25・森の中で抹茶とお饅頭を
ノクスの森にやってきた私とリーフさんは、魔物を倒しながら森の奥深くへと進んでいた。
森の中ではたくさんの魔物が出てきたが、全てリーフさんが倒してくれている。
「リーフさん、強いんですね! 菓子職人なのに、剣も使えるなんて」
「ありがとうございます。レティー様のお役に立てて光栄です」
「ここに来る前に少し話していましたが、リーフさんは昔、冒険者だったことがあるんですよね? どうしてやめてしまったんですか?」
「冒険者稼業は、安全とは遠い仕事ですから。稼ごうとして強い魔物を狙うと、いつも無傷というわけにはいかなくて。一度怪我をして帰ったら、フルールが泣いてしまい……。それ以降、俺が仕事に行こうとすると、また怪我をしてくるんじゃないかと、不安そうだったので。フルールに心配をかけてしまうのはよくないと思ったんです」
「なるほど……リーフさんに何かあったら、フルールちゃんが悲しみますもんね」
冒険者は華々しい職業だが、命にかかわる職業でもある。一緒に暮らしている家族としては、心配にもなるだろう。
「あと、冒険者は街から離れた森やダンジョンでの討伐や、遠い場所へ移動する人の護衛など、何日か家を空けないといけない仕事も多いですしね。まだ小さいフルールを置いて何日も家を空けたくなかったので、そのことを考えても、毎日家に帰れる仕事につきたかったんです」
(リーフさんは、本当に妹さん思いだなあ)
「あ、でも、だったら今日こんな場所まで一緒に来てもらってしまって、よかったんですか?」
「もちろんです。回復薬もたくさん持ってきましたし、大丈夫ですよ。レティー様には、これまで本当に、返しきれないほどのご恩がありますから。少しくらいお返しさせてください」
「ありがとうございます、助かります」
リーフさんは私に深い感謝を向けてくれて、なんだかくすぐったいけれど、嬉しいと思う。
(侯爵令嬢だった頃は、こんなふうに心からの笑顔を向けてもらったり、感謝してもらったりしたことなんてなかったからなあ)
心が温かくなって、社交辞令ではない、自然な笑みが顔に浮かぶ。するとリーフさんもいっそう柔らかく笑みを深めてくれた。
「――冒険者時代も悪くはなかったですが、俺、やっぱり菓子職人になってよかったです。冒険者のままだったら、レティー様にお会いできなかったかもしれませんし」
森の中を風が通り抜けてゆき、サワサワと、心地いい木々の音が鼓膜を揺らす。
「まあ、冒険者としての経験も、今こうして役に立っていますが。少しでもレティー様のお役に立てているなら、本当に嬉しいです」
「そうだ、リーフさん。前から思っていたんですが、私に『様』はいりませんよ。雇用主と従業員とはいえ、そんなにかしこまらなくて大丈夫ですので」
もとは侯爵令嬢だったけれど今はそうじゃないし、前世の記憶を取り戻したこともあって、あまり丁重に接してもらうと、なんだかオロオロしてしまう。
何よりあの国王陛下を傍で見ていると、身分がどうとかなんてそういうことがどうでもよくなってくる。あ、もちろんいい意味で、だ。
(陛下は国王としての威厳はあるのに、基本的にはすごくフレンドリーだからなあ……。あらゆる意味で本当にすごい人だよね)
ともかく、私にそんなに丁重に接する必要はないですよーとリーフさんに伝える。
しかし彼は、笑顔のままゆっくりと首を横に振った。
「いえ。これは俺の、けじめのようなものですから」
「けじめ、ですか?」
「はい。レティー様は、俺にとって世界で何より特別な御方なので。感謝や尊敬、あなたが俺に教えてくださった全ての感情を込めて、あなたに敬意を捧げたいんです」
なんだかまるで、愛の言葉を伝えられているかのようだ。照れくさくて一瞬焦ったが、冷静に考えて、リーフさんは恩人として言ってるのであって、深い意味はないはず。
(リーフさんはお店で働いてくれる職人さんになるんだし、あまり変なふうに考えるのは失礼だよね)
「えと、そんなふうに考えてくださって、ありがとうございます。リーフさんがその方がいいなら、好きにしてくださって大丈夫です」
鬱蒼とした森の中を二人で歩きながら、ふと話題を変える。
「それにしても、妖精の領域というのは一体どこにあるんでしょうね」
「妖精は、謎に包まれた生物ですからね……。かなり根気強く探さないといけないかもしれません」
「そうだ、リーフさん。魔物との戦闘が続いて、疲れていませんか? そろそろ休憩にしましょうか」
魔法鞄の中から、ピクニックシート代わりの茣蓙、茶碗2つに粉末の抹茶、中にお湯を入れた魔法瓶、布で包んでおいたお饅頭を取り出す。
「わ……抹茶をいただけるんですか?」
「はい。今日は結構肌寒いので、温かいものを飲めたらいいかなと思って」
「外で抹茶を飲めるなんて、すごく贅沢な気持ちですね」
「屋外で抹茶を点てて楽しむことは野点って言うんですよ。お店が開店したら、庭で綺麗な景色を眺めながらお茶とお菓子を味わってもらうっていうのもいいかもしれません」
「なるほど、いいですね! 天気のいい日は、すごく気分がいいでしょうね」
茶碗に粉末の抹茶とお湯を入れて、茶筅でお茶を点てる。
そうして抹茶と、お饅頭で休憩をすることになった。
「この『お饅頭』もおいしいです! パンとはまた少し違うんですね」
「主な材料は小麦粉なんですが、蒸して作ることで、しっとりした食感になるんですよ」
(あ~、自然の中でいただく抹茶とお饅頭もいいなあ。ちょっとした旅行気分)
妖精を探すという目的があるので、あまりまったりしている場合ではないのだけれど。まあ腹が減っては戦はできぬっていうし、休憩は必要だよね。
そんなふうに、そよ風の中でお饅頭を頬張っていると――
「それは、なんだ?」
「えっ?」
耳もとから、聞いたことがないけれど、とても綺麗な声がする。
花に声があったとしたらこんなふうに喋るのだろうな、というような。よく澄んだ美しい声だ。
「それは、なんだ? 見たことがないが、うまそうな匂いがする」
声の主は、着せ替え人形くらいの大きさで、背中に虹色に透ける羽根が生えている女の人で――
――って、え、妖精!? 妖精さんが現れた!??
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