34・そして、幸せな結末へと向かう
今回からまたレティー視点に戻ります。
(よかった、フェリクス王子に喜んでいただけたみたい……!)
ウラキスの妨害のせいで一時はどうなることかと思ったが、結果的になんとかうまくいった。
障子を張り直し荒れていた庭も掃除し、綺麗にして。それでも花が落とされ物寂しかった光景をなんとかするために、栽培魔法で桜の木を出現させたのだ。
栽培魔法は、かなりの魔力を消費する。デリックさんに用意してもらった魔石の力を借り、桜を出現させるのと引き換えの大量の魔力消費にギリギリ耐えることができた。おかげで、店の庭は桜の大木によって見事に優美な光景が完成した。
また、ウラキスによって破られた浴衣は簡易的に縫い直し、上からエプロンをつけることで破れが見えないようにした。本来はエプロンをつける予定はなかったのだが、これはこれで和風カフェの制服らしくていい。
「フェリクス王子殿下、アルヴァス国王陛下。本日はお二方の大切な交流の場に、当店を使っていただき誠にありがとうございます。私もワルブレイヴァの一国民として、これからも両国の安寧をお祈り申し上げ……」
「おいレティー、貴様ぁーっ!」
深く礼をしようとしたところで、二度と聞きたくなかった声が聞こえ、嫌な意味で心臓が跳ねる。
(嘘でしょ、もう戻ってきたの……!? もう少しで陛下とフェリクス王子がお帰りになるところだったのに)
「元婚約者を魔法で飛ばすなんて、お前はなんて酷い女なんだ! まったく、どうしてそんなふうになってしまったんだ? 昔のお前は、ちゃんと俺に従っていたのに。やっぱりお前には、俺がいないと駄目ということだ。俺がお前をちゃんと教育して、正しい淑女に……」
「おい、なぜこの男がここにいるんだ?」
ウラキスは私のことしか見えていなかったようだけど、陛下に声をかけられ、ビクッと肩を震わせる。
「こ、国王陛下!?」
「レティー、こいつは品評会の際に、お前に乱暴を働こうとした男だろう? 驚いた、一度罰してやったのに、まだ懲りずにレティーにつきまとっていたというのか」
陛下に鋭い瞳で睨まれて、ウラキスは顔面を蒼白にし、ぶんぶんと首を横に振った。
「い、いいいいえそんな、まさか、陛下! 私を信じてください! 私は何もしておりません!」
「だがお前は今確かに、レティーに暴言を吐いていただろう?」
「そ、それは! そう、聞いてください陛下! この女、魔法具で突然私を転移させたのですよ! 話の最中に人を飛ばすなど、失礼でしょう!? 悪いのは、この女なのです!」
「レティーが意味もなくそんなことをするはずがない。お前が何かしたから飛ばされたのではないか。……レティー、またこの男に何かされたのか?」
陛下に問われ、さすがに話さざるをえなくなる。
(陛下と王子がご来店する前、実はお店がぐちゃぐちゃにされていましたーなんて、お二人の耳に入れるつもりはなかったんだけど……。この状況じゃあ隠しておく方が不自然だし)
「実は……陛下達がいらっしゃる前、ウラキスに店をボロボロにされてしまったのです。必死に掃除して、なんとか復元できましたが。この『浴衣』という衣装も、破られてしまって……。縫った部分を隠すためにエプロンをしていたのです」
エプロンを外して、あちこち縫われている浴衣を見せる。
ウラキスは目に見えて焦り、それでもまだ自分の行いを否定した。
「い、言いがかりです! その女が嘘をついているのですよ! それを私が行ったという証拠など、どこにもないでしょう?」
「なるほど。では、確かめていいのだな?」
「え?」
「俺が冒険者だった頃の仲間の魔法使いには、自白の魔法を使える者がいる。そいつに頼んで魔法をかけてもらえば、今のお前の言葉が、嘘か真実かはっきりする。ちなみに、もしお前の言葉が嘘だった場合、己の行いを偽ろうとした罪で更に重罪となるが、よいのだな?」
ウラキスは冷や汗をだらだらと流してガクガクと震えるが、今更嘘ですと言うこともできないようだった。顔色を、もはや青どころか紫にして立ち尽くしている。
「ともかく、今は貴様に構っている時間はない。後にゆっくりと調べさせてもらおう。衛兵、この男を連れてゆけ」
「はっ」
陛下と一緒に来ていた兵士の方に連れていかれ、ウラキスは今にも泣き出しそうな顔をしていたが、完全に自業自得だ。
(陛下のおかげで、ウラキスがあまり暴走しなくてすんだけど……フェリクス王子にせっかく寛いでいただいていたのに、台無しな気分にさせてしまったかもしれない)
私はフェリクス王子に、深く頭を下げた。
「フェリクス王子殿下。せっかくの機会ですのに、このような場面をお見せしてしまい、誠に申し訳ございません」
「顔を上げてくれ。詳しい事情はわからないが、君は店を荒らされた被害者なのだろう」
「寛大なお心遣い、感謝いたします」
フェリクス王子は、美しい夜色の瞳でじっと私を見る。
「少し立ち入ったことを聞いてもいいか? ……さっきの男は、君のなんなんだ」
「元婚約者です。彼の不貞により婚約は解消することになったのですが、それによって彼は逆恨みをして……」
品評会の際にあった出来事を簡潔に説明すると、フェリクス王子は同情……ではなく、不思議と、共感するようにそっと目を伏せた。
「……君は、苦労したんだな。罪もないのに理不尽に苦しめられる気持ち、私にもよくわかる」
ルーヴェンシアの第一王子であり、生まれた時から次期国王となることが決まっていた御方がそんなことを口にするのは、少し驚いた。
だけど、私だって元は侯爵令嬢という、周りからしたら恵まれた立場でありながら、家族からも元婚約者からもさんざんな扱いを受けてきたのだ。フェリクス王子も、人知れず苦しみを背負ってきたのだろう。
「レティー。だけど君は、そんな酷い理不尽に、負けなかったんだな。心を腐らせることなく、前に進み続け……こんな素晴らしい店を持つまでになった。君の点ててくれた抹茶からも、作ってくれた菓子からも。君の優しさと心の温かさが伝わってきた」
彼は隣国の王子様であり、時期国王様。尊い身分の御方であるにも関わらず、私と対等に向き合い、慈しみと敬意を持って語りかけてくださる。
「君は、強く優しい人だ。そんな君に、私は敬意を表する。君のように……私も、強く在りたいと思う」
整った顔立ちに、柔らかな笑みが浮かべられる。
フェリクス王子の髪は美しい銀色で、その髪が風に揺られ、舞い落ちる桜の花びらに彩られると、まるで一枚の絵画のようで思わず見惚れそうになってしまった。
「ありがとうございます。そんな風に仰っていただき、とても嬉しく存じます。私のような者の痛みも蔑ろにせず、心の痛みに寄り添ってくださるフェリクス王子殿下は、きっと全ての民に慈悲をかけてくださる、素晴らしい王になられるのでしょうね」
笑顔を返しそう告げると、フェリクス王子は一瞬驚いたように目を見開いたのち、ふっと更に笑みを深めてくださった。
「ありがとう。――私は、良き王になると約束しよう。ルーヴェンシアにとっても、ワルブレイヴァにとっても」
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