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7話  勇者と国王②


 


「良かろう。トオルに会わせよう」

 国王は観念するよう言い、ゆっくりと立ち上がった。

良かった。強行突破する必要は無くなったようだ。国王だって希望があるならそれを信じたいのだろう。トオルのしたことは許されることではないが事情があるのであれば話は別だ。

「ありがとう」

 安堵する俺を見て国王は微笑した。

「ついて来なさい」



 ******



 案内されたのは簡単に言うと客室だった。

 部屋にはトイレもシャワールームも付属されており、食客を持て成すにはもってこいの場所なのだが。

「何故マスターもいるんだ?」

「こちらが聞きたいです」

 もっとこう、地下の牢獄のような場所に案内されると思っていたため拍子抜けだ。トオルをここに連れて来るとは言っていたが、そう簡単に城内で処刑人を連れ回していいものなのか?というか、何故か聖剣まで没収されてしまったし。

 ――いやいや、何を疑ってるんだ俺は。


 あの国王のことだ。何か理由があるのだろう。

 命が狙われたとはいえ冷たい牢獄にトオルを閉じ込めたくなかったのだ。

「トオルがここに来ると言うことは、ルシアさんも付いてくる可能性があると言うことだ」

「ど、どうなのでしょう」

 そうだ。今はトオルがどうこうよりももっと重要なことがあるじゃないか。俺は今から運命の人の運命を救おうとしているわけで、恋に落ちるまで待ったなしの状況でもあるわけだ。勢いのままにここまで来てしまったが、いざ会うとなるとどう言う顔をすればいいか分からん。

「マスター!俺は格好いいか!」

「はい!」

「イケメンか!」

「イケメンかと!」

ルシアさんへかける最初の第一声を必死に考える。うむうむと唸り悶えている俺をしばらく見守っていたマスターがが、申し訳なさそうにおずおずと手を挙げた。

「勇者様。お悩み中にこういうことを申し上げるのも気が引けるんですが、トオル・ヤブキは本当にここいらっしゃるのでしょうか」

「どういうことだ?」

「今の状況、かなり不可解ですよ。国王陛下は彼等を連れてくると言って部屋を出ましたが、普通自分を殺そうとした相手を迎えに行こうとしますか?そもそも、私がここにいる事だって非常に不自然です」

「国王が嘘をついていると言うのか?」

 思わずむっとした声色になった。

「そう言うわけではございませんが、その可能性を考慮した方が良いと思っています」

「それだけトオルを信用しているということだろう。マスターがここに居るのは俺の親友特権だ」

「信用しているならば斬首刑に処すはずがありません。勇者様、冷静に考えてみてください。不自然な点が多すぎる」

マスターの言いたいことは確かに分かるし、俺だってその疑問を全く抱かなかった訳ではない。しかし。

「俺はいつでも冷静だ。マスター。いくらあなたと言えど俺の前でこれ以上王を悪く言うのは許さんぞ」

「・・・も、申し訳ありません」

 国王が俺に嘘をつく訳がない。

 あの国王は、誰よりも虚言を嫌う人なんだ。

 そもそも、俺は国王にサプライズされてサプライズしたことがない。元より何かを隠そうとして平静でいられるたちの方だからな。とは言っても、今の言い方はかなり八つ当たり気味だったかもしれない。

「ま、マスターを責めているつもりでは無くてだな。そのすまん」

「いえ、こちらこそ浅はかでした」

顔色を窺いながら謝罪をすると、マスターは困ったように笑った。

「まかさ勇者様に機嫌を窺われる日が来るとは」

「すまん・・・」

もう一度謝ると、マスターは申し訳なさそうな顔をした。

「謝るのは私の方です。国王陛下は勇者様にとって本当に大切な方なんですね」

「・・・」

大切、どころじゃない。それ以上だ。

「師であり、親だ」

 そうぽつりと呟くと、ナマスターは目を瞬いた。

「元々俺の家庭は母子家庭だったんだ。王国騎士団の団長をしていた父親は俺が生まれた頃にはもう既に他界していた。母親は本当に優しかったしそれなりに幸せに暮らしていたのだが、俺が7つの時、夕飯前に強盗に入られ刺殺されてしまった。偶然外の森で遊んでいた俺は、能天気にも生きながらえたわけだ」

「・・・」

「母親の死を聞きつけた国王が身寄りの無くなった俺を引き取ってくれたんだよ。そこからは騎士団の男達と城のメイド、国王陛下が俺の親代わりになってくれた。俺に魔力が発現したのは母親がいなくなって2年目くらいだったはずだ」

