第23話 告白
白鳥が今言ったことは驚くべきものだった。それは、うっかり口をついて出た告白ではなく、完全に確信を持っているように見えた。
「本気で言ってるの?」
彼女は慎重に近づいてきて、それから俺たちは部屋の家具の一つへと向かった。
「圭君、まだ話さなきゃいけないことがあるの。でも、約束して。絶対に変なことはしないって……いい?」
彼女の表情はあまりにも真剣で、軽く受け止めることはできなかった。背筋に冷たいものが走るのを感じたが、それでも俺は頷いた。
「まず、いくつか嘘をついたわ。実は、私はただの普通のタイムトラベラーじゃない。女神によって隠された人間だったの。あなたを救うために……でも、それだけじゃないの。」
俺は信じられない思いで彼女を見つめた。しかし、何か言おうとする前に、彼女は話を続けた。
「私は何度も何度も、違う時間軸であなたに出会った……そして、そのすべてであなたは死んだ。でも、その前に、私はあなたから何かをもらい、あなたも私から何かを得たの。」
彼女の言葉は、無視できないほどの興味を引き起こした。
「……それは、一体何なんだ?」
俺が反応する前に、白鳥が突然俺に飛びかかった。バランスを崩し、家具に倒れ込んだ瞬間、彼女はすぐ目の前にいた。
彼女は自然な仕草で髪をかき上げ、ためらうことなく俺の唇に顔を近づけた。
そして、俺たちはキスをした。
彼女の温もりが、俺の体を駆け抜ける冷たさと対照的だった。唇は甘く、柔らかく、その感触に全身が包み込まれた。しかし、それはただのキスではなかった。彼女は俺の舌を絡めとり、意識がぼやけていくのを感じた。
何が起きているのか理解できなかった。でも、彼女がそうするのなら……俺は最後には、流れに身を任せていた。
やがて彼女が唇を離すと、その顔は真っ赤になっていた。
「本当はね……私はあなたのことが好きなの。……というか、私が旅してきたどの時間軸でも、ずっとあなたのことが好きだったの。」
彼女の言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた。
「え?それって……どういう意味だ?前に、いろんな時代から来たって言ってたけど……何がどうなってるのか、さっぱり分からない。」
「もっとちゃんと説明するね。私は、いろんな時代を旅してきた。でも、それは前に言ったような単純なものじゃない。私の時間旅行は、もっと別のものに縛られていたの……何度も、何度も、あなたが死ぬのを見てしまう運命に。」
空気が重くなった。
「私は何度もあなたの死を見てきたの。そのたびに、私は何もできずに、ただ見ているしかなかった。でも、ようやく……ようやく、一度だけ、その死を避けることができたの。」
俺の体がこわばる。
「私が時間を旅する能力は、ある女神が与えてくれた力。でもね、その女神が言っていた神々を探すという使命よりも、私が何度も時間を越えてきた本当の理由は……あなたを救いたいという私の願いだったの。」
最後の言葉を口にするとき、彼女の声がわずかに震えた。
俺は沈黙しながら、必死に理解しようとした。俺は白鳥のことをほとんど何も知らない。彼女のような存在が他にもいるのかすら分からない。
そして、最も理解できなかったのは……
「じゃあ……俺と初めて会ったのは、いつだったんだ?」
白鳥は懐かしさと真剣さが入り混じった表情を浮かべ、ゆっくりと話し始めた。
「その力はどうやって手に入れたんだ?女神に与えられたって言ってたけど……なぜ、お前が選ばれたんだ?聞きたいことがたくさんある。」
