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「どうしたガキども。俺は別にガキにおごってやらねぇぞ。それに……仕事中だ」

「さぼり中の間違いじゃなくて?」

「はっはっは、道也も知ってるだろう。こんな人も来ないようなコンビニなんて少しさぼるくらいがちょうどいいんだよ。レジが混んでるってんなら火をつけたばっかのこれを消してまで仕事するんだから真面目だろ?」


けらけらと笑いながら煙草を吸っているこの男。実は僕は名前を知らない。自己紹介なんて受けたことも無いが、よく行くコンビニでさぼりの常習犯であったため話すことがあった。ただそれだけなのだ。

制服についている名札で彼の苗字が佐田である事だけが僕の知っている彼の情報だ。

コンビニの中を見るとがらんとした店内でレジに一人の男が暇そうに立っている。暇だからこそこの男はタバコを吸っているのだろうが、ふとこういう勤務態度をしているからこそただでさえ少し中心部から離れたこのコンビニの少ない客が皆無になっているのではないか……と思ったところで鶏が先か卵か先かという問答だという事に気が付いた。……もしくは割れ窓理論?


「で、なにしにきたんだ? お前から俺に話しかけてくるなんて珍しい。何か用事があるんだろう」

「加藤さんの事知ってる?」

「あー。なんとなく事情は察したよ」


僕はこの佐田さんとは少しだけ面識がある。この人は頭が良い、少なくとも僕よりは。きっかけは本の表現がいまいちわからず考えながらコンビニに行ったときだった。オレンジジュースをストローですすりながら考えていたら彼が話しかけてきた。そして彼は僕の読んだ本を知っていたし、その表現に対して解説をしてくれた。そこから彼と話すようになったのだ。

僕の話したいことの予備知識を知っている人との会話は面白く、それから彼は僕にとって好ましい人間になった。

といっても仕事中だという事もあり僕から彼に話しかけることは少なく、暇なときに彼が話しかけてくるというのがいつもの流れだった。


「俺が持ってる情報なんて鳥の糞みたいなもんだが……大人として一つ条件がある。何をしているのかはわかる、だが何をしたいのかだけ聞かせろ」

「犯人を捕まえる、だとか復讐する、だとかの大仰な目的なんてないよ。ただ、地に足付けたいだけなんだ。今僕はよくわからないことに包まれてふわふわしてる感じがしてて。これで答えになった?」

「うん。良い、それなら良い。つっても再三いうが俺が持ってる情報なんて多くないんだけどな」


がはは、そうわざとらしく彼は笑った。実際持ってないんだろうなぁとはうすうす思っていた僕に驚きはなかったのだが。

そうして佐田さんは吸っていた煙草をもみ消した。恐らく僕らと本腰を入れて話す気なんだろう。


「そうだなぁ、でも俺は同僚としてしか関わった事ないし別に殊更仲良かった訳でもなかったしなぁ」

「バイト先転々としてたって話は聞いたよ。盗み癖があるとも」

「あー俺はずっとここにいるから他とかは知らんが確かにいっつも金無さそうだったな。廃棄弁当とか持ってってたし。あのーあそこのボブいるだろ? ボブも廃棄弁当が欲しかったらしいんだが加藤があまりにも堂々と持って帰ってるからボブも罪悪感が少なくなって助かったとか言ってたな」


廃棄弁当を堂々と持って帰るのは良いことなのか?

ボブと呼ばれた男は外国人でこのコンビニで割と長く働いているような気がするくらいにはよく見る人だった。

対応も丁寧で会ったことを覚えているし、真面目なのかもしれない。


「その、ボブさん? は加藤さんと仲良かったの?」

「あぁ、そうね。連れてくるよ」

「いいの? レジ、他の人いそうに見えないけど」

「いーのいーの、どうせ来やしないし。来たところですぐ動けばいいのさ」


説得力があるんだか無いんだかわからない言葉を言いながら彼はコンビニの中に入っていった。


「ここのコンビニそんなに人いない印象無いけどな。俺叔父さんとこの帰りによく来るけど」

「それって夜だろ? 仕事帰りとかは人増えるんじゃないか?」

「そういうもんか」


そしてボブと呼ばれていた男を連れてきた。

少しばかり話していたのを見るにボブさんはレジを空けることに難色を示していたのだと思いたい。


「えっと……貴方がボブさんってことであってます?」

「違います。どうせ佐田さんがそう呼んだんでしょう? 私の本名呼びにくいからってあの人ボブって呼ぶんですよ」

「それ良いんですか?」

「別に。どうせ記号ですから。えーっと君たちは加藤さんの事を聞きたい、であってる?」

「はい。加藤さんについて教えてほしくって。……そのー」


確かに彼の胸についている名札は読みにくかった。どうにも発音しにくいというか、ちゃんと見ないと絶対に噛むかどこかの文字が抜けて覚えてしまいそうで。

中途半端に呼ぶのは失礼なのではないかという思いが喉で声の足を掴んで出ることを許さなかった。

するとそれになれているのか特に気にした素振りも無く彼は微笑んで言った。


「ボブで良いですよ。加藤さん……まぁ悪い人じゃないですよ。友達としてなら」

「やっぱり横領とかの話って本当なんですか?」

「そうなんじゃないかなぁ。私も詳しく聞いたことはないけど。あの人私の事一回首になった飲み屋につれてったけど店主さん彼を見た瞬間に数秒睨んでため息ついてましたから」

