2・家を追い出され、向かった先は
あれから自分の屋敷に戻り、両親と兄にウラキスとのことを告げたところ、皆「ウラキス様に謝ってきなさい」と言うだけだった。公爵家との婚約がなくなるのは我が家にとって損失だからお前が黙って我慢しなさい、とのことだ。
「嫁にも行かないような娘を、いつまでも家に置いてやる気はないぞ。ウラキス様に謝る気がないなら、この家を出て行きなさい」
「わかりました、出て行きます」
どうせ私が頭を下げて謝るのだろうと思っていたらしいお父様は、驚いた顔をしていたけれど、自分の発言を撤回する気もないらしい。
「なんだ、その態度は……! ウラキス様に謝る気がないのなら、お前は本当に勘当だからな。なんの役にも立たないうえに従順さもない娘なんて、うちに必要ない!」
こうして私は、家を出て行くことになった。
多分、家族は「どうせすぐ泣いて帰ってくるだろう」と侮っていたようだけど、私は戻るつもりなんてない。
ウラキスに頭を下げて結婚してもらうなんて絶対に嫌だし、家族にも勘当され、絶体絶命とも言える状況である。だけど、私の心は沈んではいなかった。
実をいうと、ウラキスがティーカップを落とした、ガシャンという音を聞いたあの瞬間。あまりの憤りのせいなのか、大きな音が引き金になったのか、理由はわからないけど――前世の記憶が戻ってきたのだ。
私の前世は、ごく普通の契約社員。ある日事故で命を落とすまで、地味でしがない日々を送っていたけれど……高校生だった頃は、安らげる場所があった。
高校時代、私は茶道部だったのだ。「お菓子が食べられるから」という単純な理由で入部したのだが、お抹茶を飲んでまったりできる空間は居心地よく、意外とハマってしまった。
(まさかその知識が、異世界で役立つ日が来るとは)
なぜ、お茶の知識がこの世界で役に立つのか? その理由は――
この国の王が、かなりの変わり者だからである。
この国には『魔王を倒した者が王になれる』という掟があるのだ。
この世界とは異なる次元に「魔界」なるものがあり、普段魔界への門は閉じている。だけど数十年に一度、いまだに原理は解明されていないが――おそらく魔力の満ち欠けによって、その門が開いてしまう。そして、魔王が現れるのだ。
その際に、魔王を倒した者がこの国の王となる。それがこの国の掟であり、神による定めだ。魔王を倒すという偉業を達成すれば、身分も性別も関係ない。
そんなわけで現在の王は平民出身の、元Sランク冒険者の男性だ。
そして――その王様は、「俺に、最高にうまい緑の飲み物を味わわせてくれた者に褒美を与える」と宣言している。
なんでも、冒険者として過酷な旅をしてきた時「異世界からやってきた」と自称する人間に、「泡立った緑の飲み物」と「クリームではない甘いものが挟まった菓子」をご馳走してもらったのだという。
この世界の伝承において、恐ろしい「魔界」とはまったく別の、文明が発達した理想郷「異世界」があることは語り継がれている。しかし王が出会った自称異世界人は、その後すぐ元の世界に帰ってしまったそうだ。だが王はその時の飲み物の味が忘れられず、もう一度味わいたいと熱望しているらしい。
(正直、元の世界に帰る方法があるのか、っていうのも驚きだけど。……でも元の人生もそんなにいいものじゃなかったし、今更帰りたいわけじゃない)
ともかく王は年に一度、「最高においしい飲み物品評会」を開催する。だいぶシリアスさに欠ける名前だけど、王がそういう名で開催しているのだから仕方がない。
その品評会で王は、参加者から献上された飲み物を片っ端から飲んでゆくのだ。
本来、王が得体の知れないものを口にするなど、とんでもない話である。
だがこの国の王は、何せ元・バリバリの冒険者。「体調なんて崩しても回復薬を飲めば治る」と言ってけろりとしている。己の実力で魔王を倒した勇者の思考回路は、なかなかに脳筋だ。
さて、その「最高においしい飲み物品評会」は、1ヶ月半後に開催される今年の会で、第3回目となる。しかし、いまだに王が望むものを作れた者はいない。「泡立った緑の飲み物」ということから、皆野菜をすり潰して混ぜた、青汁や野菜シェイクのようなものを作ってしまっているようだ。
(でも、前世の記憶が戻ったから、わかる。王様が気に入った緑の飲み物っていうのは、きっと抹茶のことだ)
ちょうど、季節は春の始め。今から行動を起こせば、品評会で王に抹茶を味わってもらうことはできるはず。
私は現在勘当されたとはいえ、もともと侯爵家の娘であり、夜会などにおける社交はちゃんとしてきた。それなりに顔は広いし、ある程度の伝手はある。
そこでまず私は、以前、貴族以外でも、大商人や医師など一定の身分の者であれば参加できる夜会で知り合った商人・デリックさんに会うことにした。まだ20代だけれど幅広い商売を成功させている、やり手の男性だ。
彼の仕事場であるゴールダム商会に行くと、突然訪ねたにもかかわらず、デリックさんは嫌な顔せず出迎えてくれた。
「これはこれは、レティー様。供もつけずにお一人で、どうなさいました?」
応接間に通され2人きりになり、私は早速本題に入る。
「単刀直入に言います。私は、次の品評会で優勝できる飲み物の作り方を知っています。お互い利害が一致すると思いますので、力を合わせませんか」