31・窮地を乗り越えて、花を
「ともかく、私があなたと復縁する気は一切ありませんので。金輪際二度と、私の前に現れないでください」
淡々とそう告げ、彼に背を向けようとすると、ウラキスは声を上げた。
「おい、待て! もう家から縁を切られ、貴族令嬢でもないお前から俺に復縁を迫るのは気が引けるだろうと思って、きっかけを用意してやったんじゃないか!」
「気が引けるも何も、だから私はあなたと復縁する気は微塵もありません。迷惑極まりないです」
「強がるな、レティー……お前には、俺がいないと駄目なんだよ」
まるで自分を人気舞台役者と勘違いしているような、演技がかった甘い台詞に心底ぞわっとする。どうするべきなのかと、頭を抱えたくなっていたところで――
「レティー様に近付くな」
冷気と怒気――それすらも通り越した、ぞっとするほどの殺気を感じる。
リーフさんが、今まで見たこともないような鋭い瞳で、ウラキスを睨んでいた。
感情が昂っているせいか、獣耳も尻尾も剥き出しになり、逆立っている。
「な……っ、貴様、獣人か!? 野蛮な!」
「そんな言葉は聞き飽きている。今更野蛮なんて言われたところで、どうとも思わない。だが……レティー様にそれ以上無礼を働くようであれば、野蛮なんて言葉では生温いほどの地獄を見せてやる」
(っ、すごい迫力……)
その殺気を向けられているわけではない私すら、凍りついてしまいそうだ。デリックさんも二人の仲裁に入るようにしつつ、ウラキスに敵意を込めた笑顔を向ける。
「元公爵子息。これ以上あなたが何か言っても、見苦しいだけですよ。それにレティーさんは、あなたの力を借りなければなんとかできないほど落ちぶれていません。レティーさんには私達もついていますし、何より彼女は、あなたなどよりずっと有能なのですから」
「ぐ……っ、なんなんだ、貴様らは! 俺はそいつの元婚約者だぞ! 関係ない奴は黙っていろ!」
「『元』ということは、今は他人だろう。今この場で、最もレティー様に関係ない奴が貴様だ。レティー様は迷惑だと言っているんだぞ。これ以上彼女に何かするつもりなら、タダじゃおかない」
「何をする気だ!? 言っておくが少しでも俺におかしなことをしたら、暴力をふるったと言いふらしてやるからな!」
(……あ。もしかして、最初からそれが狙い?)
こちらを挑発することで、私やリーフさんに手をあげさせて、陥れようとしていたのだろうか? どこまで天然の馬鹿なのか、何か策略があるのかわからない。
しかしリーフさんはただでさえ獣人ということで他者から偏見の目で見られてしまいやすいから、暴力をふるったと噂を流されるのは厄介だ。
「……それにしても、ウラキス。こんなことをして、陛下に更なる断罪を下されるとは考えなかったの?」
国王と隣国の王子の交流である茶会の妨害をするなど、露見したら大変なことになる。現時点では、明確な証拠がないから警察に突き出しても言い逃れをされたらそれまでだが、ウラキスがやったと証明できれば、何らかの刑に処されるのではないか。もっとも今のウラキスには、これ以上失うものなど、命以外何もないだろうが。
「? なぜ、王が出てくるのだ。品評会のときはともかく、今はもう関係ないだろう」
ウラキスは、心底きょとんとした顔をしている。これは演技ではなさそうだ。
(今日、この甘味処にフェリクス王子がいらっしゃるってことは、知らないみたいだな)
フェリクス王子がこの国へいらっしゃるということは国民に知らされているが、王子の安全性や警備面の問題を考えて、どこへ立ち寄るのかという情報は公開されていない。
だからウラキスは、むしろ今日なら、警察はフェリクス王子の来訪にかかりきりで、私の甘味処のことなどでは動かないと思ってこの日に実行したのかもしれない。
「おいレティー、聞いているのか!? なぜ今、王のことが出てくるのだ。話をそらすな! お前は自分の立場を理解して、もう一度よく考えてみるんだ。そうすれば、俺が一番――」
ともかく、ウラキスがうるさいし邪魔すぎる。本人はこの場から去るつもりがないし、実力行使して暴力だなんだと騒がれても厄介だ。ここはひとつ――
「転移せよ」
護身用の魔術具によって、ウラキスを遠くへ飛ばした。これでしばらくは戻ってこられないだろう。
「リーフさん、デリックさん。あの愚かな元婚約者のことは、今は忘れましょう。それより、陛下達がいらっしゃる時間までにお店をなんとかすることが最優先です」
「はい、レティー様」
「そうですね、馬鹿に構っている暇はありません」
再度、現状を確認する。店の障子は破られ、窓を壊されて中に侵入されたようで、今日着る予定だった浴衣も破られている。
(何より酷いのはこの、庭のありさま……)
この甘味処の庭にはもともと、ツツジによく似たこの世界の花が咲いていたのだ。
それが全て、花を無理矢理引っこ抜いたように散らされ、無事な花は一つもない。
(こんなことをするなんて、ウラキスの奴、本当に最低……)
沸々と怒りが湧いてくるが、今は起きてしまった出来事に、冷静に対処するしかない。
どうするべきか考えていると、デリックさんが提案する。
「仕方ありません、場所を変えましょうか。ゴールダム商会の伝手で、他にもパーティー会場などを借りることはできます。それに、王城の応接室や庭園でもいいでしょう。重要なのは、場所よりもレティーさんの抹茶とお菓子ですから。早急に、城に場所の変更を連絡しましょう」
(確かに、デリックさんの言うことももっともだけど……)
「ですが陛下は、この甘味処の、他にない斬新な風情や、畳の部屋をフェリクス王子に見せたいとおっしゃっていました。陛下の期待を、裏切りたくありません」
「それは……確かに、その通りですね」
「急いで散らかった庭を片付けて、障子も、職人さんを呼んで貼り直してもらいましょう」
「わかりました。ですが、散らされた花は元に戻りませんよ。庭はかなり寂しい状態になってしまいますが、それはどうしますか? 何か、別の飾りを用意しますか」
「花は――」
ぐっと拳を握りしめる。できるかどうかは不安だが、やるしかない。
「デリックさん。魔石を用意してください。なるべく含有魔力が高めのものを」
デリックさんもリーフさんも不思議そうな顔をしていたけれど、弱気な顔は見せず、不安なんて吹き飛ばすように胸を張った。
「花は、私がなんとかします!」




