17・万能治療薬
リーフさんがひったくり犯を捕まえた翌日のこと。
昨日と今日は、リーフさんのお店は、店主と給仕がデートに行きたいからという理由で休みなのだそうだ。私は今日具体的な雇用契約を話すため――そしてもう一つ用事があって、彼が現在住んでいるアパートメントの一室を訪れていた。
獣人である彼は部屋を借りるのも大変だそうだが、なんでもこの部屋は、過去に問題があったらしく、賃貸契約することができたそうだ。「問題」の内容について、私に気を遣ってか、リーフさんは詳しくは話さなかったけれど。
(まあ、いわゆる事故物件ってやつだよね。私、心霊系とかそんなに信じないから、気にしないけど)
「それにしても、レティー様。うちの妹に会いたいなんて、どうしてですか?」
「ちょっと、お渡ししたいものがありまして」
リーフさんの許可を得て、彼の妹さんの部屋へ入る。
病弱だという彼の妹さんは、年齢は10歳くらいで、まだ幼いため耳や尻尾を引っ込めるのも苦手なのだそうだ。だから、ケモミミと尻尾が出しっぱなしになっている。
普段はずっと家の中にいるそうだが、どうしても外に出る場合は、帽子を被ったり、洋服を工夫したりしながら、なるべく人の少ない時間帯にリーフさんと一緒に外出しているそうだ。
「お姉ちゃん、だあれ……?」
「はじめまして、私はレティー。リーフさんのお友達です」
正式には、甘味処の経営者としてリーフさんと雇用契約を結ぼうとしている者、かもしれない。だけど子どもにそんな自己紹介をするのもどうかと思い、そう言ってしまった。
(いやでも、リーフさん的にはどう思ったかな? 『お友達』なんて、ちょっと図々しかった?)
ちらりと横目で彼の様子を窺うと、リーフさんからもぴこんっと耳を尻尾が飛び出した。尻尾はぱたぱたと揺れている。……どうやら嬉しかったらしい。耳と尻尾が出てしまったことに関しては、恥ずかしいようで顔がかああっと赤くなっているけれど。
「わたしは、フルール。あの、えっと……」
リーフさんの妹――フルールちゃんは、ケモミミをぴこぴこさせながらじっと私を見る。
「レティーさんは、人間さん……? わたしのこと、怖くないの?」
「全然怖くないですよ! とっても可愛い!」
ぴこんっ、と獣耳が立つ。ふさふさの尻尾も嬉しそうに揺れていた。
(いや、本当に可愛い……。もふもふ……)
「あ……ありがとうございます……」
「それでですね、フルールちゃん。今日はプレゼントを持ってきたんです」
「プレゼント?」
私は肩にかけていた魔法鞄から、とあるものを取り出す。
「はい、どうぞ」
「綺麗な瓶……。これ、なあに?」
「万能治療薬です」
私がそう答えると、リーフさんがとてもびっくりしたようにゲホッと咳込んだ。
「万能治療薬って……尋常じゃない高級品じゃないですか!」
万能治療薬はこの世のほぼ全ての病気を治す治療薬であり、リーフさんが驚いているように、決して安いものではない。正直、これ1本で家が一軒余裕で買えるレベルの高級品だ。
だけど私には品評会で優勝した際の賞金があるし、これからお店が開店すれば収入も得られるはずなので、リーフさんの妹さんのためにこれを買うことに、躊躇いはなかった。
「まあ確かに、安いと言えば嘘になりますけど。あ、でもさすがに不老不死になるような薬じゃないので大丈夫ですよ」
嘘か本当かわからないけれど、最上級の万能治療薬を使えば、不老不死になれるなんていう噂もある。だけど普通の万能治療薬で不老不死になったなんていう実例はないし、単なる都市伝説だろう。
「あ、あの、レティー様。大変ありがたいですが……本当に、いいのですか」
「もちろん。さ、フルールちゃん、どうぞ」
フルールちゃんは瓶の蓋を開け、中の、虹のように美しい液体に口をつけ――そのまま飲み干した。
「わあ……!? すごいすごい! 体、苦しくなくなったよ……!」
「本当か、フルール!」
「うん! あのね、わたし、ずーっとね、苦しかったの。ずっと体が熱くて、重い感じがして……。でも今は、もう平気。元気になるって、こういう感覚なんだ……!」
「よかった……よかったな、フルール……!」
リーフさんは、ぎゅっとフルールちゃんを抱きしめる。
彼らの目には涙が浮かんでいて、その涙は、今まで過ごしてきた過酷な日々と、その辛さからの解放の喜びを物語っているようだった。
見ている私までほろりと泣きそうになっていると、リーフさんは真剣な瞳で私を見て――
「レティー様。妹を救ってくださって、本当に、ありがとうございます……! この感謝を、どうやって表せばいいのかわかりません」
「いえ。私は私のしたようにしただけです。ただもし気になるなら、これから開店するお店で一生懸命働いてくだされば、それで万々歳です。今回のことは、先行投資ってことで」
リーフさんがあまり気を使わないですむようにそう言ったのだが、彼は真剣な目をしてその場に跪いた。
「かしこまりました! 俺、レティー様のためならなんでもします!」
「わあああ、いいですって! 顔を上げてください」
「レティー様のためなら、この命、捧げる覚悟です!」
「普通に甘味処で働いてもらうのに、命を捧げてもらう機会なんてありませんから!」
私達のやりとりを見て、フルールちゃんはくすくすと笑っていた。
「そうだ、フルールちゃん。元気になったお祝いをしましょう。おいしいものをご馳走しますよ」
「おいしいもの?」
連休が始まりましたね~。
まだまだ毎日投稿頑張りますので、これからも読んでいただけるとすっごく嬉しいです!




