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33・隣国のフェリクス王子視点2

 隣のアルヴァス国王も、私と同じように驚いた顔をしている。どうやら彼もこの花を見るのは初めてのようだ。


「レティー、驚いたぞ。この花は一体なんだ!? 少し前にこの店に見学に来た際は、なかったじゃないか」

「桜、というんです。この大陸には存在しない植物だったのですが、魔法によって、咲かせることを可能にしました。今日という日を、殿下達にとって最高の思い出にしてほしくて」


 レティーと呼ばれた女性はアルヴァス国王にそう言うと、次いでこちらに微笑みかけ、深く礼をした。


「申し遅れました、フェリクス王子。私はレティー、この店……甘味処の経営者です。本日は王子のために礼を尽くしておもてなしいたします」

「そうか……よろしく頼む」


 あらためて、レティーと名乗った女性の姿を見る。


「珍しい服装だな。ドレスとは全く違うが、華やかで品がある」

「光栄に存じます。浴衣、という衣装です」


 レティーは浴衣の上からエプロンをつけていて、メイドのような装いではある。しかし通常メイドは黒のワンピースの上からエプロンをつけるのに対し、花柄の浴衣の上からエプロンをつけているのは、目に鮮やかだと思う。普通のワンピースと違い、袖が広がるような形になっているのも面白い。


「とっておきのお菓子とお抹茶をご用意しておりますので、お持ちいたしますね。畳のお部屋になさいますか、それともせっかく桜が綺麗に咲いたので、外で召し上がりますか?」


 レティーがそう尋ね、アルヴァス国王は真剣に考え込む。


「むう、悩ましいな。俺は畳も好きなのだが、これほど美しい桜という花、もっと眺めていたい」

「では、縁側にお座りになりますか? 正座は、慣れていないと大変でしょうしね」

「うむ、ではそうしよう!」


 甘味処の中に入ると、タタミという、なんとも不思議な床の部屋が印象的だった。初めて見るものなのに、素朴で温かい感じがし、とても心落ち着く。その部屋の一角にある「ショウジ」という紙でできた戸を開けると、先程の桜がよく見える。


 そして、案内された「エンガワ」という場所は、部屋と庭の中間にあるような不思議なところだった。庭園にテーブルと椅子を用意するのではなく、この場所から庭を眺めるというのも、とても心地いい。


「なんというか……この店は全て、心が、温かくなるような感じがするな」


 初めての場所なのに居心地がよく、肩の力を抜いていられる。

 店主の、この店で寛いでほしいという気持ちが伝わってくるように。


「私も、この店とレティーの点ててくれる抹茶が、とても好きなのです。フェリクス王子にも気に入っていただけたようでよかった」


 縁側にアルヴァス国王と並んで座り、はらはらと舞う桜を眺めていると、レティーが盆に載せた菓子と、小さなボウルのような器を持ってきてくれる。


「本日のお菓子は、『ねりきり』と言います」

「この菓子は……『桜』という花と同じ形をしているな」

「はい。味だけでなく、見た目も楽しんでいただきたくて、この形にいたしました」

「美しい。まるで桜の花をそのまま食せるかのようだ」

「光栄に存じます。今、抹茶を点てますので、その間にお菓子を食べていてくださいませ」


 共に出された、小さな木の匙のようなもので「ねりきり」をそっと切り、口へ運ぶ。

 クリームやジャムとはまったく異なる甘さと、優しい口溶け。今まで食べてきたどんな菓子とも違う。素朴で、心がほっとするような菓子だ。


「とても……美しく、優しい味の菓子だ」

「ありがとうございます。さ、抹茶ももうすぐできますよ」


 レティーは小さなボウルのような器に鮮やかな緑の粉末を入れ、湯で溶いて、木製の泡だて器のようなもので攪拌(かくはん)してゆく。静謐さの中でシャカシャカと響く音が、耳に心地いい。


「……その器も、泡だて器のようなものも、初めて見る。面白いな」

「器が『茶碗』、こちらの道具は『茶筅』でございます」


 そうしてレティーは、茶碗に入った抹茶を私の前に置いてくれた。


「どうぞ」

「ありがとう。では、いただこう」


 茶碗を口元に運んだだけで、爽やかないい香りが鼻孔をくすぐる。そうして、抹茶に口をつけると――


(おいしい……)


 優しい甘さを堪能した口に、ほどよく渋くて爽やかな抹茶の風味が混じって、甘みと苦みがマッチし、口の中が幸福な味わいで満たされる。


 温かな味わいに、自分がこれから王となることへの不安や、緊張で硬くなっていた心が解け、癒やされてゆくのを感じた。


「……素晴らしいな。こんなに優しく温かな時間をもたらしてくれたこと、感謝する。おかげで、初心に戻れた気持ちだ」


 私は、良き王になる。我が国が、人々にとって暮らしやすい、平和で幸福な国であれるように全力をつくそう。私が王になった以上、リリアンヌ様にももう好き勝手はさせない。かつて母上を理不尽に虐げていた罪を暴き、正当に罰を受けてもらう。罪のない者を虐げる人間が罰を受けない社会は腐敗している。理不尽に虐げられた者が泣き寝入りをする社会であってはならないのだ。


「この店も……抹茶も、菓子も。とても気に入った。心から礼を言おう。……ありがとう、レティー」

誤字報告ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
浴衣は文字通り湯浴みのあとに羽織るような簡素な衣服なので、「着物」と書き換えた方が良いと思いますよ 普通の着物よりもさらに数段落ちるものなので流石に王族のおもてなしの際に着て出られるものではありません
浴衣は簡略着なので、いくら和服が知られていないとはいえ、一般客への対応なともかく、重要な会談に用いるのはどうかなと思いました。茶道部であれば和服のTPOも把握されてるでしょうし、侯爵令嬢としてもネグリ…
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