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8話 勇者と国王③




「おい!そこに誰かいるのか!いるならここから出せ!俺は勇者だぞ、こんなところに閉じ込めておいてただで済むと思っているのか!」

こんなふざけた状況を過去体験したことがあるだろうか。扉は開かない、破壊して突破しようにも魔術が発動しない。窓も試したが同様だった。鉄を拳で殴っているような感覚だ。恐らく何か特殊な術がかかっているのだろう。

ーーまさか本当に俺達をここから出さないつもりなのか?一体何故なんだ。国王。


 俺がトオルに殺されると本気で思っているのか。

 それであれば俺は大丈夫だ。王国騎士団に安々と捕らえられた今のトオルに負ける気などまるでしない。例えば全てトオルの罠だったとしてそれがどうした。仲間のピンチに一歩も動かない勇者など存在していいわけがないだろう。確かにあいつは憎き恋敵ではあるがそれ以前に共に魔神王討伐を目指した同士なのだ。

憎き恋敵ではあるが。本当に憎いが。

「今すぐに開けろ!聞こえているんだろ!」

 魔術封鎖空間。今までは聖剣を一振りすれば破れていたからここまで厄介なものだとは思わなかった。

とは言っても、俺も流石に勇者だ。魔術はトオルほどじゃないにしてもかなり使えるし、むしろそこら辺の魔導士より圧倒的に強いくらいだ。大方の魔術封鎖空間であれば聖剣を使わなくとも自力で脱出できる実力はある。

トオルは今城内をうろつけないし、こんなことをしてもメリットはないはずだからないとして、この王城に俺でも脱出できないほどの魔術封鎖空間を作り出せる魔導士がいただろうか。

ーー国王か?

いや、国王は随分と前から徐々に魔力が薄れてきていた。俺が突破できないような魔法を使うことは出来ないはずだ。というか、そもそも魔術を微量も発動できない時点で俺の経験してきた術とは質が違う。

「駄目だ。深く考えたところでどうしようもない。どうせ分からん」

俺は深呼吸をすると、後ろにいたマスターへ声をかけた。

「マスター。危ないから下がっていてくれ」

「は、はい!」

結局今までの人生、俺を最も直接的に助けてくれたのは、魔術でも武力でも聖剣でもなく何か言語化不可能な奇跡のようなものだった。それはいつも突発的に現れては俺の運命の流れをあっさり変えて消えてゆく。

