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「とはいえ、どうする気? 僕らはたかが一般人、物語じゃないんだからそう簡単には調べられないよ」

「道也、お前本ばかり見ていて洞察力というものが育っていないんじゃないか? いや、その様子じゃろくに前も見ないでフラフラしていたのか」

「そうだねぇ……今も僕は君が何を気付いたのかわからなくて目を丸くしているよ」

「下を見てみろ、俺たちならよくわかる。なんなら俺らじゃなくとも分かる位には派手にあるぞ」


鋼牙の言葉に従って下を見てみると日差しを受けて硬くなった泥に幾つもの足跡が残っていた。僕たちの足跡とするなら大きすぎるし、森に棲んでいる爺さんの足跡だとすると足跡が深すぎる気がする。それに雨が降っている日に爺さんがこういう普通の靴を履いていると思えない。少し探すと滑りかけたような跡がある。あの人は山を歩きなれているというのは嫌というほど知っている。とても爺さんの足跡だとは考えられない。


「これは……警察の?」

「だろうな、少なくともこの山に、しかも大雨だったのに来るような奴は、たまたまキャンプしに来た変人集団が来たんじゃなければいないだろうな。それは俺たちの経験則で分かるだろう?」


そう、分かるのだ。だがそれによって引き起こされた一つの疑問があった。

何故ここだったのだろうか? ここはあまりにも都合がよすぎる。泥という足跡確定の不安要素はあれどここは滅多に人が来ない事が理由の一つとして僕たちの遊び場に選ばれたのだから。逆にいえばこんなところに人は来ないのだ。人を殺す場所として適していると言っても過言はないだろう。ただ殺す人間をここに呼ぶのが難しいという一点を無視すれば。

だがそれを今から解き明かしたいというのが僕たちの目的なのだ。今考えをめぐらしたとて意味はないだろう。情報があまりにも足りない気がする。パズルのピースも不十分で完成図も見えていないのに解こうとしたところで全くの徒労となることは明白だろう。


「つまりコレが密集している所を見つければ怪しい場所がわかるかもしれない、という事かい?」

「そうだ、場所……その……事件現場だな、そこに情報があるのが世の摂理だろう。だからそれを探すって寸法だ」

「でも警察が見つけられなくて僕たちが見つけられるものなんてあるのかなぁ。こっちは子供で、あっちはプロだぜ?」

「それでもやると言ったんだろうが」


鋼牙はムッとした表情でそう言った。その表情が面白くて一呼吸だけ笑って手を挙げて降参の意を表した。

確かにそうだった。出来なくてもやると言ったのだった。例え到底無理な話だったんだと、最後には言うとしても僕たちはやりたかったからこれをやっているのだ。

そして何となく自分が日常に帰ってこれた気がして少しだけ、少しだけ悲しみがぼやけたように感じた。


「そうだった、そうだった。やろうか、それにここを見ていた時間は僕たちが絶対的に多いんだから何か発見があるかもしれない」

「こっちの足跡をたどってみよう、こっちの方向から来てる人数が多そうだ」


確かに足跡は多かった。数人がその方向から来ているようで、そしてそちらから森に入っているとは思えない。

車が入れるような大きなスペースも無かったような気がする。

つまりはもしかすると現場なのかもしれない。



数分ほど足跡をたどりながら歩いている。足跡を見ている都合上ずっと下を見て歩いているのだが、どうにも危ない。

木に数回ほど当たりそうになったころ、僕らは大きな音で脅かされた。犬が吠えるように短くそして大きく発せられたそれはセミの声が満ちている山の中でもよく響いた。


「こら」


その大きな声は足跡に夢中になっていた僕と鋼牙を信じられないくらいに驚かすに値するもので、僕なんかは尻餅をついてしまう。地面に激突した尻はずんと痛くて一瞬呼吸が止まるくらいには強く打ち付けた。

