第16話 白鳥の本当の目的
美慧さんの髪は、数日前に見た時よりも輝いていた。
「本当にいいの?部活はどうするの?」
白鳥が心配そうに言った。まるで、昨日の話を気にしているかのようだった。彼女にとっては予想外のことだったのかもしれない。しかし、美慧さんは微笑みながら答えた。
「うん、前に入っていた部活は辞めたよね、舞?」
(ため息)
「だから、私の名前で呼ばないでって言ったでしょ。それに、彼女はもう辞めたし、問題はないわ。それに、ちゃんと謝ってくれたし…まだ完全に許したわけじゃないけど、みんなと仲良くしたいの」
「舞さんは優しいですね」
俺は感心して、小さく笑った。
「『舞さん?』」
「『舞さん?』」
美慧さんと白鳥が同時に言った。まさか、そんな反応をされるとは思わなかった。
俺は困惑しながら反応した。別に初めて名前で呼んだわけじゃないのに、そんな驚かれるなんて。
「いつから彼女のことを名前で呼んでるの?」
白鳥がそれほど興味もなさそうに聞いてきた。そして、美慧さんも俺に近づいてきて続けた。
「いつから?」
舞さんは少しうつむいて、質問には答えようとしなかった。どうやら、俺が何とかしなきゃいけないらしい。
「まあ、数日前からかな。もう知ってると思ってたけど」
「いやいやいやいや、今初めて聞いたんだけど?」
白鳥の言葉に、美慧さんもこくこくと頷いていた。まさか、気づいてなかったとは…。
すると、美慧さんがまた口を開いた。
「じゃあ…私のことも名前で呼んでくれる?」
わざとらしく控えめな感じで言われても、そんな手には引っかからない。
「いや、まだ無理かな」
「そっか、じゃあ今はダメでも…いつか呼んでくれるかもしれないね」
美慧さんは嬉しそうにしていたが、一方で白鳥と舞さんがじっと俺を見ていた。なんだ、その視線は…。
「なんでそんな目で見るんだよ?」
「圭くん、気にしなくていいよ。二人とも、私を名前で呼ばせたくないだけだから」
その場の緊張が少し和らいだところで、美慧さんが書類に記入し、椅子に座った。
その時、俺たちの後ろに、少し小柄な影が現れた。
香織だった。彼女は眠そうにあくびをしながら、だるそうに歩いてきた。まるで、昨晩よく眠れなかったかのように。
彼女は少し目をこすりながら前を見つめ、美慧さんが舞さんに書類を渡す姿を捉えた。
その瞬間、彼女の表情は驚きに変わり、すぐに不安と混乱が入り混じった顔で舞さんに問いかけた。
「…彼女、なんでここにいるの?まさか、初めてここに来た時のこととか、その後にやったこと、全部忘れたわけじゃないよね?」
「うん、それは分かってる。でも、もう迷惑をかけるつもりはないし…本当に、ごめんなさい」
そう言って、悲しげに俺たちへ深く頭を下げた。その姿に香織も驚き、そして納得したようだった。
「…まあ、いいわ。別に私にどうこうできるわけじゃないし。もう部の一員なんだから、とりあえず歓迎してあげる。それくらいはしてあげるわよ」
ツンデレっぽい態度でそう言った。
驚きの展開の後、しばらく座って休んでいると、鷹虎がやってきた。
俺たち以上に大げさなリアクションで、驚きの声を校内中に響かせた。
…いや、いくらなんでも大げさすぎるだろ。でも、彼の気持ちも分からなくはない。
そして、予想通り、美慧さんはまた謝罪した。けれど、鷹虎の反応は俺たちとは少し違った。最初は確かに驚いていたが、数秒後にはまるで彼女の存在が目に入っていないかのように振る舞っていた。
その日、特筆すべきことはそれが最後だった。だが、それを境に色々と変わっていった。
部に新しいメンバーが二人。どちらも女性。これから何が待ち受けているのか、俺には分からなかった。
◇◆◇◆
無数の超時空線を渡り、私は彼の「死」を防ごうとしてきた。
けれど、何度繰り返しても、あの『出来事』は起こる。
もう二度と、あんなことを繰り返させるわけにはいかない。
だから、私は彼が存在する世界を何度でも巡る。
もしかしたら、どこかの世界で、彼を救えるかもしれないから——。
そうして、私はこの時代へとたどり着いた。
最初に目にしたのは、彼の顔。
この世界では、彼とできる限り長く一緒にいることが大事だった。
一緒に暮らすことさえできれば、それが叶う。
高宮圭は死ぬ。
もし、それが起きたら——
私はまた別の時空へと旅立たなければならない。
何度でも、彼と出会い直すことになってもいい。
ただ、ずっと一緒にいたい。
彼がかつて私にそう約束してくれたように。
もし彼が知っていたら——
私がこれまでにどれほどのことを経験してきたのか。
でも、私がここにいる本当の目的を偽ったことは、正解だった。
まだ時間はある。だから、できる限り彼と一緒に過ごす。
きっと、今度こそ…成功させてみせる。
突然、白い光の中でその言葉が浮かび、私はハッと目を覚ました。
結局、私の目標は変わらない。
それは——圭くんのそばにいること。
汗ばんだ身体で、荒い息をつきながら起き上がった。
この家に泊めてもらえるよう、圭くんと彼のお母さんにお願いしたこと、後悔なんてしていない。
むしろ、今までのどの時空よりも、これが一番の選択だった。
夜中に目が覚めた私は、喉の渇きを癒すために何か飲もうと、ベッドを抜け出し階段を降りた。
案の定、圭くんの母親も、彼の母親も、深い眠りについている。
音を立てないように水を飲み、再び部屋へ戻ろうと階段を上がる。
その途中で、ふと圭くんの部屋の前を通りかかった。
扉がわずかに開いていて、そこから小さな白い光が漏れていた。
…気になって、そっと覗き込む。
彼は机に向かっていた。
だけど、すでに頭を伏せ、眠ってしまっているようだった。
私は迷うことなく部屋へ入り、そばに寄る。
思った通り、彼は眠っていた。
机の上には何枚ものA4用紙。
もしかして、これは彼が書いていた物語?
一枚手に取り、目を通す。
…正直、そこまで面白いとは思わない。
まぁ、まだまだ成長できるはず。
冬が終わったばかりの夜は少し冷え込む。
寝顔を見て微笑み、彼のために毛布を探した。
そして、そっと背中にかけてあげる。
…彼の顔に触れたら、どんな気持ちになるのだろう?
そんな疑問がよぎる。
けれど、簡単に負けるわけにはいかない。
私はそっと顔を近づけた。
これまでの時空では、一度もこんなことをしたことがなかった。
だから、今回が初めて。
数秒間、ただ彼の顔を見つめる。
…満足した。
そして、彼の唇にも目をやる。
過去の時空では、彼はこの時点で私に恋愛感情を抱いたことはなかった。
だから、もう少し待つべきだろう。
焦らず、タイミングを見極める——。
そう決めて、私は部屋を出ることにした。
最後に、彼へ懐かしいような、切ないような笑顔を向けて。
「…今度こそ、あなたを救うわ」