トオルはそれを俺のスキルだと言っていたが、実際のところよく分からない。何故ならそれは使おうと思っても使えないし、それどころか魔術ですらないのだから。

しかし俺はたった今、そんな曖昧なものを馬鹿みたいにみっともなく願っていた。

「勇者様?」

「マスター、俺は今から、世界は俺中心に動いているのだという天動説を証明するぞ」

「え――」


俺は力の限り扉を殴り、そして全てを破壊した。


 ********



 部屋を出ると、案の定と言うかそこに兵はいなかった。恐らく本気で俺たちが出てくることは無いと思っていたのだろう。随分と舐められたものである。

「マスターどうする。ここから先は何が起こるか分からない。部屋で待っていてくれてもかまわないが」

 俺が振り返って尋ねると、マスターは大きくかぶりを振った。

「扉も破壊してしまいましたし、一人でいる方がよっぽど怖いのでついて行きます」

「確かに・・・!分かった、じゃあ離れないようについて来てくれ。まずは城内にいる兵を探そう」

俺がそう言って歩き出すと、マスターは慌てたように仰け反った。

「探すって、正気ですか勇者様!さきほどまで私達を閉じ込めていた方たちなんですよ!普通遭遇しないように避けて行きますよ!」

「心配するな。王国騎士団の連中とはほとんどが顔見知りなんだ。皆んな気の良い奴だからきちんと説得すれば地下牢まで案内してくれる」

「・・・ゆ、勇者様、地下牢の場所ご存知ではないんですか?ここに住まわれていたんでしょう?」

マスターは意外そうに目を瞬いた。

「王城には住んでいたが別棟だ。確かに本城の方にも数え切れないほど来たがあまりうろちょろしなかった。怒られたし」

「探検しようとはされたんですね」

 何にせよ場所が分からなければどうしようもない。取り敢えず下の階に降りていこうと階段へ向かうと、複数の近衛兵が一列に並んで見張っていた。

「よし見つけた。行くぞマスター」

「沢山武器を持っているじゃですか!大丈夫なんですか」

「任せろ」

不安気なマスターを他所に近衛兵の集団に向かっていく。不安げに後をついてくるマスターを横目に、俺は不敵の笑みを浮かべた。

大丈夫だ。彼等は優しい。それに何が起こったとしてもこの俺様だ、全員素手で倒せる。俺が近づいて来たことに気がついた兵士の一部が、慌てた様子でこちらに駆け寄って来た。

「勇者様!一体何故ここに?」

「説明は後だ。トオル達の所へ案内してくれ」

「いけません。国王陛下からの御勅令なのです。どうかお部屋にお戻り下さい」

決められた台詞を読み上げるよう平然と言ってのける熟練の兵士の姿に、俺は複雑な思いを抱いた。トオルと共に鍛錬を積んだ過去を持つ彼らが、どうしてトオルの死刑を前にこのような薄情な態度でいられるのだろう。

「トオルは無罪だ。根拠もある。俺を信じてくれないか」

時間が無い。分かってくれと心の底から祈りながら俺は兵士達を見つめた。そして彼らを説き伏せるために、今日の昼トオル達に会ったこと、その時彼からの敵意を微塵も浴びなかったこと。国王陛下の不自然な怪我のことなど、思い浮かぶ限りの不可解な点を伝えた。

「頼む、俺は明日の処刑を止めなければならん」

俺がそう言うと、兵士達は無表情で俺達が閉じ込められていた部屋の方角を指さしたを

「出来ません。勇者様、お部屋にお戻り下さい」

 ーー何故だ。

「お前達もトオルとは仲良くやっていたではないか!!」

「お部屋にお戻り下さい」

「どうしてだ。仲間の処刑を黙って見過ごすような(たち)の者はこの中には居ないはずだ!そんなに薄情な奴らだったのか、見損なったぞ!!」

「お部屋にお戻り下さい」

「国王が間違った判断を下したのであればそれを止めるのも王国騎士団の務めだろう」

この時俺は、確かな違和感を彼らから拾った。無機質な声、表情、動き・・・そして。

――あるかなきかの、微量な魔力。

「勇者様。お部屋にお戻りください」

「誰がこんなことをした」

神経を集中させなければ分からない程度の僅かな魔力の気配に、俺は生まれて初めて背筋の凍る感覚を覚えた。兵士達には今間違いなく魔術による精神操作が施されている。一人一人の言動は単調だが、簡単には解除できない複雑な魔術式を組まれているらしい。そして術の精度以上に、術者の気配のほぼ完全に絶たれた魔術操作が出来る者を俺はトオル以外に知らなかった。

この事実だけで、相手は俺より遥かに格上であることが分かり栗肌が立つ。

――分からない。

一体何がどうなっていると言うんだ。国王陛下にはこの微量な魔力さえ感じなかった。兵士達は操られていて、陛下は操られていないということか?つまり、この術式操作は陛下の意思?そんなはずはない。そんなことは絶対にありえない。

「俺は戻らん・・・」

腰を落とし、武術の構えで相手を牽制する。

「押し通る!」

そう口にした途端、その場にいた兵士達が一斉にこちらへ剣の切っ先を向けた。カチャリと擦れる聞き慣れた金属音に全身の血の気が引く。

――国王陛下は。

「ひぃっ」

俺の背後でマスターが小さく悲鳴をあげる。

「勇者様。お部屋にお戻り下さい」

「誰に対して刃を向けているか分かっているのか」

――国王陛下は、俺とトオルを引き合わせたくないためにこんなことをしているのか?俺がトオルから殺されるとでも思っているのだろうか。今の状況を国王陛下が作り出しているのであれば、理由はそれしか思い浮かばない。俺を守るために・・・?