白鳥は家具から立ち上がり、言葉を探すように部屋の中を歩き回った。
「時間を遡った回数を全部数えたら……本当にずっと前にあなたに出会ってたことになるの。私たちがまだ子供だった頃、小学校は同じだったのよ。でも、クラスは違ってた。ときどきあなたのことを見かけてね、最初に見たときから気になってた。ただの普通の女の子だったわ……見た目を除いては。」
「ある日、体育の授業中にあなたが告白してくれたのよ。……まあ、告白というか、『友達になろう』ってお願いだったけどね。でも、私たちが一緒にいられた時間は短かった。だけど運命はまた私たちを引き合わせたの。」
彼女は一度言葉を切り、そして続けた。
「中学二年のとき、私は転校生としてあなたの学校に来たの。あなたには二人の友達がいたけど、そんなに親しい関係じゃなかった。それにね、まるで決められていたかのように、私はあなたと同じクラスになったの。私の転校は学校中で話題になって……まるで、この時間軸の高校での出来事みたいだった。
でも、あなたはすぐに私のことを思い出してくれなかったのよ。……本当に鈍いんだから。だから私のほうから言って、やっと気づいてくれたの。」
「中学を卒業するときには、私たちはとても仲のいい友達になってた。そして、その頃にはもう、私は自分の気持ちに完全に気づいていたの。あなたと、ずっと一緒にいたかった。だから高校生活も順調にスタートした……でも、入学初日、突然ライバルが現れたの。……そう、光舞。」
「あなたは少しずつ彼女と過ごす時間が増えて、私のことを忘れていったの。もし何もしなかったら、きっとあなたを失うことになるって気づいたの。……それだけは絶対に嫌だった。」
白鳥は視線を落とし、スカートの裾を指でいじりながら続けた。
「だから、放課後、私はあなたに告白したの。その日は私にとって、とても特別な日だった。私たちは付き合い始めた。でも……長くは続かなかった。」
「ある日、目の前であなたが事故に遭ったの。……そして、死んでしまったの。」
部屋の空気が一気に重くなる。俺は言葉が出なかったが、彼女は話し続けた。
「その日から、一瞬たりとも後悔しなかったことはない。世界が色を失ったの。……そんなとき、夢の中に女神が現れたの。黒い髪に白い衣を纏った女性。彼女は私に時間を越える力を授けてくれたの。」
彼女の言葉には、深い悲しみが滲んでいた。でも、まだ話は終わっていなかった。
「その日から、私は何度も未来を変えようとした。でも、どんなに頑張っても結果は変わらなかったの。たとえ幼少期から介入せず、後になって行動を起こしても……結末は同じだった。」
白鳥の話は、あまりにも辛すぎた。
何度も、何度も、愛する人の死を見続けるなんて……想像するだけで、恐ろしかった。
でも今は——
今、俺はここにいる。
彼女のそばに。
今度こそ違う。
俺は考えるより先に、彼女へと歩み寄った。
白鳥の目にはすでに涙が浮かんでいた。そして、言葉を発する前に、その涙が頬を伝って零れ落ちた。
何も考えずに、俺は立ち上がり、彼女を強く抱きしめた。
今度こそ、もう失わない。
彼女がどれほどの痛みを背負ってきたのか、俺には分からない。
でも、想像するだけで震えそうだった。
「もう……大丈夫だ。俺は今、ここにいる。それが一番大事なことだろ?」
彼女は静かにすすり泣いた。
まるで、ずっと堪えていたものを、ようやく吐き出せたかのように。
そして俺は、ただ彼女のそばにいることを選んだ。
——さて、これから俺は何をすべきだろう?