「空き巣とかそういうのは」

「流石にそこまでは……ただ凄い怪我をしていた時に爺さんにやられたと言っていたのであながち間違いでもないんじゃないですか」

「強盗とかで、人を殺すなんてのは」

「おい鋼牙」


鋼牙が本題をいきなり言った。この人なら加藤さんの人柄について詳しく知っていそうなのもわかるが友人の事をそう聞くのはどうなんだというのと思っていた僕は彼を諫めた。ただボブさんは別に何も思うことなく、いいですよ、と言っていた。

リアリストを感じる彼の返答になんとなく尊敬を抱いた。僕はそこまで冷静でいる事は出来なかったから。


「あー、逮捕されてるみたいですね。私は加藤さんがするかしないかと聞かれたらしないんじゃないかなぁとは答えますけども。それこそ何かがあったのかもしれませんし、加藤さんの事を知り尽くしているという訳でもないので断言はできないですね。佐田さんは?」

「知るかいな。まぁ、アイツも泥棒ならそこまで馬鹿じゃないとは思う、とだけ言うかな。アイツが泥棒だった経歴を見るにわざわざ人を殺す必要があったなんて何があったんだろう、とは思う」

「ふぅむ。やっぱりそうかぁ」

「加藤さんって事件の日仕事だったんですか?」


なんでだろうと三人で考え込んでいると鋼牙がそう言った。

確かにそれを聞いていなかった。仕事先なのだから仕事のことが聞けるのだ。

その日仕事だったのかとかを聞きたいから仕事先に来たという事を忘れていた。


「あー確か休みだったはずです。遅番が続いた後はあの人一日中寝るからって絶対休み取るんですよ」

「遅番だったんですか」

「はい。私も一緒だったんで覚えてます」

「なるほど、嫌われてんだと思ってたがそう言う理由だったのか」

「私が誘っても遅番の後は絶対来ないのでそう言う事かと。まぁ加藤さんは佐田さん苦手そうなのも事実でしたが」

「やっぱりそうだったのか」


はぁ、なるほどなぁ。

一日寝るというのが本当なのだとしたらアリバイは無いとしか言えないだろうな。

出来るか出来ないかで言えば出来た訳か。でもやる理由が見えない訳か。


うぅん。なんだか違和感を感じるのは気のせいなのだろうか。ただその違和感は言葉に出来なくて、もやもやとした霞のように俺の気分を悪くした。

陽が傾き始め考え事をするために視線をわずかに上げると日光が直接目に刺さった。

唸るような声を出し悶えていると首筋に冷たい物が当てられた。

今度は俺は大きく声を出した。


「ぎゃあ」

「その汗の量なら結構歩いたんだろ。水分補給しな」


そう言って佐田さんは僕と鋼牙にスポーツ飲料をくれた。

飲むと確かに冷たくて感じていた焦燥感までもが流れていったようにスゥっとした。

思考のリセットというのはこういう事を言うのだろうな。


「ほかに何か聞きたいことある?」

「奢りですか? コレ」

「え、今? 俺そんなケチにおもわれてるの?」


珍しく動揺する佐田さんをゲラゲラと大きく声を出してボブさんが笑う。

佐田さんがここまで動揺するのも珍しい事なのだろう。ただ実際僕は佐田さんの事をケチだとは思っていた。少なくとも人に物を奢る印象が無いくらいには。加藤さんがたまに奢ってくれた為余計そう感じていたのだと思う。


「だって初めてだったし」

「たまに気を利かせたらコレだよ。見ろボブなんてここ最近で一番笑ってやがるぞ。ヤンキーが猫を拾ってら良い人に見られるなんてよく言われるが絶対嘘だなコレは」


そんな風に抗議するものだから面白くて鋼牙もボブも僕も笑ってしまう。

声を出して笑うのは気持ちがいい、胸が晴れるような気持ちになる。


「そうそう、ガキはそうやって笑ってりゃいいんだよ。さっきのお前なんて哲学者みてぇな眉間の皴の寄り方だったぜ」

「助かりました、佐田さん」

「お、これだけでいいのか。一応裏でアイツの住所見てきたんだけど」

「めっちゃ犯罪じゃないそれ? そこまでやるのは一般人のやる事じゃない。でしょ?」

「そうだ。そして学生は帰る時間だ」

「佐田さんまだ夏だし早いですよ」

「何を言ってやがんだ、もう夏も長かないぜ? 日が傾きだしたなら子供はさっさと帰って寝るこった」


時間を見てみると確かに夕方になりつつあるのがわかった。

夏というのは昼の時間が長い気がしてまだ動けるのではないかと思ってしまう。


「道也」

「なに?」

「後悔すんなよ」

「うん」


それだけ言って佐田さんは店内に帰っていった。ボブさんも佐田さんの後を追って店内に戻って外には僕と鋼牙だけが残された。

これは後悔をしないためにしている事なのだ。
























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