第13話 そして、一番人気のある女の子は…
あの対決の後も、舞さんの表情は怒りに満ちていた。その視線は鋭く、まるで美慧さんを睨みつけるようだった。それでも、僕たちはここに残らなければならなかった。白鳥 に約束した通り、投票の確認と集計を手伝うために。
……これはあまりにも気まずい。どうやったらここから抜け出せるんだ?
僕がここを少しでも離れたら、二人の間でまた衝突が起こるかもしれない。どうすればいい?
その時、舞さん が突然僕の手を引き、教室の外へと連れ出そうとした。でも……大丈夫なのか? これでは彼女に何かしらの有利な状況を与えてしまうのではないか?
しかし、これは彼女の小さな策略の一部だったのだ。
舞さん は教室の入り口の少し奥に立ち、周囲の生徒たちの注意を引き始めた。
「ねえ、そこの君。」
彼女は指をさしながら、投票箱を持っている男子生徒を呼び止めた。
彼は戸惑いながら彼女を見つめる。そして、舞さん は続けて言った。
「その投票箱を渡して。これからは別の人に管理させるわ。」
男子生徒は困惑した表情で美慧さん の方を見た。すると、彼女はためらいながらも頷き、こう言った。
「渡してあげて。彼女に任せましょう。」
これが最初の"ゴーサイン"だった。だが…美慧さん にはなぜ舞さん が投票箱を求めたのか、まるで理解できなかった。
彼女の疑問は募るばかりで、男子生徒が投票箱を渡した後、すぐに尋ねた。
疑いと謎を秘めた目で、彼女は問いかける。
「なぜ、投票箱を欲しがるのか、理由を聞いてもいい?」
舞さん はためらうことなく、鋭い口調で即答した。
「票の安全を確保するためよ。あなたが何を企んでいるかわからないから。」
彼女はそう言いながら、投票箱を僕に手渡した。これで、すべては僕の手に委ねられた。
「つまり……投票が不正に操作されるかもしれないと疑っているの? まさか、私がそんなことをすると思ってるの?」
美慧さん はまるでくだらない冗談を聞かされたかのように笑い出した。その笑いはあまりにも自然で、思わず「本当に彼女は何もしていないのかもしれない」と錯覚してしまうほどだった。
それでも、僕の中にある疑念が完全に消えることはなかった。
その笑いは舞さん さえも少しだけ迷わせたようだが、彼女の表情は依然として強張っていた。
「それでも、やるべきよ。私はあなたを信用しない。」
美慧さん は微かにため息をつき、もう何を言っても無駄だと悟ったのか、ただ静かに頷いた。
こうして、僕たちは教室を後にした。これから僕一人で、全校の投票を回収しなければならない。
そして、なぜかすでに舞さん が立候補していることは学校中に知れ渡っていた。噂が広まるのは本当に早い。まあ、そのおかげで結果を発表しやすくなるのは助かるが……。
その後、投票箱は文学部の部室に保管することにした。そこなら、僕たちと美慧さん 以外の誰も入ることはできないからだ。
美慧さん は、投票箱を文芸部の部室に保管することに同意した。そして、公正を期すために、中立的な立場の男子二人と女子三人が確認作業に参加した。その中には、生徒会のメンバーもおり、彼らは自ら手伝いを申し出てくれた。
放課後、投票結果を待つ大勢の生徒たちが体育館に集まっていた。このようなことが学校で行われるのは初めてだった。
美慧さん、舞さん、白鳥、そして僕は体育館へと向かった。一方、鷹虎 と 香織 は警備を担当し、生徒会のメンバー二人とともに、集計済みの投票箱を体育館へと運んでいた。
到着すると、体育館はすでに生徒で埋め尽くされ、みんなが準備の様子を見守っていた。鷹虎、香織、そして生徒会の二人はマイクの前に立ち、投票箱を横に置いた。
白鳥、美慧さん、舞さん の三人は、他の生徒たちの前に並び、彼女たちの隣には、生徒会のメンバーの一人が眼鏡を直しながら、手にした封筒を開こうとしていた。
その瞬間、白鳥 は左側に立っていた美慧さん に小さな声で話しかけた。
「あなたに取引を持ちかけたいの。」
「取引って?」
「もし私が勝ったら、もう圭くん を困らせるのはやめて。でも、私が負けたら…あなたの言うことを何でも聞くわ。」
悪い条件ではなかったため、美慧さん はすぐに承諾した。
「いいわ。ただ、はっきりさせておくけど…あの男の子にはまったく興味ないの。ただあなたを挑発したかっただけ。つまり、どのみち彼の気を引くつもりはなかったのよ。」
