24・愚かな元婚約者の現在(ウラキス視点)
「ランドル、頼む! ほんの少しでいいんだ、金を貸してくれ! このままだと俺は飢え死んでしまう」
ある日のこと――俺は、弟のランドルに必死で頭を下げ、地面に額を擦りつけて懇願していた。
実家であるギルモノ公爵家からは勘当され、家に入ることも禁じられているのだから、ランドルが社交場へと向かう馬車を狙って、馬車の前に飛び出し無理矢理停めさせた。馬車の中から出てきたランドルは困り果てた顔をしていたが、そもそも俺達は兄弟なのだ。兄が困っていたら、弟なら助けるのは当然だろう。
「兄さん、こういうの、本当に困るんだって……。そもそも、兄さんがそんな状況になってるのは、全部完全に自業自得じゃないか。レティー様と婚約していたのに浮気した挙句、彼女が品評会に出品しようとするのを邪魔するなんて……本当に最低だ。兄さんは、ギルモノ公爵家の名にとんでもない泥を塗ったんだよ」
「ああ、わかっている! 心から反省しているとも! だから金を貸してくれ! もう3日もろくなものを食べていないんだ! このままでは本当に死んでしまう……!」
(ぐ……こんなふうに惨めに、弟に頭を下げるなど……屈辱だ……)
「金を『貸してくれ』なんて言うけど、兄さん、絶対に返さないじゃないか……」
ランドルは、はあーっと深い深いため息を吐く。それでも、俺の金を貰うまで絶対にここを動かないという意思が伝わったのか、嫌そうにノロノロとした動作ながら、銀貨を一枚地面に投げた。
「……これで、本当に最後だから。はっきり言って兄さんにはうんざりしてるし、迷惑なんだ。もう二度と俺に近付かないでくれ。次同じことをしたら、警察に突き出すから」
ランドルは、一秒でも早く立ち去りたいといった様子で馬車に乗り込んでゆく。
去り際に奴が俺に向けた視線は、まるで邪魔な虫ケラでも見るかのような目をしていた。
馬車が走り去ってゆく音を聞きながら、ふつふつと湧き出る怒りでぐっと拳を握りしめる。
(くそっ! 本当なら、俺が公爵家を継ぐはずだったというのに……)
なぜ、こんなことになってしまったというのか。項垂れて視線を下げれば、変わり果てた自分の姿が目に入る。
以前は公爵家の令息として豪奢な服に身を包んでいたというのに、今着ているのは貧民街の人間が着るような服――服と呼ぶことすらおこがましいようなボロきれだ。以前家で働いていた使用人の方が、まだいい服を着ている。
家を出るときに着ていた自分の服は、あまりにも金がなくて、全部売ってしまったのだ。そんなボロきれの下には、一度は国王に切り捨てられた足。俺を勘当する際、父が最後の慈悲だと言って、魔法で回復してくれたのだ。しかし完全な回復というわけではなく、まだ時折ズキリと痛む。
(一体、いつまでこんな生活を続けなければいけないんだ。どうしたら、こんな生活から抜け出せる?)
ふと頭に浮かんできたのは、もとの婚約者……レティーのことだった。
「レティー……レティーさえ、もう一度俺を愛してくれたら……」
あいつは侯爵家とは縁を切ったそうだが、品評会で優勝し、ゴールダム商会と新しい商品開発や店の開店準備などもしていて、これからもどんどん大金持ちになっていきそうだ。
(レティーが俺を養ってくれたら、俺はこんな生活から抜け出せる)
そうだ、あいつだって、俺がいなくなってきっと寂しいに違いない。
長い間ずっと婚約者だったのだ。レティーだって、心の底ではまだ俺を愛しているはずだ。俺のことを、待っているはずだ!
「そうだ……今度こそ、真実の愛を取り戻すんだ。俺とレティーの未来のためにも!」




