたい?」


 正直、僕は特に行きたい場所を考えていなかった。

 むしろ、彼女に決めてもらえた方が助かると思っていた。


「うーん……できれば圭くんに決めてもらいたいな。私、そういうの苦手で……」


 彼女は少し気まずそうに笑いながら言った。

「そっか……じゃあ、もしよければだけど……ゲームセンターなんてどう?」


「うん、それでいいよ。真衣さんが楽しめるなら、行こう。」


 彼女は嬉しそうに微笑んで、こうして僕たちの“デート”が始まった。


 ……もっとも、それは彼女にとって少し切ない思い出になってしまうのだけど。


 彼女を傷つけたくなかった。でも、嘘をつくのはもっと良くない。

 僕にできるのは、ただ正直でいることだけだった。


 ふたり並んで歩きながら、ゲームセンターにたどり着くと、すぐに目に入ったのはクレーンゲームだった。


 その中に、ふわふわのペンギンのぬいぐるみがあり、真衣さんは目を輝かせながら近づいていった。


 大きさもちょうどよく、彼女の腕にすっぽり収まりそうなサイズ。


 その表情を見て、自然と僕も微笑んでしまった。


「それ……欲しいんだね?」


 彼女はまるで子供のように、コクンと頷いた。


 僕はコインを入れて挑戦を始めた――が、最初の挑戦は完全に失敗。

 ぬいぐるみを少し動かしただけだった。


「これは……難しいな……」


 そう呟きながらも、何度か挑戦を重ね、ようやくゲットすることができた。


 彼女はとても嬉しそうに笑って、ぬいぐるみを抱きしめた。


「これは……私の最初で最後の思い出にするね。」


 そう囁いたその声は、彼女の手の中のペンギンに向けられていて、僕の耳には届かなかった。


 僕はその笑顔を壊したくなくて、そっと見守るだけにした。


 その後も僕たちはいろいろなゲームで遊び、真衣さんは心から楽しんでいるようだった。


 ゲームセンターの中は、激しいBGMとネオンのようなライトが交差する、熱気に満ちた空間だった。


 正直、こんなに本格的なゲーセンは初めてだったかもしれない。

 でも、なぜ彼女はここを選んだのだろう?


