30・愚かすぎる元婚約者が懲りていなかった
ねりきりは何度も試作を重ね、お店の内装なども凝りに凝って――とうとう、茶会の当日を迎えた。
(よし、最高のお茶会にして、陛下にもフェリクス王子にも喜んでいただくぞ……!)
朝、張り切って甘味処へ向かうと――
「な……何これ!?」
昨日の夜ちゃんと最終チェックをして、綺麗に掃除をしておいた庭が、ボロボロになっている。
(自然豊かな場所で皆さんにお茶とお菓子を味わってもらえるよう、お店にこの場所を選んだのに……)
もちろん植物は日本のものと違うので、本格的な日本庭園とは少し違うけれど。そのぶん、この国の人達には馴染み深い植物が多く、緑豊かで美しい庭の景色を楽しんでもらえるはずだった。そこへ日本式の木造建築のお店も完成し、とても趣のある光景が完成していたのに――
(どうして、こんなことに……?)
「レティー様!」
「レティーさん」
荒された庭に呆然と立ち尽くしていると、リーフさんとデリックさんもやって来た。
「ご無事ですか、何があったんですか?」
「昨日はあんなに美しかったのに、今のこの庭、酷い有様ですね……」
「正直、私にも、何がなんだかわからないんです。今来たら、こうなっていて……」
リーフさんとデリックさんはあらためて周囲を見回し、現状を把握しようとする。
「まるで嵐が去った後のようですが……昨日は晴れていましたし、天候のせいではありませんね。明らかに人為的なものでしょう」
「何者かの嫌がらせかもしれませんね……」
「そんな……一体、誰がどうして……私の邪魔をしたい人なんて……」
ふっと頭の中に、元婚約者だったウラキスのことが浮かんだ。
ウラキスとは品評会の日以来会っていない。彼は公爵家を継ぐことを禁じられ、今では職もなく困窮する日々を送っていたはずで――
それは不貞をしたうえ、品評会で私に乱暴をしたという完全なる自業自得だけど。彼の性格を考えれば、私を逆恨みしていてもおかしくはない。
「……とにかく、呆然としている場合じゃありませんね。昼過ぎには陛下とフェリクス王子がいらっしゃる予定ですから、それまでになんとかしないと」
こんな場所にフェリクス王子をお招きするなんてとんでもない。それに私のことを信頼して、このお店で茶会をすると決めてくださった陛下にも顔向けできない。
(そんなの、嫌。何か手段を考えよう……)
頭をフル回転させていた、その時――
「レティー」
名前を呼ばれて振り返ると、二度と見たくないと思っていた男が立っていて、思わず「げっ」と声がこぼれそうになる。
「ウラキス……!? あなた、なんで……」
「ああ、レティー。ここは、今度君がオープンさせる店なのだろう? なのに、随分と大変なことになっているじゃないか」
ウラキスは大仰な演技で私に同情する素振りを見せているが、それがかえって白々しい。まさかとは思っていたけど本当に彼が犯人だったんだな、と呆れを通り越して完全に虚無の顔になってしまう。
「こんなふうになってしまった店を、一人で元に戻すなんて大変だろう? 俺が協力してあげよう」
「いえ結構です、とっととお帰りください」
ドきっぱりとそう言うと、ウラキスは虚をつかれたような顔をした。
「レティー、お前は本当に素直じゃないな。大丈夫、俺はお前の元婚約者、いや、今だってお前の婚約者のつもりだ。お前のことは、ちゃんとわかってる」
「あなたは私のことを何もわかっていないし、わかられたくもないです。というか、あなたがこの店を荒らした犯人ですよね?」
「何を言っているんだ。元婚約者である俺を疑うのか?」
「そもそもあなたと婚約者であったということ自体、人生の恥です」
「俺を信じてくれ、レティー」
「信じてもらえないことばかりしてきたのはあなたでしょう」
婚約していた間の、数々の不貞。それが発覚しても、謝罪一つなく開き直ったこと。極めつけに品評会でのあの行為だ。そんな相手を信じられる人間などいるわけないだろう。
「レティー。お前はもう家から縁を切られてしまって、貴族令嬢ではないだろう? 悲しいことに俺もそうだが、まだ間に合うと考えているんだ。お前を救うためであれば、ギルモノ公爵家も力を貸してくれるだろう。バラバラになってしまった俺達が再び手を取り、協力し合って幸福を掴む。なんて素晴らしい結末なんだと思わないか?」
ウラキスは自分に酔って、キラキラと無駄な輝きを撒き散らすように語った。だが私はやはり、きっぱりと答える。
「思いません、お帰りください、さようなら」
ウラキスはあんぐりと口を開け、間抜け面をしていた。
(というかこの期に及んで、まだ家に縋っているんだな、この人……)
公爵家を継ぐことを禁じられ家を追放されてもなお、自分で働いて稼ぐという発想はなく、家に頼って助けてもらい、あわよくばそのまま公爵家に戻れるなんて思っているお花畑な思考回路が、心底理解に苦しむ。
(……ウラキスはずっと、甘やかされて育ってきたものね)
彼は公爵家の嫡男として、生まれた時から蝶よ花よと育てられてきた。幼い頃から、周りは皆自分の思い通りに動いて当然。次期公爵という肩書きにつられて、女性だって皆彼に群がり、彼を拒む者なんていなかった。ウラキスはそんな人生を、全て当然のものとして受け入れてきた。自分は公爵というだけで輝かしい未来が待っているのだからと、ろくな努力もせず遊びほうけてきた。
人間というのは、際限なく甘やかされるとここまで愚かになってしまうのか。いっそ哀れに思う気持ちが湧いてこないわけでもないが、だからといって付き合ってやる義理はない。こんな男が本当に公爵になっていたら、領地の人々が大変なことになっていただろうし。
私の人生は私がどうにかするしかないように、ウラキスの人生はウラキスの力でどうにかしてもらうしかないのだ。
(いずれにせよ、今はウラキスの相手をしている暇なんてない。一刻も早く、お店のことをどうにかしないと)
愚かすぎる元婚約者には、後にざまぁ展開がありますので、引き続きよろしくお願いいたします!




