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18・抹茶パフェ

 フルールちゃんの大きな瞳が、きらきらと期待の星を宿す。


「家で作ってきたものがあるので、あとは仕上げだけです」


 獣人は、獣耳と尻尾があり身体能力は人間より高いが、獣が食べるようなものしか食べられないわけではないらしい。普通に、人間と同じものが食べられるそうだ。


 肩にかけていた魔法鞄(マジックバッグ)から、いろいろなものを取り出す。

 魔法鞄は、その名の通り魔法がかけられた鞄なので、小さな鞄の中にたくさんの物が入れられる。青い猫型ロボットのアニメの四次元ポケットのようなものだ。ひみつ道具はないけどね。おいしいどら焼きを作るから、青い猫型ロボットがうちに来てくれたらいいのになー。


 とはいえ、空を飛べる道具もどこでも行けるドアもなくても、魔法鞄はとっても便利だ。鞄の中は魔法空間になっていて、温かいものを入れれば温かいまま、冷たいものを入れれば冷たいまま持ち運ぶことができ、腐ったり痛んだりする心配もない。


 そんなわけで魔法鞄から取り出したのは、あんこ、生クリーム、抹茶のシフォンケーキ、抹茶のクッキーを砕いたもの。


 そしてこちらが新作、抹茶アイスとミルクアイスだ。

 この世界には冷蔵庫がないけれど、代わりに魔法があるため、氷魔法を利用してアイスを作った。


 しかし魔法は誰にでも使えるものではない。それに氷の魔石も、安価ではないうえ、冷凍レベルで物を冷やすとすぐに魔力切れになってしまうため、この国で今までアイスのようなデザートはなかった。だからこの抹茶パフェも、珍しいデザートとしてきっと流行ることだろう。


(もっと暑くなったら、抹茶のかき氷とか作ってもいいよね~)


 とはいえ、今日フルールちゃんにご馳走するのは別のものだ。

 透明なグラスに、下から抹茶クッキーを砕いたもの、ミルクアイス、生クリーム、あんこ、抹茶のシフォンケーキ、抹茶アイスと重ねてゆく。


「じゃじゃーん! スペシャル抹茶パフェです」

「わああ、何これ!? こんな食べ物見たことない!」

「すごい……お菓子が何層にも重なって、緑色が鮮やかで……まるで芸術品のようですね」


 フルールちゃんもリーフさんも、耳と尻尾をぱたぱたさせ、目をキラキラさせて抹茶パフェを見る。


「お姉ちゃん。これ、本当にわたしが食べていいの?」

「もちろん。さ、どうぞ」


 フルールちゃんはスプーンを抹茶アイスに差し込むと、ドキドキした様子で口の中に入れた。


「すごい、冷たくておいしい! 口の中でとろける~」

「喜んでもらえて、よかった」

「この冷たいのとね、クリームと、黒いの一緒に食べると、もっとおいしいの!」

「うんうん。いろんなものをちょっとずつ一緒にお口に入れるのもパフェの楽しみ方だから、いろいろ食べてみて」

「うん! すごいすごい、わたし、こんなの初めて!」


 フルールちゃんは頬を紅潮させ、幸せそうにパフェを食べ進めてゆく。


「本当に、よかった。この国の子どもでも、おいしく食べられる抹茶スイーツを作りたいと思ったので」


 抹茶単体だと、苦みによって飲みづらいと感じる子どももいるだろう。

 だからこうしてパフェにすれば、おいしく食べられるんじゃないかと思ったのだ。

 私のお店は、老若男女問わずいろんな人に幸せになってもらえる場所にしたいので、小さな子の意見というのも貴重である。


「フルールが、あんなに笑顔に……。嬉しい……」

「リーフさんも、よかったら食べてください。材料はまだあるので」

「こんな素晴らしいものを、俺も食べていいんですか?」

「もちろんです。味を覚えてほしいし……リーフさんの技術と知識で、もっとおいしく、この国の人達に馴染みやすくしてもらえたら嬉しいです」

「わかりました。では、ありがたくいただきます」


 リーフさんにも抹茶パフェも用意すると、彼はそれを口に入れ、新鮮なおいしさに驚いているようだった。


「すごい……! こんなお菓子、初めてです! おいしい……!」

「ふふ、ぜひ、リーフさんもおいしい抹茶スイーツを作れるようになってください。楽しみにしています」

「はい! この冷たくてとろけるものが、とても印象的ですが……。この黒いものも、クリームとは違った甘さで、おいしいですね。これは、もしかして豆ですか?」

「レヴィヒールビーンズを使っています。この国にあるもので一番私の思い描くものに近い材料だったので。もとは回復薬の材料として使われているものなので、ほんの少しですが、食べると元気になれますしね」

「なるほど。確かにこれを食べると、元気になれる気がします」


 身体が弱くてずっとベッドの上で日々を過ごしてきた、フルールちゃんのために。万能回復薬だけじゃなく、おいしくて、心まで元気になれるようなものを食べてほしかったのだ。


(それに、そもそも抹茶自体、大昔には薬として考えられていたそうだし)


 日本で最初の茶に関する書であるとされる『喫茶養生記』には、茶は末代養生の仙薬であり、人の寿命を延ばす妙術である、と記されていたのだとか。


 実際、抹茶を飲むことでカテキンやビタミンC、カフェインを摂取できる。それもまた、日本で昔から抹茶が人々に愛されてきた理由かもしれない。


「はあ……冷たいものも、黒いものも本当においしいです。いろんな味が入っているので、食べ進めるごとに新鮮な味わいで、ちっとも飽きませんね」

「ふふ。冷たいものが『アイス』、黒いのは『あんこ』と言うんですよ」


 リーフさんはスプーンですくったパフェを、じっと、宝石でも鑑賞するかのように眺める。


「なるほど、実に興味深いです……。アイスとあんこ以外にも、ケーキや、砕いたクッキーも使われているんですよね。それらをこんな風に組み合わせるとは、なんて贅沢な……」

「すごいよね、お兄ちゃん。これ、お姫様の食べ物みたい!」

「フルールちゃん。お兄ちゃんにはこの先私のお店で働いてもらうつもりだから、ぜひ、フルールちゃんも遊びに来てね」

「いいの!? お姉ちゃん、ありがとう! お兄ちゃんも、おいしいもの作るの、上手だもんね! 楽しみだなあ」


 両手を広げ、めいっぱいの笑顔を浮かべて喜ぶフルールちゃんは、とても可愛らしい。私もこんな妹がほしかったな、なんて思うくらいに。


(こんなに喜んでもらえて……本当に、よかった)


 フルールちゃんが元気になって、リーフさんも喜んでくれて、あとは――

 リーフさんがあのお店を辞めるだけ、だ。

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