鋼牙は長い鞄に手をかけている。護身用に竹刀を使おうとしたのだろう。

僕は対抗手段なんてないものだからすぐに声の方向を見た。


だがなんてことない、ただ恐ろしい顔をした爺さんだった。鬼の顔というのはまさにこういう顔の事を言うのだろう。

爺さんは山を歩く時の装備を付けてこちらを見ていた、そして僕らが顔見知りだという事に気が付くと顔の皴を少しだけ伸ばして近づいてきた。

それでも笑いもせず真剣な顔で近づいてくる爺さんの顔は怖いままであったが。


「こんな所で何をしよる、餓鬼ども」

「爺さんこそなにしてんだよ。見ろよ、道也なんて腰抜かしてる」

「俺ぁ見回りよ。俺はこの事件において引け目がある。これ以上犠牲者が増えようもんならこの先の短い人生悔んで生きることになっちまう」

「待って、爺さん。引け目って、何?」

「あぁ……そうか、お前らはそういえば友達だったか」


爺さんは目をつむり、考え込んだ。

その引け目、というものがわからないがそれを僕に話してもいいものか、と考えているのだろう。

怖かった顔が少しずつ悔むような、苦しむような顔に変わっていく。

強くて明るい印象を持っていた俺はその爺さんの顔に驚きを覚えた。いつも強かった人間の弱みを見せる姿というのは衝撃というか、奇妙な驚きを僕に与えた。


「話そう。お前らは涼子の死因を知っておるか」

「知らない。多分聞いてたとしても僕はぼんやりしてたから」

「そうか……涼子は頭を猟銃で撃ち抜かれて、死んだ」


爺さんは後悔を絞り出すようにゆっくりとそう言った。

僕は爺さんのその言葉を聞いて涼子の死の解像度が上がり現実味が上がっていくのを感じた。僕の疑問を晴らすには仕方のない事なのだが、どうにも現実に叩きつけられているようで、辛かった。

だけど辛いからと言ってまたぼんやりするわけにもいかなかった。何故殺されたかというのを知りたいと思ってしまった以上この爺さんの話を聞き逃すわけにはいかなかった。


「猟銃……もしかして?」

「そうだ、俺のだ。盗まれておった。頑丈なのに入れておったんだが……もう古いものだ。壊されとった」

「盗んだ人に心当たりは?」

「ないことはない。一回俺の家に盗みに入りやがった奴がおってな。その時はとっつかまえて一週間ほど人前歩けないくらいにはしてやったんだが」

「その人は?」

「加藤修って男だ。今頃事情聴取されとるだろう」

「加藤修?」

「今はコンビニでバイトしとったはずだ。川の近くの人気のないコンビニがあるだろう、そこだ。性格が悪いとか短気という訳でもないのだがな、盗み癖があるせいで転々としてる奴だ」

「あ、聞いたことある……というか話したことがあるかもしれない」


名前では気付かなかったが、働いている場所を聞くと心当たりがあった。

コンビニ近くで雑談していた時にゴミ袋が破けてそれを助けたことがあった。その後店員にコーヒーを貰った、その時に話したという事があり、その日からたまにそのコンビニに寄った時は少し雑談をするようになった。

経歴にも少しだけ覚えがあった。その時話してもらった、というより同僚から弄られていた形ではあったが。

確かにその人は悪い人間という印象は抱かなかったし、同僚からも悪癖がある事以外は友人として付き合って楽しい人間だと言っていた。


「その時も銃を?」

「いや、鍵が付いていたから値打ちのものだと思ったなんて言っていたな。実際銃を盗みに来たと思った儂がぼこぼこにして四肢を拘束しようとしたら、そこまでしなくてもいいじゃねぇかと抗議しておった。知らんかったんだろう」

「だから彼と?」

「わからん。銃を置いておった場所は変えておらん。だから可能性が高いと言えば高いだろうさ」

「一回爺さんの所に盗みに入ったんだろう? 俺はそれでもおかしくはないとは思うが」

「そうかなぁ。あの人が、本当に? なんで?」

「状況的にそうなんだからそうなんだろう。それにあの人がどうしてやったかなんて関係ないだろう。彼が殺した確率が高いって事実が大事なんじゃないか」

「思考放棄じゃないか」


いつしか爺さんと話しているというよりも僕と鋼牙の口論になっていた。

鋼牙は人を殺したことに理由を求めるものじゃない、といった。だが俺はそれに異を唱えた。

確かに人が人を殺した瞬間には理由はないかもしれない。ない場合がありえないというのであれば魔が差すという言葉は生まれないのだと確かに思う。

けれど凶器があり、目の前に人がいる状況がたまたま作り上げられたとしても、作りあげられた文脈があるはずなんだ。

確かに加藤さんが殺した理由は僕らには関係ないけれど、それについて考え続けなければ彼女が殺された理由もわかるはずがない。

どうしたって目の前に居ない人を準備も無く衝動的に殺せるはずがないと……そう思うんだ。


「餓鬼ども、そう喧嘩腰になるもんじゃない。鋼牙、話した俺から言うのは変かもしれんが決めつけて考えすぎるのはいかんぞ。道也、あまり覗き込みすぎてはいかん。人が死ぬだの、殺すだの、そういうのを考えすぎるな。帰ってこれなくなる」