もし、やるべきことがあるのなら、それは——
「白鳥、俺たち……付き合ってみないか?」
俺はまだ白鳥のことをよく知らない。だけど、彼女は間違いなく俺のことを知っている。
それに、どうせいずれは一緒になるんだから、今のうちに始めたほうがいい。
俺の言葉に、白鳥は驚きすぎてすぐには反応できなかった。
彼女の答えを確認するため、少し体を離して顔を覗き込むと――
真っ赤だった。
恥ずかしがる様子は、いつもの彼女のままだった。でも、その姿があまりにも可愛くて……思わず、キスしたくなる衝動に駆られた。
……が、なんとか抑えた。
白鳥は視線をそらし、指先をいじりながら小さな声で言った。
「本当に……? 私のことが好きじゃないのに……?」
「なんでそんなことを言うんだ?」
「だって……私、見ちゃったの。舞さんと……キスしてるところ……それで、もう付き合ってるんだって……思ったから……」
責められても仕方ない。実際、美慧さん(ミサトさん)だって誤解していた。
ここでちゃんと説明しておかないと。
「舞さんに告白されたけど……まだ、答えていない。それに、キスは……不意打ちだったんだ。」
一瞬、白鳥の表情が明るくなった。
でも、すぐにまた不安そうな顔に戻る。
「そっか……でも……それでも、私のことを好きになってくれるの……?」
俺は微笑んだ。彼女が、俺の言葉の意味をまだ理解していないことに気づいたから。
「俺が付き合いたいって言ったのは、君に気持ちがあるからだよ。もちろん、まだ強い想いではないけど……今の時点では、そう感じてる。
だから、明日、舞さんにはちゃんと伝えようと思う。……もう逃げちゃダメだ。」
「……うん。わかった……それなら……私たち……付き合おう……」
白鳥が小さく頷く。
俺は笑顔になった。
あとは、明日、舞さんと話すだけ。
傷つけたくはない……でも、嘘をつくのはもっとよくない。
正直なところ――
俺は、本当に舞さんのことが好きだった時期があった。
それは、俺たちが初めて言葉を交わした日のこと。
あの日、舞さんは偶然、文芸部に入ってきた。
前年の先輩たちは卒業間近で、しかも二年生の部員は誰もいなかった。だから、卒業と同時に俺一人だけが残されることになった。
そして、部室を出ようとしたとき――
俺は彼女とぶつかってしまった。
でも、倒れることはなく、ふと目が合った。
その一瞬――俺は彼女の瞳に、まるで惹き込まれるような感覚を覚えた。
あの日以来、舞さんはたびたび文芸部に顔を出すようになった。
お互いに驚いたけど、次第に話す機会が増えていった。
そして翌年、同じクラスになり、それからもずっと一緒にいた。
でも――
白鳥が現れて、全てが変わった。
俺の気持ちも、あの頃とは違っていた。
俺にとっての「好き」は、もう同じじゃなかった。
……舞さんは、いつから俺を意識していたんだろう?
「じゃあね、圭君……私、もう寝るね。圭君も早く休んだほうがいいよ。おやすみ。」
そう言って、白鳥は突然部屋を出ていった。
止めようと思ったけど、もう手の届かないところにいた。
ため息をつきながら、俺も階段を上り、自分の部屋へと向かう。
ちょうどそのとき、白鳥の部屋のドアが静かに閉まる音が聞こえた――。
◇◆◇◆
翌朝、俺はいつもより早く目を覚ました。
というより、二時間も眠れずにベッドの上でただ横になっていた。
昨日はあまりにも多くのことが起こりすぎた……頭の中には答えの出ない疑問がぐるぐると回っていた。
本当にいるのか、あの「女神」とやらは。
白鳥に時間を操る力を与えた存在――
白鳥は夢の中で彼女に会ったと言っていたが……それなら、どこかこの宇宙のどこかに実在するのか?
彼女は今まで、いくつの時間軸を渡り歩いてきたんだろうか?
そんな疑問を考え始めると、朝から頭が混乱しそうだった。
――母さんは今日の午後に帰ってくる。
気まずい一日になりそうだ……だが、それも仕方ない。
それよりも、まずは舞さんにメッセージを送らないと。
俺の答えを。
*
一方その頃。
昨日、舞とその兄弟たちが家に帰ったとき、彼女は真っ先に自分の部屋へ向かった。
その様子を見た香織は、舞の幸せそうな顔に気づいたが、特に何も言わずに微笑んだだけだった。
部屋に入るなり、舞はベッドに飛び込み、顔を枕に埋めた。
「やった……やった……やった……やった……!」
恥ずかしさと喜びが入り混じった声。
叫びたかったが、代わりに枕に声を押し殺す。
…………………………
しばらくして、気持ちが落ち着くと、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「ついに……ついに告白できた……一年越しに……」
あの日のことを思い出す。
彼と初めてクラブで出会ったあの日――
視線が合った瞬間。
それ以前にも彼を見たことはあった。でも……あのときだけは、心臓が高鳴った。
あれから、彼のそばにいたい一心で、少しずつ距離を縮めていった。
だけど、今はもう状況が違う。
もしかしたら、彼は白鳥のことが好きかもしれない。
もし、振られたとしても……
驚くことじゃない。
それでも、舞は決して後悔しなかった。
力強く微笑むと、静かに呟いた。
「告白して、よかった。」