美慧さん の言葉は鋭く、白鳥 にとっても衝撃的だった。まだお互いをよく知らないはずなのに…。
しかし、白鳥 は微笑んだ。それはまるで 「あなたは彼のことを何も知らない」 とでも言いたげな表情だった。
ついに、生徒会のメンバーが発表を始めた。
「第三位…110票を獲得したのは……」
体育館内が静まり返る。
「光舞」
舞さん は悔しそうに目を伏せた。しかし、まだ希望は残っている。すべては白鳥 に託された。
「第二位…330票を獲得したのは……美慧唯」
名前を呼ばれた瞬間、美慧さん の表情が一変した。まさか自分が二位になるなんて……。
「そして、第一位……779票を獲得したのは……白鳥川城!」
予想通り、白鳥 は嬉しそうに微笑み、手を挙げながら、生徒たちの歓声と拍手に応えた。
「みんな、本当にありがとう!」
彼女の美しさに魅了された生徒たちは、うっとりとした表情で彼女を見つめていた。
しかし、まだ終わりではない。美慧さん と 舞さん が、自分の敗北を受け入れなければならなかった。
◇◆◇◆
結果発表が終わった後、僕たちは校門へと向かって歩いていた。
香織 は少し落ち込んでいる 舞さん を慰めようとしていた。
白鳥 も彼女を励まそうと近づいてきたが、なぜ舞さん がそんなに落ち込んでいるのかは分かっていないようだった。おそらく、両方に負けたことが悔しかったのかもしれない。
一方、美慧さん はまだこの結果を受け入れられずにいた。しかし、それでも認めるしかなかった。これは、全校生徒の投票による結果なのだから。
そんな彼女の沈んだ様子を見て、僕は声をかけることにした。彼女が僕を守ってくれたことに感謝していたから。
「えっと… 守ってくれてありがとう。すごく嬉しかったよ。」
ただ慰めるために言ったわけじゃない。本当にそう思っていた。まさか彼女があんなふうに僕をかばってくれるとは思ってもいなかったから。
彼女は僕の言葉を聞くと、少し元気を取り戻したように見えた。だが、その笑顔にはどこか苦さが混じっていた。
「……なんとなく、助けるべきだって思っただけよ。別に深い意味はないわ。」
そう言って、頬を少し赤らめながら目をそらし、指を無意識にいじっていた。
香織 はそんな彼女の様子を見て、何かを察したようだった。
少し気まずい空気が流れたが、数分後、白鳥 が輝くような笑顔でやってきた。勝利の喜びに満ちていたのだろう。
しかし、僕はそれよりも 美慧さん のことが気になっていた。
校門に着いたとき、僕の様子があまりにも違ったのか、白鳥 が気づいた。
「どうかしたの?」
白鳥 が不思議そうに尋ねる。
「……教室に忘れ物をしたんだ。先に帰っててくれ。」
僕は再び校舎へと向かった。
美慧さん を探すために、彼女の教室へ向かう。そこにいるか分からないし、いたとしても、なんて声をかければいいのか分からない。でも、なぜか彼女のことが気になって、放っておけなかった。
人のいない廊下を駆け抜け、彼女の教室へと向かう。そして、開いていた扉の隙間から中を覗くと、彼女がいた。
彼女は顔を両手で覆い、まるで誰にも見られたくないようにうずくまっていた。教室の一番前の列の、一番後ろの席に座っている。
「……負けちゃった。笑いたければ笑えばいいわ。」
彼女は顔を上げ、弱々しい声で続けた。
「小さい頃から、ずっと目立ちたいって思ってたの。でも、それが叶った途端、自分のために使いすぎちゃった……。私はすごく自己中心的だった。その幸せも、彼女が現れるまでだった……。今は……もう誰もいない……。」
彼女の言葉に胸が締め付けられるような気持ちになった。
だからこそ、僕は一歩、彼女に近づくことにした。
「それは違う!」
思わず大きな声が出てしまい、彼女は驚いたように目を見開いた。
「今は… 僕がいる。いや、もし迷惑じゃなければ、だけど……。」
何を言っているのか自分でも分からなかったが、彼女は微笑んだ。
「ありがとう…… 少し気が楽になったわ。一緒に帰らない?」
そう言うと、彼女は立ち上がり、カバンを持ち、まるで何事もなかったかのように僕の前に来た。
「……うん。」
僕はただ、静かにうなずいた。そして二人で並んで校舎を後にした。




