35・これからも、この場所で抹茶を
それから、フェリクス王子はワルブレイヴァの王城へ向かうため、馬車へと乗り込んで。
陛下も同じ馬車に乗るはずだけれど、彼はすぐに中へ入らず――見送るために店外へ立っていた私のもとへやって来た。
「レティー、これを」
陛下は、綺麗な瓶に入った液体を差し出す。
「冒険者時代、俺がよく使っていた回復薬だ。効果は抜群だぞ」
「え……?」
「桜の花を咲かせるために大量の魔力を消費して、無理をしていたのだろう?」
「!」
(陛下……気付いていたんだ)
何も考えていないように見えて、実は周囲をよく観察し、気を配っている御方だ。もしかして、最初からお見通しだっただろうか。
「今日のお前は、本当によく頑張ってくれた。ありがとう、レティー。フェリクス王子が、お前に敬意を表したように。俺もお前の笑顔に、いつも力をもらっている」
陛下の手から回復薬を受け取ると、彼は晴れやかな笑顔を浮かべ、馬車へ乗り込んでゆく。
「ではな、レティー。また王城で会おう。次はお前がどんな菓子を作ってくれるのか楽しみにしている。――菓子がなくとも、またお前と話せるのを、楽しみにしているぞ」
「はい、陛下! またとびきりのお菓子を持って、お茶を点てに行きますから!」
それからフェリクス王子は、2日ほどこの国に滞在して自国へ帰ってゆかれた。
後に陛下からお話を窺ったのだけど、フェリクス王子は今回の滞在をとても楽しんでくださったそうだ。甘味処以外にもいろいろな場所を観光なさったそうだけれど、私の店が1番気に入ったと言ってくださったのだとか。
これも陛下から聞いたことだけど、ルーヴェンシアの国王は正妃よりも側妃を優遇して、フェリクス王子は正当な次期国王でありながら、幼い頃から正妃様と共に不遇な扱いを受けていたらしい。
しかしフェリクス王子が正式に国王へ即位することになり、その待遇は改善されるそうだ。フェリクス王子が幼い頃、彼がまだ子どもで何もわからないだろうと軽視していた人々も、これまでは過去の自分の行いがいつ公のものとなり罰を下されるかと、震えて過ごす日々を送るだろう。
ちなみにウラキスに関しては、度重なる私への迷惑行為、国賓を迎えるための店への器物破損、それを自分がやったわけではないと虚偽を述べたことなど様々な罪を考慮した結果、放置していたらそのうち国に仇なす存在だと見なされ、北の塔に幽閉という処分が決まったそうだ。
これからウラキスは自由など一切なく、過酷な囚人労働を課せられることになる。自業自得なので、同情する気は一切ない。
一方、私の方はといえば――とうとう、長らく準備中だった甘味処が、一般のお客さん向けにも開店した。
「おお、これが『抹茶』か! 品評会で陛下が口にしていたのを拝見してから、ずっと飲んでみたいと思っていたのだ。王と同じものを口にできるとは、光栄の極み!」
「この『抹茶パフェ』、なんておいしいの。ひんやりしていて、甘いのに甘すぎず、爽やかな風味で……。こんなの初めて食べたわ!」
「こちらの『ねりきり』も素晴らしいわ! 花の形をしていて、とても美しいの。しかも形だけじゃなく、優しい甘さでほっとするの。ああ、本当にこのお店に来られて嬉しい」
(すごい。お客さん達がみんな、とびきりの笑顔になってくれている……)
皆さんの笑顔を見ていると、私の心もとても温かくなって、うずうずと落ち着かなくなる。
もっと皆さんに喜んでもらうために、次はどんなものを作ろうか。甘味処といえばお団子やあんみつを作りたいし、甘いものだけでなく、おいなりさんのようなしょっぱいものもお出しできたらきっと素敵だ。
(このお店をどんなふうにしていこうかって考えると、すごくワクワクする。なんて、楽しいんだろう……!)
もちろん、人生は楽しいことばかりではない。品評会の際に一度は罰せられたウラキスが懲りずにまた私のもとへ来たように、いつかはまた、理不尽な困難にぶつかることもあるかもしれない。
それでも、どんなことがあろうと、きっと私は乗り越えてゆける。いいや、乗り越えてみせる。
以前は婚約者や家族に振り回されていた人生だったけれど、私の人生は、私のためにあるのだから。これからも理不尽に負けず、自分の好きなことをして――幸せな日々を送ってゆくのだ!
「レティー様。2番のお席のお客様用の、どら焼きができました」
お店の厨房にて、リーフさんが、皮が焼きたてのどら焼きをお皿に載せてくれる。
「ありがとうございます。それじゃあ――私はお客様の前で、抹茶を点ててきますね!」
今日も私は茶筅を持ち、お客様の笑顔のために、心を込めて抹茶を点てる。
お客様の微笑みに力をもらって、自分もとびきりの笑顔になる。そんな私に、祝福のように――柔らかな風が、店の庭から美しい桜の花びらを運んでくれるのだった。
読んでくださって本当にありがとうございました!
『「俺は運命の聖女と結婚する」と捨てられた令嬢ですが、その聖女とは私のことです』という新作を書きましたので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします!