「それは……どこから?」

「そりゃあおめぇ、彼岸よ。人の死を直視して見えるのはあの世しかあるめぇ。この世で生きるのにあの世を見つめすぎたらそりゃあ障るに決まっとろう」


その言葉に僕はぶち当たった。

友人の死というものに囚われている僕に警告しているかのようなその言葉を聞き流す事は出来なかった。

爺さんが言っていることが正しいか間違っているのかはわからない、が妄言と捨てることは僕にはできない。


「俺はもう行くが、お前らもあまり今山をうろつくんじゃねぇぞ」

「なんでだよ。雨も止んでるぜ」

「何でもクソもあるか。山には危険なもんがたくさんあると教えたはずだ」

「でも、俺らは」


何時も山を遊び場にしていた。いわゆる日常がここなのだ。

そしてここで危険な目にあったことなんて僕にはない。涼子は違ったのだろうが。果たして殺人者を山にいる危険なものとカウントするならば、なのだが。

そう続けようとした僕らを爺さんの獣であろうと逃げ出しそうな眼が射抜いた。その鋭い視線に僕は身が縮こまる感覚を覚えた。

どうにも長く見つめられているものだから何かしでかしたような気分になり顔を反らす。


「お前らは今、日常か?」


爺さんがそう、言った。

今が日常なのかそうでないのか。その言葉を聞いて僕はすぐに日常ではない、と思った。日常ならば涼子がいるはずで。

僕らの日常は三人であって、決して二人ではない。そして三人になることはもう今後一切ないのだ。


「非日常、お前らは特に子供だからな。そういう時に山に寄り付くんじゃねぇ。山と町の間には未だ明確に境界線がある。鹿が食い殺されたり、生き物が虫に、微生物に食われて無くなっちまったりするのは町にない。だが山にはある。だから境界線は必要で、山は境目なんだ」

「だからなんだよ。そんなこと知ってるぜ、だって俺らここで」

「馬鹿者」


鋼牙が噛みついて見事に反撃を食らい何も言えなくなっているのを見ながら僕は何も言わず言葉を考えていた。

知っては、いる。知っている……だけなのか?


「わかってるなら道也の顔色が悪いはずもねぇだろうが。お前らは涼子の事件で死を見たんだろう。なら山に来るのは止めておけ。ここはそういうところだ。そういう境目のところだ」


それだけ言って爺さんは去っていった。爺さんは山を歩きなれているから、するすると離れていくのだ。蛇の尾のように俊敏に動いていく彼をぼおと見ていた。

町と山の境界線、境目……山が境目なのだとしたら彼方はどこなのだろうか。

境目なのだとしたら彼方と此方があるはずなのだ。爺さんが言っていた境目の彼方と此方は何なんだろう。


僕は夏休みの初めに見た鹿の死体が思い起こされた。脳に映し出されている鹿の死体という記憶がなんだか動いているような気がして。蝿が肉に唾液を吐きかけているような、卵を植え付けているような。鹿の内臓が、皮膚が、ゆっくりと腐って鹿が鹿でないものに変わっていくような。

瞬きした瞬間、記憶なのだから瞬きなんてしようもないだろうに、記憶が瞬きをしたら鹿の死体は少しずつその形を変えていくような。

そんなはずはない。そんなはずはないのだ。僕はいくら涼子と少し話し込んだからってそんなに鹿の死体を凝視していたわけも無く、そしてすぐに帰った。筈なのだ。

それなのに写真が動き出したようなその経験は浮いているような感覚を僕にもたらした。

浮いているのか落ちているのかもわからない呆然、それから救い出してくれたのは鋼牙だった。

彼の声が僕を奈落に落ちるような浮遊感から救い出してくれた。


「大丈夫か、道也」

「鋼牙、今日の所は爺さんの忠告に従う?」

「俺は……俺は道也がそう思うなら従うよ」

「じゃあ、もう山を下りてコンビニにでも行ってようか」


なんだか僕は怖くなって空を見た。木々はただ枝を揺らすだけで其の間には青い空がある。

なのに僕はソレになんだか生き物が蠢くような細かな動きを見出して、怖いと感じたのだ

山でさえも今の僕には非日常だった。

日常に帰るには、どうすればいいのだろうか。あの頃にはもう戻れないと確信してはいるが、僕の日常はあの頃だったから。

帰りたい日常がどういうものかもわからないのに。


















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