第15話 とても狡猾な罠
まだ何もわからない……これからどうすればいいんだ?
頭の中がぼんやりし始めた。そのとき、目の前の白鳥とは別の声が頭の中に響いた。
「圭くん……ねえ……しっかりして……」
突然、手が目の前でひらひらと振られた。何度か瞬きをしてから、普通の表情でこちらを見つめる白鳥の姿が目に入った。
「ねえ、大丈夫?」彼女は何気なく尋ねた。
数秒遅れて、ようやく反応できた。
「……え?」
「急に黙っちゃってさ。それで、何でも言うことを聞くって話、どう?」
その瞬間、すべてが頭の中でつながった。彼女は俺にお願いをするつもりだった……つまり、それ以外は全部俺の妄想!? いったいどうなってるんだ!?
今は何もできないが、勝負に負けた以上、何かしらの埋め合わせをしなくてはならない。俺は諦めたようにため息をついた。
「……わかったよ。それで、何をすればいいんだ?」
白鳥は満足そうに微笑んだ。まるで、すべての問題が一気に解決したかのように。
「宿題をやってほしいの。時間がなくて手をつけられなかったんだよね。『何でも受け入れる』って言ったんだから、問題ないよね?」
「……宿題?」俺は思わず聞き返した。
まさか、俺を一晩中眠らせないつもりなのか?
「そう、宿題。全部。」
騙された気分だった。そういえば、さっきまでの涙はどこへいった?
「白鳥……さっき泣いてなかったか?」
彼女はきょとんとした顔をして、俺の言葉の意味を理解できていないようだった。
「何のこと? もしかして、本気にしちゃったの?」
彼女はクスクスと笑い出した。本当に俺を騙したことが楽しくて仕方がないといった様子で。
俺は恥ずかしくなり、肩をすくめた。そんな俺を見て、彼女はさらに大笑いした。
「じゃあ……美慧さんのことは? 怒ってないのか?」
白鳥は笑いを収め、自信に満ちた表情で微笑んだ。
「そんなの気にしてないよ。あなたと彼女の間に何か起こるとは思えないし……それより、一つ約束してほしいことがあるの。」
一瞬、俺の頭に疑問が浮かんだ。
「……どんな約束?」
「彼女とは何もないって、約束してほしいの。」
なぜそんなことを言うのか分からなかった。それは一番ありえないことのはずだ。俺は納得しつつ、しっかりとうなずいた。
その後、自分の部屋へ向かい、彼女の大量の宿題に取り掛かることになった。俺自身の宿題すら手をつけていないのに……。まんまと罠にハマった気分だった。
彼女の部屋を出る前に、白鳥は再びベッドに横になっていた。ただし今度は、まるで俺が彼女のすべての問題を解決するかのように、マンガを読みながらくつろいでいた。
……俺は深く後悔した。まさかこんなことになるとは思わなかった。
とりあえず、美慧さんにメッセージを送ることにした。
「今日は話せそうにない。今、俺には大量の宿題がある。」
あとは彼女の返信を待つだけだ。携帯を置き、机に向かって宿題を始めることにした。
机の上に積まれた大量のプリントを見て、思わずため息が漏れた。そのときだった——
携帯が鳴った。
……やはり彼女だ。だが、出ようとした瞬間、通話が切れた。
間違えてかけてしまったのか? それとも……? 確かめようと折り返しの電話をかけようとしたが、その前に彼女からメッセージが届いた。
[ごめん、間違えてかけちゃった。]
[それと、メッセージの件だけど、大丈夫。明日話そう。]
[わかった。じゃあ、また明日。]
送信したものの、既読はつかなかった。だが、おそらく彼女は見たはずだ。
さて……改めて目の前の宿題に集中しよう。というか、この量、本当に正気か? 俺の分すらまだ終わっていないのに……。新学期が始まったばかりだというのに、なぜこんなに大量の宿題があるんだ?
◇◆◇◆
……やはり、徹夜だった。
朝の5時55分。最後の問題を解き終えたところだった。今までで一番後悔しているかもしれない。
ノートを机に置き、時計を見ることなくベッドに倒れ込んだ。
「疲れた……やっと少しは眠れそうだ……」
目を閉じた瞬間——
(Bip, Bip, Bip, Bip, Bip)
アラームの音が部屋に響き渡った。
「……最悪だ……」
布団を被ったまま、俺は蛇のようにゆっくりと這いながら、目覚まし時計に手を伸ばした——そのとき。
バンッ!
ドアが勢いよく開いた。大きな音が家中に響いた。
そこには、いつも通りのテンションの白鳥がいた。机の上に積まれた宿題の山には目もくれず、まっすぐ俺の方へと歩いてくる。
「おはよう、圭くん♪」
俺はもう返事をする気力すらなかった。
手を伸ばしてアラームを止めようとしたその瞬間——
バンッ!
ドアが勢いよく開き、家中に大きな音が響き渡った。
そこには、いつもと同じ調子の白鳥が立っていた。机の上に積まれた宿題の山には一切目をくれず、まっすぐ俺の方へ歩み寄る。
「おはよう、圭くん♪」
俺は返事をする気力すらなかった。ただただ、疲れ果てていた——もう、降参だ。
◇◆◇◆
登校中、いつものように周囲の視線が彼女に集まる。もう驚きはしない。学校一の人気者なのだから、当然だ。だが、今日はそれに加えて、周囲からの敵意がひしひしと伝わってくる。あまりに痛烈すぎて、俺は白鳥の隣を歩くのをやめ、数メートル後ろを歩くことにした。
……これは「回避」というやつだ。だが、なぜか俺は少し誇らしく感じてしまった。別に誇るようなことではないのに。
当然ながら、白鳥はすぐに気づいた。そして、こちらに向かって歩み寄ってきた。
同時に、またもや周囲の視線が鋭く突き刺さる。もはや殺気すら感じるほどだった。
もう逃げられない。仕方なく、俺は彼女の隣に戻った。
下駄箱の前に着き、ようやく一息つく。視線の圧はまだ残っているが、さっきよりは幾分マシだ。
白鳥は満足げだった。何もしなくても、彼女の思い通りになったのだから。……本当に、なんてずる賢いんだろうな。
その後の授業は特に何事もなく過ぎた。昼休みも、部活動の時間も、何もおかしなことはなかった——少なくとも、その時点までは。
俺はただ、普通の日常を過ごしたかった。
だが、白鳥と共に文芸部の部室前に立った時、予想外の光景が待っていた。
そこには、本来この部にいないはずの人物がいた。
「こんにちは、高宮くん。文芸部に入部しに来たの。それと……ごめんなさいね、川城さん。あの時は、あんなことを言ってしまって。」
「は? お前、ここで何してるんだ? ていうか……えっ、入部?」
俺と白鳥は驚きを隠せなかった。
彼女はにっこりと微笑み、入部届を手に持ちながら続けた。
「そうよ、今ちょうど入部届を書いてるところ。これからよろしくね。」
そして、改めて自己紹介をした。
「私は美慧 唯、2年C組の生徒です。これから、よろしくお願いします。」