 僕がこういう場所を好むって、気づいていたのかな……。


 わからない。でも、彼女が楽しそうなら、それでいいと思えた。


 しばらく遊んだあと、僕たちは外へ出た。

 彼女は満足げな笑顔を浮かべていて、今度は別の場所へ向かうことにした。


 少しお腹が空いていた。

 さっきゲームセンターで軽く飲み物とスナックを食べただけだったから、物足りなかった。


 僕たちはカフェを探しながら、ゆっくり歩き出した。


 道中、話が盛り上がったのは――彼女が遊んでいたゲームの話題だった。


 格闘ゲームを夢中でプレイしていた彼女の姿は、正直言ってかなり意外だった。


「まさか……あんなに上手いなんて……」


 僕は思わず口にしながら、気になって仕方なかった。


「いつからそんな趣味があったんだろう……?」


 つまり、それはまるで夢を語るかのような――ゲームに関する会話だった。

 彼女はずっと、誰かとこの趣味を共有することを望んでいたのかもしれない。

 そして今、それが叶ったことで、とても自由な気持ちになっているように見えた。


 でも、ふと彼女は申し訳なさそうに言った。


「なんか、いっぱい変なこと喋っちゃったね。ごめんね。」


 僕は彼女を不安にさせたくなくて、優しく頷いた。

 そのまま会話を続けながら、僕たちはあちこちへと足を運んだ。


 時間はあっという間に過ぎたけれど、彼女は心から楽しんでくれたようだった。

 その笑顔が、なによりの証拠だった。


 日が暮れ始めた頃、僕は彼女を家まで送ることに決めた。


 それが男として当然のことだと思ったし、何より……

 今日のうちに、彼女にちゃんと答えを伝えなければならない。


 本音を伝えるのはきっと彼女を傷つける。

 でも、嘘をつくよりはずっといい。


 彼女の家の近くまで来た時も、僕たちは今日の思い出を語りながら歩いていた。

 初めてのデートだったけど、きっとこれが最後になる。


 そのとき、彼女は僕の方を見つめるたびに少しずつ表情が曇っていき――

 やがて立ち止まり、うつむいた。


 その姿に、僕はすぐに気づいて声をかけた。


「どうかしたんですか、真衣さん?」


 心配そうに近づくと、彼女は無理に笑顔を作った。


「圭くん、大丈夫だよ。ちょっと疲れただけ……。さあ、もう少しで家だから、一緒に行こ?」


 その言葉には無理があると分かっていたけど、これ以上深く聞くのはやめておいた。


「……わかりました。もし、何かあれば言ってくださいね。」


 そうして、彼女の家の前までたどり着いた。

 けれど、その空気はどんどん重くなっていくように感じた。


 そして、彼女は僕の前に立ち、そっと視線を外しながら指先をいじり始めた。


「今日は、本当に楽しかった……でも、圭くん、もう答え……決まってるんでしょ?」


「うん……実は、もう決まってる。聞いてくれる?」


 彼女は小さく頷いた。「うん、聞かせて。」


 僕は大きく息を吸い、心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、思い切って口を開いた。


「ごめんなさい、真衣さん……僕は付き合えません。もう、好きな人がいるんです。」


 その言葉を聞いた彼女は、一瞬だけ目を見開いたあと――

 静かに、少しだけ切なそうに微笑んだ。


「……うん。たぶん、そうなんじゃないかなって思ってた。」

 相手は――白鳥さん、でしょ?」


 その声の震えは、今にも壊れてしまいそうな彼女の心を映しているようだった。

 だからこそ、僕はまっすぐに答えた。


「うん。白鳥さんだよ。」


「……で、その白鳥さんは、それを知ってるの?」


 今度は、僕はただ静かに頷いた。できるだけ冷静を保とうとした――彼女をこれ以上傷つけないように。


 ……でも、そんな思いも虚しく、彼女の目には涙がにじみ始めていた。


「そうなんだ……じゃあ、やっぱり……もう付き合ってるんだよね?」


 再び頷いた。けれど、今度はその反応が彼女の涙をこぼれ落ちさせてしまった。

 女性を泣かせるなんて――その時の自分が、本当に最低に思えた。


「正直に言ってくれて、ありがとう……圭くん。」


 声は震えていたけど、どこかで少しだけ安心しているような、そんな響きだった。


「……もういいよ。圭くん、帰って。」


 そのまま背を向けようとした。

 今は彼女の気持ちを整理させるためにも、一人にしてあげるのが一番だと思った。


 でも、その瞬間――

 彼女の声が、僕の背中を引き止めた。


「ねえ、圭くん……行く前に、最後に一つだけ聞かせて。お願い、いいよね?」


 僕は振り返り、涙を拭っている彼女を見た。


「うん。どんな質問?」


 ――…………


「もし……白鳥さんがいなかったら、私たち、付き合えてたと思う?」


 僕は少し微笑んだ。それは、まるで「そうだよ」と伝えるような笑みだった。

 そして、そのまま答えた。


「うん。実は――白鳥さんが来る前、僕は君のことが好きだった。

 初めて会った時から、ずっと。」


 その言葉に、彼女はしばらく反応できずにいた。

 でも、やがて――静かに、少しだけ笑みを浮かべた。


「そっか……じゃあ、私の想いも、一方通行じゃなかったんだね。ありがとう、圭くん。」


 その笑顔を見て、少しだけ安心した。

 たとえ涙があっても、最後に少しでも笑顔でいられたなら――それだけで。


 僕がその場を離れ、彼女が家の中へと入っていくその姿を見ながら、

 彼女がどこか誇らしげに歩いているように感じた。


 ――そして、僕は家へと帰った。もう夜になっていた。

 これから、彼女との関係がどうなるかは分からない。

 けれど、きっと大丈夫だと思えた。真衣さんなら、きっと――。


 ようやく心の重りが少し軽くなったように感じて、

「ただいま」と言いながら玄関を開けたその時――


 ――そこにいたのは、驚いた様子の白鳥だった。


 彼女は僕を見るなり、駆け寄ってきて、そのまま僕に飛びついた。


 その顔には、うっすらと涙の跡が残っていた。

 そして、不安そうな目で僕を見つめながら、こう言った。


「圭くん……今度こそ、また時間を旅しなきゃいけないの。」

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