6話 勇者と国王
国王と会うことを許可された勇者はマスターを連れて王室へと向かっていた。
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「奴隷解放の直訴というのは建前で、真の目的は魔神族と手を組んで自らを追放した王国への復讐。今日は最初の見せしめのために国王陛下を公の場で殺害しようとしたって・・・。極悪人ではないですかトオル・ヤブキ!勇者様、介入されてよろしいんですか?幸い、国王陛下はかすり傷程度で済まれたようですが」
「通訳ありがとう。マスター」
「いえ、そんなつもりではなくてですね」
――トオルが国王を殺そうとした?一体何故だ。
勇者パーティーを追放されたことを根に持っているのなら最初は普通俺を狙うだろう。でも、そうはしなかった。兵士の話を疑っているわけではないのだが、トオルの行動の真意を探るほど王国側の言い分との矛盾が目立った。
数分も経たぬうちに王室の扉の前に辿り着くと、俺はマスターの方を向き不敵な笑みをつくった。
「ここで待っていてくれ。マスター」
「はい」
「開けてくれ」
俺がそう言うと、扉の前にいた兵士たちは静がに部屋の扉を開いた。
「陛下、勇者様がお見えでございます」
国王の返事も聞かずずかずかと部屋へ踏み入ると、そこには右腕に痛々しく包帯を巻いた国王の姿があった。
「国王、入るぞ」
「よく来てくれたな勇者よ」
いつも通り莞爾とした笑みを浮かべる国王へなんとも言えない安心感を抱きながら、俺は国王のそばに寄った。
「近衛兵から話は聞いた。怪我の調子は大丈夫か」
「ああ、直ぐに治療を受けることが出来たからの・・・本当に、悲しいことだ。我が子のように思っていたトオルが、まさか王国への反逆を企てるだなんて」
そう言うなり、国王は大粒の涙を流し枕へ顔を突っ伏してしまった。泣き腫らした目元を見るに、今の今までずっと泣きどおしだったのだろう。
「な、泣くな国王!大分いい年をしているんだから」
「すまんのお」
「うむ。国王もかなり参っているようだな」
しっかり慰めたいところではあるが、そうゆっくりしていられない。
その場にいなかった俺には、国王の思いもトオルの考えもなにも分からない。だからこそ、俺だけはせめて感情に流されず国の未来のために動こうと思った。
「――国王。あなたの心中は察している。しかし、トオルの処刑の件、もう一度考え直してくれないか」
時間も時間だと思い、俺は早速本題を提示した。
「残念じゃがそれは出来ん。トオルは勇者パーティーを追放されたことを酷く恨んでおった。もし今情に流され刑を取り消してしまえば次に狙われるのは勇者、お主かもしれんのだよ」
「それは確かに」
いくら俺が聖剣を持っていたとしても、本気で俺を殺しにかかってくるトオルと真っ向から対峙したら勝てる気がしない。おそらくほぼ瞬殺だろう。だが、それは相手が本気の場合だ。
「俺は大丈夫だし保証もある。勇者だからな。頼む、トオル達に会わせてくれ。そもそも彼を勇者パーティーから追放したのは俺だ。今回国王が怪我を負ってしまったのも、元を辿れば全て俺のせいだ。このままトオルに会うことなく彼の処刑を見送るのは無責任だと思わないか」
俺の言葉を受けた国王は一瞬悩むそぶりを見せた後小さく首を振った。
「お主の言いたいことは分かる。しかしやはり、今お主とトオルを再会させるのは危険すぎる。頼むからトオルとの面会は諦めてくれ」
やはり駄目だったか。項垂れる国王の薄くなった後頭部を眺めながら、俺は最終手段へ出ることにした。
「実は今日の昼、トオル達と会った」
「――何?」
俺の一言を聞くなり、国王陛下は小さく顔色を変えた。
「国王。俺はあなたに対して強い恩を感じている。幼いころからずっと、勇者である俺を家族同然に扱ってくれた。感謝してもしきれなくらいだ。だがな」
俺は陛下の背中に手を添え、言い聞かせるように声色を落とした。
「――それは、トオルも同じなんだ」
国王の瞳が悲しそうに揺れた。
「トオルが本当に俺を恨んでいるのであれば俺は今日の昼とっくに殺されていただろう。聖剣も持っていなかったしな。国王だって・・・もしトオルがあなたを本気で殺そうとしていたのなら、かすり傷程度では済まなかったはずだ」
全て本心だった。
午前中彼と会っていなかったのならまだしも、俺は顔を合わせたし会話もした。
今このような状況になっていることがどうしても信じられないのだ。
「俺は国王の言葉は無条件で信じると決めている。今回の話だってすべて事実なのだろう。だからこそ、トオルの側に何かやむを得ない事情があったのだとしか思えない。俺達が今生きていることが何よりの証拠だ」
そもそもあのデコピン魔導士のトオル・ヤブキのことだ。本当に王国を滅ぼしたいのであれば素直に捕まるとは思えない。確実な逃亡手段くらい用意していたはずだ。
「刑を執行するには不自然が多すぎる。恐らく俺に会って王城に向かうまでの間に何かがあったのだろう」
畳みかけるようにそう言うと、国王は唸るように俯いた。
「もう一度言う。国王、トオルの処刑の件考え直してくれないか」
「・・・」
「俺をあいつに会わせてくれ」
ルシアさんが白の民だなんて信じられない。
王国の転覆を目論む魔神族だなんて以ての外だ。
たった数十分の出会いではあったが、俺は彼女の優しさに十分に触れたし、身を挺して奴隷を庇おうとした彼女の姿は嘘偽りのないものだったと確信している。
このまま処刑を見過ごすわけには行かない。俺が食い止めなくて誰がルシアさんを守るというのだ。
「国王、お願いだ」
ここまで息の詰まるような沈黙を体験したのはトオルをパーティーから追放して以来。
優しく同時に用心深い国王だのことだ。端からすんなり彼らのもとへ通してくれるとは思っていない。
「断られても、俺は行くぞ」
必死だった。俺は勇者だ。パーティー仲間が不祥事を起こしたのならそのしわ寄せは俺がするべきなんだ。
「応えてくれ、国王」
身を刺すような重たい沈黙が空間を満たす。長い逡巡のあと、国王はようやく口を開いた。
「よいだろう。トオルのいる場所へ案内しよう」