29・栽培魔法
そんなわけで、妖精さんから分けてもらったお米を精米することになった。
まず、ゴールダム商会と繋がりのある職人さんに臼と杵を作ってもらい、玄米をつくことで、玄米同士の摩擦によって糠を取り除く。
この作業は職人さんやリーフさん達にやってもらっていたのだが、かなり時間がかかって大変だった。完全な白米とはいかず、糠層と胚芽部分が残った「ぶづき米」ではあるけれど……その分栄養素は高いので、よしとしよう。
このままお米を炊いてほかほかごはんを食べたい気持ちもあるが、今回の私の目的を忘れてはならない。陛下と隣国の王子の茶会のため、最高の和菓子を作ることが私の目的だ。
そんなわけで、もち米を水挽きし、脱水・粉砕・魔法の熱風による乾燥作業を経て、まず白玉粉を作った。後日ようやく、ねりきりの試作品作りに入る。ねりきりは和菓子としては代表的な美しいお菓子だけれど、生地だけなら、電子レンジを使えばそれほど手間をかけず作ることができる。……まあ、この世界には電子レンジがないので、鍋で作ったけどね。
白玉粉、砂糖、水、白いんげん豆で作った白あんでねりきり生地を作り、できあがった生地に着色をする。使うのは、この大陸でも普通に食されている赤い野菜、ビーツの根を粉末状にしたもの。他に、クチナシに似た実の粉末も使用した。
そうして色付けしたねりきり生地を、自分がイメージするように形を整えていって――
「……うん! 試作にしては上出来じゃない!?」
これなら、お茶会当日まで試作を重ねていけば、もっといいものができそうだ。
(さあ、他にもやることはたくさんあるぞ。お茶会に向けてお店の内装を綺麗にしておきたいし、甘味処の制服用として作業を進めていた、浴衣の製作も……。全部最高のできにして、フェリクス王子に、最高のおもてなしをするんだ!)
◇ ◇ ◇
(やっぱり赤い和傘があると、雰囲気が出るかな。それから、色紙で飾りを作るのもいいかも。千羽鶴……あとは、金魚とかもいいよね。それから、かざぐるまとか……)
ある日の夜、私はお店の内装について、いろいろと案を練っていた。
日本の本格的な茶の湯の美学でいくなら、わびさびを大事にし、あまり華美にすべきではない。
だけどこの大陸においては、王族や貴族は権力の象徴のため、装飾はきらびやかにするのが一般的だ。他国の王子をもてなすのに、あまり質素な店内では、おもてなしの心が伝わりづらいかもしれない。
「ん~、考えすぎて疲れてきたかも。いったん休憩にするかあ……」
引き出しの中の、いろいろ案を書いた自分のメモを整理していると、ふと、あることに気付く。
(あ。これ、この前妖精の長さんに貰ったメモだ)
使い道はないけれど、捨てるのも忍びなくてとっておいたメモ。なんとなく、もう一度パラパラと眺めてみる。
(あれ……? ここ、紙が濡れて、2枚が1枚になっちゃってたのかな)
そっと、紙が2枚重なっていた部分をはがしてみる。
するとそこには、乱雑な殴り書きではあるが、魔法についてのメモのようなものが記されていた。
『栽培魔法……転移の餞別として、女神様が教えてくれた。見たことのある植物を、土地・気候に関わらず自由に栽培できる魔法らしい。呪文は『ブルーム』。便利! すげえ! でも魔力なくて全然使えねえええええええ!! 全然駄目じゃん女神様ぁぁぁぁぁぁ!!』
……文字だけであり、私はこのメモを書いた人の声も、年齢も性別も知らないけれど。悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。
(異世界転移したものの魔法が使えなくて、苦労したんだなあ……)
それにしてもこの『栽培魔法』というもの、本当に存在するのだろうか?
(……ちょっと、試してみようかな)
自室を出て庭へ降り、花壇の前へと立つ。
(何の花を咲かせよう? この国にはなくて、ひと目で何かわかるようなものがいいな)
いろいろと頭の中に日本の花を思い浮かべた結果、試しに紫陽花を咲かせてみることにした。
「栽培魔法」
すると、花壇の土が光輝き、次の瞬間土から茎が顔を出して――
「わああ!?」
一瞬にして、その場にぶわっと紫陽花が咲いた。
同時に、かなりの魔力消費により、どっと疲れが押し寄せて、私はその場にへたりと膝をつく。
(つっ、疲れた……。でも、成功だ。栽培魔法、本物だよ……!)
え、これ、めちゃくちゃすごいのでは? すごすぎるのでは?
(見たことあるものが本当になんでも栽培できるんだったら、日本食の幅がぐっとひろがる!)
魔法が成功した高揚感と、疲労による思考力の低下によって、頭の中がウルトラハッピーハイテンション状態になる。
落ち着こう。好きなものを栽培できるといっても、いろんなものをたくさん育てるには土地がいるし。それに一度使っただけでこんなに魔力を消費するなら、そうポンポン使えるものではない。いろいろ考えたうえで使わないと――
(いやでも、使い方によっては、この国にない食材を好きなように使えるようになるんだし。さ、最高の魔法なのでは……!?)
今度、妖精さんにお礼もかねて報告に行こう。そのときはもちろん、新作の和菓子と抹茶も持って。
そんなことを考えながら、魔力消費によって疲れた身体を引きずり、なんとかベッドに辿り着いて、泥のような眠りに落ちた――




