3・異世界人である証拠
だらだらと談笑するよりも最初に興味を引きつけた方が、商人であり多忙なデリックさんにとっては有効なはずだ。回りくどい言い方はしない。
デリックさんはかなりの野心家であり、以前夜会で話した際も、品評会用の飲み物について研究していると言っていた。私の話をどこまで信じてもらえるかはわからないが、惹かれはするはずだ。
「ほう……実に興味深い。今、その飲み物を作っていただくことはできるのでしょうか」
「そうしたいのですが、材料がないのです。だからこそ、力を合わせましょうとお願いをしに参りました」
「なるほど。入手困難な材料だから、我が商会で調達する代わりに、飲み物の製法を教えていただけると?」
「入手というより、そもそも材料の製法の問題です。材料自体は、紅茶の元となる木と同じものがあればいいのですが、そこに手をくわえる必要がありまして。ゴールダム商会は、紅茶農園とも取引がありますよね? 取り計らっていただけないかと」
デリックさんは、ふむ、と顎の下に手を当てた。
「つまりこれは、品評会に向けての商品開発に、ルシャルダン侯爵家がパトロンになってくれるというお話でしょうか?」
「いえ。家は関係ない、私個人との取引きだとお思いください」
「レティー様個人と? それはまた、一体どういう理由で」
「実はこのたび、婚約者に『文句があるなら俺より稼いでみろ』と言われてしまいまして。そう言われたからには、その通りにしてやろうと思ったまでですわ」
デリックさんは一瞬ぽかんとした顔を浮かべたものの、ふっと吹き出し、やがて腹を抱えて笑った。
「はは、いいですねえ! そういう反骨心、私は好きですよ」
デリックさんは自身が商魂たくましく向上心があるからこそ、女性も、おとなしいだけの令嬢より胆力のある相手を好む。恋愛的な意味で彼に好かれようと思っているわけではないけれど、今の言葉は、下手な泣き落としより彼の心には刺さったようだ。
「おっと、すみません。あなたにとっては笑いごとではないというのに、失礼でしたね」
「いえ。笑い飛ばしてもらうくらいの方が、こちらとしてもやりやすいですから」
下手に哀れまれたら居心地が悪い。デリックさんのこういうさっぱりしたところを、私は好ましく思う。
「結婚しようという相手に、経済力を盾に口を塞ごうとするなど、卑劣極まりない言い分です。そういう事情なら、ぜひ協力させてください」
「ありがとうございます」
「ただ、一つ気になるのですが。レティー様はその飲み物の製法とやらを、どこで知ったのですか?」
(……まあ、そりゃあ聞かれるよね)
前世は異世界人だった、なんて、無駄に注目を浴びそうだから多くの人に知られたくはない。だけどこれからお互い力を合わせてゆくなら、デリックさんには話すべきだろう。
「……信じていただけるかは、わかりませんが。実は、前世の記憶を取り戻したのです。前世で私は異世界人であり、この世界とは異なる文化の中で生きていて……飲み物以外にも、こちらの世界で売れそうな商品の知識がいろいろあります」
(……なんて言っても、怪しいよね)
何か証拠となるものを提示できないだろうか、と少し考えた末、私はローテーブルの上にあったメモ用の紙を1枚取った。
「例えば、このように……。実用性はない飾りではありますが、この国では見たことのないものでしょう?」
私はその紙を折り紙のようにして、鶴を織った。
「な……!? ただの紙が、まるで鳥のように……! 他国とも取引をすることはありますが、こんな技術は初めて見ました」
「技術というほどではありませんし、これで前世が異世界人だったなんて信じてもらうのは、無理な話かもしれませんが……。他にも、いろいろできますよ」
私は他にも、折り紙でハートやうさぎ、カゴなど、いろいろ作ってみせた。インドア派の子どもだったので、幼い頃、図書室で借りた折り紙の本を見ながらチラシでいろいろ折っていたのだ。
「今この場ですぐ証拠を見せろということだと、難しいですが。他にも料理のレシピとか、異世界の知識はいろいろあります」
「な、なんと……。異世界について、もう少しお話を窺っても?」
「ええ、なんでも聞いてください」
それからデリックさんにいくつか異世界に関する質問を受けたが、私が言葉に詰まったりすることもなくすらすら答え、話の内容にも矛盾がないことから、私の話を信じてくれたようだ。
「素晴らしい……! レティー様の知識で商品を開発してゆけば、この国はとても豊かに栄えますよ!」
「信じてもらえたようでよかったです。ですが、私が元異世界人であることは、あまり言わないでほしいのですが……」
「もちろんです。言えば、レティー様は無駄に注目を浴びることになってしまいますし、利用しようと狙う輩も出てくるでしょうしね。あなたが元異世界人であるというのは、とても重要な情報です……。なのに私には打ち明けてくださって、誠にありがとうございます」
「いえ。知識だけあっても、原料がなければ何も作ることはできないので、私としてもデリックさんの存在は必要不可欠なんです。これから、いろいろとよろしくお願いします」
その後、家に帰ることができない私に、デリックさんは商会の商人見習いが寝泊まりする宿――前世でいう社員寮のようなところに、私が住めるよう手配してくれた。
代わりに、私はこれから商品開発をバリバリやっていく。デリックさんに親切にしてもらっているぶん、私も彼に利益を返してゆきたいと思う。
(よーし。これから抹茶作り、頑張るぞ!)