「お部屋にお戻り下さい。拒否をなさるのであれば」

一歩、鎧の音とともに詰め寄られ剣の先が近づく。

「命懸けで、食い止めます」

淀みのない純粋な殺意がピリピリと空間を揺らした。それと同時、俺は先ほどまでの自分の能天気な思考回路を心の底から悔いた。

「逃げろ!マスター!!」

声を張り上げマスターを逃げ道へ誘導しながら、俺は斬りかかってくる兵士達を素手でなぎ倒した。

殺意を向けられた。王城の兵士達に。

――この俺が。

国王は俺を心配してトオル達の元へ行かせまいとしているのではないのか? だったら何故彼等は俺に武器を向ける!!

なるべく傷をつけないよう兵士達の急所を突いて気絶させていく。戦いながらなら皮膚で感じる明確な殺意に、臓腑が冷たくなった。兵士達は本気で俺を殺そうとしている。どうして。

「一体何があったと言うんだ!!」

俺が、何の思考もしない日々を送っている間に。魔術操作の連動機能によるものか、騒ぎを察知した他の階の騎士団員達が次々と駆けつけて来る。

「くそ、キリがない」

どれだけ気絶させても骨を折ってもすぐに起き上がって攻撃して来る。痛みを感じないというだけでは説明がつかない不自然な動きに身の毛のよだつのを感じる。

「人間の領域を越えているぞこれは・・・!」

「勇者様!後ろです!」

「分かっている!・・・って、マスターまだ居たのか!」

「逃げ切れなかったんですよ!」

「うむ、確かにこれは厳しいな・・・!!」

 しかしこれは不味いぞ。 マスターを庇いながらの戦闘では尚更分が悪い。一旦形成を立て直して出直さなければ・・・死者が出る。

「すまんマスター、一旦引くぞ!」

「は、はい!」

転旋てんせん転移ーー』

俺が転移魔法を詠唱しようとしたその瞬間、兵士達の動きがピタりと止まった。

「一体何の騒ぎじゃ」

「ひぃッ」

マスターが小さく悲鳴を上げる。

本来であれば安心感を覚えるはずのその声にも、状況が状況なだけに頬が引き攣った。兵士達がぞろぞろと道を開けていき、声の主と真っ向から対峙する形になる。

「・・・国王」

冷や汗が背筋を伝う。最悪の展開で来やがった。国王陛下は訝しげに眉を顰めながら、俺のことを下から上に静かに観察した。無機物でも眺めるような冷たい視線が信じられず、俺は何故か叫び出したいような気持ちに駆られた。

「うーむ。正直信じられん。呪術空間から抜け出したのか」

「・・・」

「どういう方法であの部屋の扉を破壊したのか、教えなさい。意図的にやったのかね?」

 ーー逃げるか?

転移魔法は身体中の魔力を根こそぎ使う。聖剣がない今使えて三回。しかもそれ程遠くへは行けないはずだ。

トオル達の処刑の件があるので俺は逃げるわけにはいかないが、せめてマスターだけでも王城の外に連れて行きたい。

「昼間の発言から警戒してはいたが、やはりトオルと繋がっていたか」

「・・・」

全力で使ったら王都広場までは辿り着く。しかしそうしてしまえば魔力が完全に切れた状態であの人間離れした兵士達と戦わなければならなくなる。

ーーま、答えは決まっているんだけどな。マスターを逃すのが最優先だ。

「お茶でもどうかね。ゆっくり話をしよう」

流石の俺のこの言葉には額へ青筋を浮かべた。イラッときた。

「国王、俺を舐めているだろう。俺は舐められるのが一番嫌いでな」

国王は俺の発言を全て無視し、困ったように首を傾げた。この仕草があまりにも普段の国王陛下の通りなので、俺は自分の脳が分かりやすく混乱する。

「勇者よ。部屋から出てはならないというわしのメッセージを受け取ってはくれなかったのかね」

「ーー俺は自分に都合の良い通告しか受け取らん」

緊張が相手に伝わらないようわざと不敵に笑ってみせる。せめて無詠唱での転移魔法を使えれば直ぐにでも発動するのだが。流石に広場まで飛ばすとなれば詠唱がいる。詠唱なしで世界の裏側まで飛べるのはトオルくらいだろう。