「苦労、されていたんですね」

 ナマスターの言葉に首を振る。

「苦労したのは大人たちの方だ。両親や国王、王国騎士団の兵士たちが苦労してくれたから俺はここに居る」

「勇者様・・・」

「ま、魔神王討伐はほぼ俺の功績だがな」

あからさまに酸っぱい顔をするマスターを見てくすりと笑うと俺は再び口を開いた。

「本当に良くして貰ったんだ。家族らしいことは全部して貰った。周囲いわく俺の思春期は大変だったらしいので、迷惑もかけてきたと思う。国王陛下はそんな俺を厳しく叱り、勇者ではなく一人の子として向き合ってくれた・・・だから俺は、国王陛下を疑いたくない。信じると決めている」

国王陛下の気配も魔力も、最初に対面したタイミングで本物と感じ取った。現状、〝何者かが陛下に成り代わっている〟という最悪の事態に対面せずに済んだのは救いだ。魔術により精神を操られてしまっているという可能性も考えたが、その場合俺は確実に術者の魔力を感じ取れる。微量も分からないことがあるはずかない。

――大丈夫だ。大丈夫。まだ最悪の状況じゃない。

無意識に表情が険しくなっていたことに気づいた俺は、マスターを落ち着かせるためニカリと快活な笑みをつくった。

大丈夫だ。トオルがおかしくなってしまった原因は俺が必ず突き止めよう。ルシアさんも獣人の娘二人も必ず救い出す。国王に悔いの残る判断などさせてたまるものか。

「マスター!オセロがあるぞ!」

「い、良いんですか?トオル・ヤブキがいらっしゃるのでしょう?」

「なに、気晴らしだ」

「・・・はあ」

 暇つぶしもかねて俺とナマスターはボードゲームで遊ぶことにした。この部屋に入って30分が経過したしいつ来てもおかしくない。1ゲームくらいしたら片付けよう。

 そこから10分

 ――20分。

「くそう!負けた!もう一回だナマスター!」

「手加減はしませんよ?」

――1時間。

「勇者様、弱過ぎです」

「今は少し油断したんだよ!」

 ――2時間。

「日が落ちてきましたね」

「そう、だな」

・・・3時間前。

いつの間にか外は真っ暗になってしまった。どれだけ待ってもトオル達が来る気配どころか足音一つ聞こえてこない。部屋の外の兵士へ何度か声をかけたが、「もうしばらくお待ちください」と返ってくるばかりでそれ以外の情報が入ってこない。2時間が過ぎたあたりから、俺の内心はボードゲームどころではなくなってしまっていた。言いようもない不安に駆られていると、マスターが眉を潜める。

「あの、勇者様」

「言うなマスター」

「トオル・ヤブキは本当に来るんでしょうか」

「・・・」

 答えられなかった。

 何故だ。何故トオルは来ん。そして。

 この部屋に、誰も入ってこない。

 国王は嘘をついたのか?いや、そんな筈はない。でも、俺達をこの部屋に案内したのは国王本人だった。

――国王、本人。

事実と直感が乖離しているとき、大体最後真実になるのは直感の方だった。俺の直感は今、あの国王陛下を本物だと認識しているだろうか。

「勇者様」

「言うなってば」

下唇を噛む俺にたじろぎながらもマスターはめげずに言葉を続けた。

「今、雨が降っていますよ」

「雨?」

 慌てて立ち上がり窓に寄ると、マスターの言う通り土砂降りの雨が降っていた。暗闇の中、降りしきる大粒の雨が部屋内の光を反射し銀色の線を描いている。

 日が落ちてあたりが暗くなってしまっていたらこともあり全く気づかなかった。そしてそれ以前に。

――雨音が一切聞こえてこなかった。

「・・・外の様子を見てくる」

ありえん。そんなことは絶対にありえん。あの国王に限って。俺はただ胸を猖獗する最悪の予感に焼き切れる思いだった。

俺を思っての行動のつもりだろうか。それならば納得がいかなくもない。しかし、そうすればトオル達の斬首刑はそのままなのか?明日本当に決行するつもりなのか?

――国王もそれを認めたくなかったから俺に面会の許可を出したのではないのか!

トオルが死んでも構わないというのだろうか。俺はともかく、国王陛下はトオルのことを特別大事に扱っていたではないか。俺は可能性を提示したんだ。トオルが冤罪の可能性が十分に残っていることは、国王も十分に分かってくれた筈だ。

 だというのに何故。

勢いのままに扉に手を掛け外へ出ようと試みる。しかし、次の瞬間には俺はドアに頭をぶつけてしまった。

「痛っ!」

「勇者様!」

「・・・」

「ゆ、勇者様?」

「ドアが開かない」

「どうして・・・」

 それどころかドアノブすらも動かない。

「何故だ」

国王が俺に嘘をつくはずがない。騙そうとするだなんて以ての外だ。しかし、それ以上に。

 “よく来てくれたな、勇者よ”

あの国王が、息子に等しい存在であるトオルの処刑を目前にして平然と笑みを浮かべていたその事実に、俺は何よりも早く違和感を抱くべきだったのである。




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