「そう逃げようとするでない。心配せんでもわしはお主の命を危険に晒すような真似はせん」

「兵士達は俺を本気で殺そうとしていたぞ」

「それは驚いたのう」

 本当に驚いたように呟くと、王は困ったように頰を掻いた。

「四肢はいでも命は獲るなと命令した筈なのじゃが」

「・・・は?」

 ただ、耳を疑った。国王の言葉なのだろうか。今のは。

「勇者よ。部屋に戻りなさい」

 心臓が脈打ち、急速な血流の流れに呼吸が乱れる。

ーー何故。分からない。目の前にいる人物は一体なんだ。

「・・・それは、出来ない」

震える拳を握り締めやっとの思いで言葉をつむぐ。

どうしても部屋に戻るわけにはいかない。その意志だけは変わらなかった。頑固として動く気配のない俺を見兼ねた国王は悲しそうに溜息を吐くとぽつりと声を漏らした。

「お主もトオルも本来であればわしに頭が上がらん筈なんじゃがの」

 国王はゆっくりとこちらに近づくと俺の肩に手を置いた。

「もう一度言う。部屋に戻りなさい、勇者よ」

――出来るわけがないと言っているだろう!!!

こみあげてきた怒りに身を任せて国王の手を薙ぎ払う。ここに来てようやく、今更、その違和感が目を背けられないほど膨大なものであることに気が付いた。

「貴様、国王ではないだろう」

「・・・」

「--答えろ!魔術ではない、俺の直感がそう言っているんだ。そして俺の直感は正しい!!」

 困惑、悲しみ、怒り、嫌悪殺意絶望焦燥畏怖失望。

負の感情が内側から湧き出て止まらない。でもそれらより、何より。自分が悔しくて情けなくて、罪悪感で胸が張り裂けそうだった。

 国王は両手で顔を覆い天を仰ぐと、溢れんばかりの笑みを浮かべてこちらを見た。

「本当に残念じゃ。大人しくわしの言うことに従っていれば悪いようにはせんかったものを」

 ーー不味い。

相手は格上であり、俺の手元に聖剣はない。勝ち筋どころか逃げ道さえ見当たらない今の状況で、マスターの命を保証できる自信が俺にはなかった。

それでも転移魔法を使おうと試みるのは、ほとんど贖罪の感情に近かった。

「マスター掴まれ!」

「はい!」

『転旋ーー』

「させん」

「ガハッ!!」

俺の詠唱を拘束魔術遮ると、国王はマスターを勢いよく蹴飛ばした。

「マスター!」

「動くな」

 ーー最悪だ。

複数人の兵士がマスターの首に大槍を突きつける。

「嗚呼、悲しい、悲しいのう」

国王は心底可笑しそうに口角を上げ、ひたいに手を当てた。

「大事な息子が今日一日で二人も居なくなってしまうとは」

 「・・・?」

そのまま動きを止めてしまった国王を訝しげに見つめていると、廊下の奥から一人の人影が姿を見せた。

現れたのは一人の少女。長い黒髪を腰まで降ろし、見慣れない紺色の衣装を身ににまとっている。首から下げた赤いリボンが彼女の幼い風貌を一層際立たせていた。その少女が、困惑する俺の頭を包み込むように抱き上げた。

邪悪。笑みも覇気も魔力も何もかもが邪悪だった。

ーーなんなんだ。

女は俺の耳元に口を近づけ吐息を吐く。そして、残念そうに、それでいて恍惚と笑った。

「あなたの良い所は、愚かで高慢で鈍感で矮小なところだったのに」

「・・・」

 いつからだ。いつから俺は間違っていた。つい昨日までは平和だった。つい今朝までは何でも無い様な一日だった。平和?平和だったのか?本当に。

 俺は。

 自分が何もしていないことを棚に上げてトオルに嫉妬して、自分は、国王の変化に気づきもしなかったのに。

何が勇者だ。マスターを巻き込んでおいて、俺は。


「さようなら。英雄君?」



 *****暗転。



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